第21話:大人への憧れと恋
ゴールデンウィーク後半初日。私は天翔くんに誘われて映画館に来ていた。待ち合わせの五分前に映画館の前に着き、連絡を入れると「もう着いてる。中にいる」とメッセージが返ってくる。勉強会は寝坊して遅刻したくせにこういう時は早いのかと苦笑しながら、中に入る。彼の姿を探してキョロキョロしていると「明菜ちゃん」と彼の声。振り返ると、彼が「よっ」と手を挙げた。笑顔が硬い。緊張しているのが伝わってくる。
今日は私と彼の二人きり。つまり、デートだ。私はデートだと認めていないが。しかし周りからもきっと恋人同士か、あるいはこれから恋人同士になる二人に見えるだろう。しかし私は今日、彼をフる。彼も多分、その覚悟でここに居る。
今回見に来たのは少女漫画原作のティーン向け恋愛映画。デートだからというわけではなく、彼が本気で見たかったものらしい。
「一人で行くのは恥ずかしいし……付き合ってくれる友達も居なくてさ」
「好きなのか? 少女漫画」
「うん。妹の影響でね」
「へぇ。妹居たんだ。いくつ?」
「明菜ちゃんの妹より一個下。くっそ生意気」
「ははっ。可愛いじゃん。反抗期」
「ええ? なんも可愛くねえよ……」
話しながら、ポップコーンと飲み物を買って劇場に入る。席は彼が取ってくれていたのだが、サイドの二人席だった。しまった。やられた。自分で取ればよかった。
「明菜ちゃん奥ね」
「変なことするなよ」
「手とか当たったらごめんね」
「変なところ触ったら指一本ずつ折るからな」
「はい。触りません」
彼を信じて奥に座る。信用していなかったらそもそもデートの誘いに乗ったりしていない。
「……今更だけど明菜ちゃんってさ、男女の恋愛物見て楽しめるの?」
「全然楽しめるよ。GLBLファンだって全員同性愛者なわけじゃないだろ? それと同じだよ」
「あー。そうか。そうだな」
「まぁでも、やっぱり女同士の恋愛物の方が好きだなぁ。この内容でGLやってくれーって思いながら見ることが多いかな」
などと話していると、劇場の電気がゆっくりと消えて予告が始まる。まだ予告だというのに、ポップコーンの減るペースがやけに早い。美味すぎてつい止まらなくなっているというよりは、緊張しているのだろう。映画が始まる頃にはもう半分くらいになっていたが、始まってからはペースが落ちる。
映画は王子様扱いされがちで女の子からしか告白されたことのないカッコいい女の子が、初めて男の子に告白されるという話。お互いのことをよく知らないからと一度は断るものの、その告白をきっかけに二人の交友が始まり、少しずつ距離が縮まっていく。
作中には王子に片想いするお姫様系女子も出てきた。彼女はレズビアンらしい。こういうタイプの同性愛者キャラは結局報われないんだよなぁと複雑な気持ちで見ていたが、最終的に彼女も幼馴染とくっついた。私は正直、王子達の物語よりそっちが見たい。そう思っていたら、映画が終わった後に天翔くんから「姫が主人公のスピンオフ出てるよ」と有益な情報を得た。一応弟達に持っていないか確認すると、明鈴から本棚の写真が送られてきた。原作も全巻揃っているようだ。
「その原作者、結構同性愛の話入れてくるんだよね。なんか、本人がバイセクシャルらしい」
「へー。鈴音……? なんか聞いたことあるな……あっ……」
「ん?」
「……いや、昔、知り合いから友達が漫画家でって話を聞いて。確かペンネームが鈴音だった気がする」
「えっ。マジ? 鈴音先生の友達とかすげぇな」
「知り合いって言っても、大した仲じゃないけどね。今はどこで何してるか分からんくらい」
「えー。でも羨ましい。俺も妹も先生のファンなんだよ。新作出るたびに作者買いしてる」
「へー。そんなに」
「BLは普段読まないんだけど、鈴音先生のは全部買ってる」
「へー。凄いなぁ……」
などと他愛もない話をしながら駅に向かって歩いていると、ふと彼が立ち止まった。振り返ると彼は俯いて呟くように私の名前を呼んだ。どうしたと尋ねると、ふーと息を吐き、俯いたまま続ける。
「……明菜ちゃんこの間言ったよね。大人と子供は恋愛的な立場で対等になることは出来ないって」
「うん」
「……俺、歳上しか好きになったこと無いんだよ。先輩とかじゃなくて、もっと上のお姉さんばかりで。子供だからって相手してもらえなくて。悔しくてさ」
「うん」
「でも……なんで子供と大人の恋愛が駄目なのかは誰も説明してくれなかった。子供なんだから子供同士で恋愛しなさいとか、それは恋じゃなくてただの憧れとか、そんなんばっかり。明菜ちゃんもどうせ、同じこと言うんだろうなって思ってた。けど、違った。正直、理解は出来なかったけど……でも、大人との恋愛が駄目な理由を誤魔化さずにちゃんと説明してくれた大人は初めてだった。明菜ちゃんは俺のこと少年扱いするけど、同時に、俺のことを一人の人間として見てくれてる気がする」
そこまで言うと彼は顔を上げ、私を真っ直ぐ見据える。
「だから俺も……明菜ちゃんのこと、歳上のお姉さんじゃなくて一人の人間として見なきゃって思った」
「だから今日、私を誘ったのか?」
「うん。……俺、昔迷子になったことがあって。その時助けてくれた名前も知らないお姉さんが初恋で。だから……お姉さんばかりに恋をするのは、今もそのお姉さんの影を追いかけてるからなのかもしれないって思って。明菜ちゃんに対する感情が恋なのか、それとも大人への憧れなのか、はっきりさせたかったんだ」
「そうか。答えは出たか?」
「……うん。俺、明菜ちゃんが好き。最初は、大人のお姉さんだからってだけだったかもしれない。でも、今はそれだけじゃない。明菜ちゃんだから好き。……絶対とは、言い切れないけど」
「……そうか。私は「答えは分かってる。だから、わざわざ言わなくて良い」……そうか。分かった」
沈黙が流れる。しばらくして彼の方が先に口を開いた。
「ありがとう。俺の気持ちと真面目に向き合ってくれて」
「どういたしまして。悪いお姉さんに引っかかるなよ」
「……うん。気を付ける。じゃあ、また学校でね」
「うん。またね」
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