第2話:十年間見続けた夢
そんなわけで、私は仕事をしながら受験勉強を始めた。
「は? 今って劣勢遺伝子って言わないの?」
「言わねえよ。今は
「これが……ジェネレーションギャップ……」
「あと、鎌倉幕府の成立は1185年だから」
「良い国作ろう鎌倉幕府って覚えた気がするんだけど」
「今は国じゃなくて箱です」
「なんだよ箱って! 国作れよ国を!」
「けど、流石にPHのことはペーハーって言わないんだな」
「そこまでいったらもう昭和生まれだろ」
「平成一桁とかほぼ昭和だろ」
「くそっ。二十一世紀生まれの若造め……」
「同級生、俺より歳下だろ? 話し合うんか? 二十世紀生まれのババア」
「合わなくてもいいんだよ。分からんことは教えて貰えば良い」
「……まぁ、姉ちゃんならなんだかんだで上手くやるだろうな。おっさんおばさんだらけの会社で働いてたくらいだし」
「お前もそのうち色んな年代の人と働くことになるんだよ」
「それはそうだけどさぁ……十五は流石にほとんどいないじゃん? 入ってくる後輩もしばらくは年上ばかりだろ?」
「いや、意外と居るよ中卒。けど、力仕事だからほとんど男だった。中卒女だからってなめられることも多かったよ。辛いことも多かった。けど……母さんと父さんが残した宝物を守っていくって誓ったからな」
「宝物って。……よくそんな恥ずかしいことをサラッと言えるなほんとに……恥ずかしいババアめ」
「ははは」
千明はなんだかんだ言いながらも私の勉強に付き合ってくれた。幼い頃は私の方が教える側だったのに。弟の成長を感じながら、約一年間毎日勉強をした。中学生の頃の成績はそこそこ良かったとはいえ、流石に十年も経てば忘れていることも多かったし、当時習ったことと変わっていることも多かった。鎌倉幕府の設立が1192年ではなく1185年になっていたり、劣性遺伝が潜性遺伝に、優性遺伝が顕性遺伝になっていたり。
悪戦苦闘すること一年。合格発表には、弟達と共に叔母もついてきてくれた。
「なにも
「この子達を送るついでよ。番号いくつ?」
「1185」
「鎌倉幕府じゃん」
「あー……鎌倉幕府といえば私、1192って書いた気がしてきた……」
「あんだけ言ったのに」
「まぁでも、番号あるから良いんじゃない?」
和美さんが言う。彼女が指差した先には確かに1185とあった。
「えっ! あっ! ほんとだ! ある! 千明! あるよ! 鎌倉幕府!」
「はいはい。良かったな」
千明は相変わらずそんな冷めた態度をとるものの、抱きついてきた私を吐き離そうとはせず抱きしめてくれた。いつもなら「きめえ! やめろクソババア!」とか言って突き飛ばすのに。
「千明ぃ……」
「んだよババア。泣いてんのか?」
そう言う千明も涙声だ。「千明兄ちゃん泣いてる」と揶揄う妹達に「泣いてねえし!」とキレる。顔を見られたくないのか、離れようとすると抑え込まれた。
「おーなんだ千明ぃ。そんなに姉ちゃんが好きかぁ?」
「うっせえババア」
「お姉ちゃんおめでとう。来年は私達も受けるからね」
「マジで同じ高校通うのかよ……」
「よし。お祝いに肉食いに行くか!」
「叔母さんが食いたいだけだろ」
「はい! 私、飲み放題が良いです!」
「何飲もうとしてんだ高校生」
「制服着てなければただの成人女性だから」
そんなわけで、その日は叔母の奢りで弟たちを連れて焼肉を食べに行くことに。春から高校生になるとはいえ成人済みの私はもちろんビールで乾杯をした。
「いやぁー楽しみだなぁー高校生活」
「ビール飲みながら言うなよ」
「かーっ! 美味い!」
「おっさんすぎる……女子高生の姿か? これが」
「姉さん、流石に制服着てる時は酒は飲まないようにね」
「分かってるよ。秀明。てか、制服着て飲み屋行くこととか無いだろ」
「打ち上げで焼肉行くこともあるかもよ」
「ああー! それは辛い! 肉あるのに飲めないの辛い! やだぁー!」
「お姉ちゃんだけ私服で行けば?」
「私服で行ったとしても、高校生の集団で一人だけ飲んでたらなぁ……間違えて飲んじゃったら困るし」
「姉さん童顔だしね。十代に紛れてたら同年代に見えなくも無いかも」
「実際は二十五のババアだけどな」
「二十五なんてまだまだよ。あたしの半分もいってないじゃない」
「そりゃ、叔母さんから見たら若いかもしれんけどさぁ……俺らから見た十歳歳上はババアなんだよ」
「歳上好きなくせに」
「俺が好きなのは二つ三つ上のお姉さんだから」
「まぁでも、秀明ならともかく、千明が私くらいの女と付き合ってたら反対するかな」
「同級生に教師と付き合ってる男居るけど」
「男だろうが女だろうが、早めに目を覚まさせてやった方がいい。未成年に手出す大人なんてろくでも無いからね」
叔母の言葉に頷く。弟達にはまだ分からないかもしれないが、大人からすれば十代のなんてまだまだ子供だ。
「とか言って姉ちゃん、JKから告られたら揺らぐでしょ」
「馬鹿言うな。生徒さんには手出さんよ。大人だからな」
「生徒にはって」
「教師にも手出さんよ。……多分」
「多分ってお前なぁ……」
「まぁでも、成人同士だし。仮にそういう関係になってもなんの問題も無いだろ」
「……学校中の女教師に手出してそう」
「人聞きの悪いこと言うなよなぁ! 全く。千明は姉ちゃんのことなんだと思ってんだ」
「女好き」
「確かに女好きレズビアンだけども。私が好きなのは女体じゃなくて女性だから」
「どう違うんだよそれ」
「レディを悲しませるようなことはしないってことさ」
「レディって。なんでこのキモい女がモテるんだよ……くそっ」
「千明もモテるだろ」と秀明が苦笑いしながら言う。
「いや、それはダウト」
「ダウトとか言うなよ。歳下からはそこそこモテんだよ」
「自分で言うってことは勘違いだな」
「うっせ! 勘違いじゃねえし! 俺は歳下よりお姉さんに好かれたいんだよ……」
「お姉ちゃんは千明が大好きだぞー。ぎゅーしてやろう。ほら、おいで」
「行くかアホ! クソババアがよぉ!」
千明からは暴言を吐かれてしまったが「じゃあ代わりに私が」と明鈴が懐に潜り込んでくる。「明鈴ずるい!」と明音も飛び込んできた。両脇に双子を抱えて千明を見る。「ドヤ顔すんなよクソババア」と呆れるようにため息を吐かれてしまった。
「全く。反抗期なんだから。秀明も来るか?」
「いや、行かんけど。てか姉さん、だいぶ酔ってるでしょ。もうアルコールは終わりね」
「えー。まだ三杯しか飲んで無いー!」
「水飲め水」
「アルコール入ってない水とかただの水じゃん!」
「駄目だ。相当酔ってる」
普段ならビール三杯くらいでは酔わない。この日は相当浮かれていたのだろう。ずっと夢だったから。高校生活が。
「楽しみだなぁ。高校生活」
「何回言うんだよそれ」
「やっぱ酔ってるな」
「でもお姉ちゃん、ほんとに良かったね」
今は三月。入学まではあと数週間。あと数週間したら私は高校生になる。夢の女子高生生活が始まるのだ。
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