先輩女子高生と後輩教師
三郎
本編
第1話:和泉明菜二十五歳
私は高校には行かず、中学を卒業してすぐに働き始めた。家族のために。母は父が亡くなってすぐに病に倒れた。私が二十歳になるまで生きられたのが奇跡なくらい弱っていた。私が働くしかなかった。周りからは憐れまれたりもしたし、母からも謝られた。だけど私は母を恨んだことも無いし、自分を可哀想だと思ったことはない。私の叔母——父の妹は、大人になってから大学に通い始めた。大人になっても学べることを彼女が教えてくれた。だから私は母に言った。『今の私は家族のために働きたい。だから、学ぶのは後回しにしても良い?』と。母は複雑な顔をしていたものの、私の選択を受け入れてくれた。受け入れざるを得なかったが正しいかもしれないが。
父が亡くなって十二年。長男の
高校生の二人はバイトをして自分で学費を稼いでいる。中学生の妹二人はまだ働ける歳では無いが、趣味で動画サイトに曲を挙げており、小遣い程度ではあるものの収入がある。この収入の半分は作曲のための機材を買ってくれた叔母に還元されている。もう私に頼らなくとも良いとまでは言えないかもしれないが、弟達のために使うお金は減り、貯金に少し余裕が出てきた。そろそろ、いい頃合いかもしれない。
「お前達に話がある」
「何? 改まって」
「まずはこちらの資料をご覧ください」
「は? 資料?」
弟達に資料と称して渡したのは、あらかじめ気になる高校をピックアップしてまとめておいた一枚の紙だ。
「入学希望リスト?」
「うん。姉ちゃん、そろそろ高校に通うと思って」
「高校は大人になってからでも通えるとか言ってたけど、あれ本気だったんだな……」
「本気だよ。どこが良い? とりあえず気になってる学校まとめたんだけど」
「
苦い顔でそう言ったのは二番目の弟、千明。蒼明高校は弟二人が通っている、県内では一番偏差値が高い名門校だ。
「いや、無理だとは思うけど記念受験しようかなって」
「すんなそんなもん! 万が一受かったらどうすんだよ!」
「よろしくな。先輩」
「姉が後輩として入学してくるとかぜっっっったい嫌だね! ボツ!」
「反抗期め」
「反抗期とかそういう問題じゃねえだろ! 兄ちゃんも嫌だろ!?」
「俺はその頃には卒業してるから」
「くっそ……」
「私はあんまり偏差値高いところ行かれると困るなぁ」
そう言ったのは明鈴。双子の妹の方だ。姉の明音もうんうんと頷く。理由を聞くと「せっかくなら一緒の学校通いたいじゃん」とのこと。それを聞いた千明と秀明は正気かと言わんばかりに嫌そうな顔をした。
「
「あ、私もそこ第一志望にしようと思ってた。白鳥高校って字面が可愛いなって」
「は? 字面?」
「履歴書に白鳥高校卒業って書けるんだよ。よくない?」
「どんな決め方だよ……」
「分かる。あと制服も可愛いよねあそこ」
「赤チェックのスカート良いよな」
「分かるー」
「……」
女子トークに苦い顔をする千明と秀明。
「おい。そこの野郎ども。アラサーのババアの制服姿キチいなって顔すんな」
「言ってねえだろ誰もそんなこと」
「お姉ちゃんならどんな制服も似合うよ」
「絶対可愛い」
「いや、シスコンの妹どもから見たらそうかもしれんけど……」
「試しにあたしの着てみる?」
明鈴が自分の制服を持ってくる。妹達は一回り歳下だが、身長はほとんど変わらない。むしろ私の方が小さい。私は150、妹達は二人とも152。試しに着てみると、サイズはほぼぴったりだった。少々胸がきついが。妹二人は「女優みたい」と褒めてくれたが、千明が「アダルトな方のな」と苦笑いしながら付け足す。やめろよと秀明が肘で突く。最低と軽蔑するような冷たい視線を向ける双子。
「なるほど、色気が隠しきれないと」
「……姉ちゃんのそういうポジティブなところ見習いたいわ」
「制服ない学校にしたら?」
「やだ! 制服着たい!」
「良い年して……」
「決めました。姉ちゃんは白鳥高校を受験します」
「てか、最初から俺らの意見聞く気なかったよな?」
「そんなことないよ。蒼明と白鳥で迷ってた」
「だから蒼明だけは絶対にやめろって」
「じゃあやっぱ白鳥だな。よーし。今年いっぱいで仕事辞めるぞー!」
「テンション高えなほんと……」
「今年いっぱいは続けるんだ?」
「そりゃあね。ギリギリまでは働くよ」
「受験勉強大丈夫かぁ?」
「千明先輩が教えてくれるから平気」
「はぁ? なんで俺なんだよ。兄ちゃんに教えてもらえよ」
「秀明は受験生だろ? 自分の勉強に集中してもらわないと困る」
「余裕で受かるけどねー」
「まぁ秀明ならそうだろうけど。けど、万が一落ちたら私の気分が良くない。というわけで千明先輩、よろしく頼むよ」
「はぁ……分かったよ。基本的なことは自分でやれよ。わかんないところだけ聞きに来い」
「言われなくてもそうする」
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