第22話:生徒からの相談
ゴールデンウィークが終わり連休が明けた。連休明け早々課題のチェックにテストの準備等、やることが多すぎると教室に向かいながらため息を吐くと「幸せが逃げちゃいますよー」と揶揄うような声。振り返ると、そこには先輩が居た。
「……はぁ」
「おい。人の顔見てため息吐くなよ」
「……和泉さんは朝から元気ですね」
「先生も私の顔見て元気出してください」
「出ません」
「またまたー。私に会いたくてため息吐いてたくせにー。連休中会えなくて寂しかった?」
「もうすぐテスト週間ですよ。ちゃんと勉強してますか?」
「してます。ばっちりです」
「本当ですか? 赤点取ったら補習ですからね」
「あー。国語はちょっと危ういかも。赤点取っちゃうかも。補習してください。てか個人授業してください」
「テスト週間に入ると職員室は入室禁止になります。何かわからないことがあれば早めに来てください」
「先生の気持ちがわかりません。私のことどう思ってるんですかー」
「……分かってるくせに」
「先生、I love youって日本語でなんていうんでしたっけ」
「その手にはのりませんよ」
「ああ、思い出しました。『月が綺麗ですね』ですよね」
「夏目漱石がそう訳したと言われてますが、都市伝説ですからね」
「先生ならどう訳しますか?」
「……『卒業するまで待ってください』」
「じゃあ私は『卒業するまでなんて待てません』ですかね」
「待つ約束しましたよね」
「生徒と教師じゃなくなるまでという約束はしました」
「同じじゃないですか。もう。先生を揶揄う暇があるなら教室に戻って少しでも勉強したらどうですか」
「先生を揶揄うことで息抜きをしているんです」
「他のやり方で息抜きしてください」
などと話しながら教室に入る。一緒に入ってきた私達を見て、生徒達は「二人揃って何してたんですか」と揶揄う。
「たまたまそこで会っただけです。ホームルーム始めますよ。全員席に着いてください」
「先生、私の席がありません」
「あるでしょうそこに」
「無いです。私の席は先生の膝「違います。あそこです。座りなさい」はーい……」
先輩が席に着くとちょうどチャイムが鳴る。ホームルームを行い、次の授業のために七組へ。私と先輩の噂は一年生の間ではもう有名で、どのクラスに行っても揶揄われる。あしらいながら授業をして、終わって出ようとすると生徒に呼び止められた。色々な質問が飛んできたが、授業内容に関するものだけ答えて教室の外へ。職員室へ向かっていると「森中先生」と呼び止められる。振り返るとそこに居たのは二年生の生徒。菓子研の副部長の柊木さんだ。
「柊木さん。どうかしました?」
「……先生に相談があって」
「相談?」
「放課後、少し時間もらえませんか?」
なんだか深刻そうな顔で彼女は言う。少しだけならと承諾して、放課後に相談室前で待ち合わせをすることに。
放課後、鍵を借りて相談室へ向かうと既に彼女は居た。鍵を開けて彼女と中へ。
「相談室ってこんな感じなんですね。学校の教室じゃないみたい」
「紅茶もありますよ。淹れましょうか」
「あ、えっと……ありがとうございます」
「ソファ座っててください」
柊木さんにソファに座るように促し、電気ポットでお湯を沸かす。
「……あの、先生」
「はい」
「……先生は、その、女性が好きなんですか?」
「ええ。そうですよ。私はレズビアンです」
悩みとはそのことだろうか。多様性の時代とはいえ、親世代になるとまだ偏見がある人も多い。私の両親もそうだった。今は和解しているものの、心のどこかでは私が異性と恋愛することを望んでいるのではないかなんて思ってしまう。
私には兄と姉が一人ずつ居る。二人とも、結婚して家庭を築いている。兄の子はもう小学生になった。姉の子も来年幼稚園に入る。同性カップルでも家庭を築く方法はなくはないが、どちらにせよ今の私には恋人はいないし、居たとしても子育てをしたいとは思えない。同性愛者の私が子供を幸せに出来る自信がないから。先輩ならきっと、そんな不安も持ち前の明るさで——って、何考えてるんだ私は。
「……あの、先生。お湯沸いてません?」
「はっ……す、すみません!」
二人分の紅茶を淹れて一つは柊木さんの前に出し、彼女の正面に座る。
「相談というのは、恋愛相談ですか?」
「は、はい……まぁ……えっと……先生は、恋愛経験はあるんですか?」
「……ええ。大学生の頃に、一度だけ」
二十歳の頃に付き合っていた女性が居た。交際期間は一年ほど。初めて彼女とそういう雰囲気になった時、私は一瞬、彼女に先輩を重ねてしまった。その罪悪感に耐えられなくて、私の方から彼女に別れを申し出た。彼女はそれでもそばに居たいと言ってくれたけれど、私が耐えられなかった。
「素敵な人でした。でも……私、ずっと好きな人が居て。その人のことが、忘れられなくて。結局彼女とは、上手くいきませんでした」
「忘れられない人って、和泉明菜さんですか?」
「……それで、相談ってなんですか?」
「誤魔化さなくてもみんな分かってますよ」
「柊木さんの相談事ってなんですか?」
「……好きな人が居るんです。その人は女性で」
「同性への恋は別におかしなことではありませんよ」
「分かってます。でも……その人、私より四つも年上で。大人なんです。対して私はまだ、子供で……」
「……なるほど」
「……好きな人、あずきちゃんです。甘池あずきちゃん。菓子研の部長の」
「ああ、甘池さん」
「はい。……あずきちゃん、明菜さんと仲良くて。やっぱり、私みたいな子供より大人と話す方が楽しいんでしょうね。……私はまだお酒も飲めないですし。……先生、明菜さんのこと好きなんですよね?」
「いえ、そんなこと「だから、分かってますから誤魔化さないでくださいってば」……はい」
素直に認めると彼女は言った。「あずきちゃん、多分明菜さんのこと好きなんだと思います」と。
「えっ、甘池さんがですか?」
「……あずきちゃん、前に明菜さんと飲みに行ったらしくて」
高校生が飲みに……いや、まぁ、確かに二人とも成人してるけど。それを同級生に話してしまうのはどうなのか。飲酒してみたいという欲を刺激してしまわないが心配だ。二人に言ったらまたお堅いなんて呆れられるかもしれないが。
「先生、明菜さんとは付き合ってないんですよね?」
「ええ……まぁ」
「私、不安なんです。あずきちゃんが、明菜さんに取られてしまいそうで。だから正直、先生には、早く明菜さんと付き合ってほしいです」
「そ、そう言われましても」
「……エゴだって分かってます。でも、どちらにせよ、私は子供だから、想いを伝えることすら出来ないですから。諦めるしかないって分かってるけど、誰かに取られるのは嫌なんです。彼女には私が大人になるまで、誰とも付き合わないでほしい。わがままなんです。私」
「……想いを伝えるくらいなら、良いと思いますよ」
意外な答えだったのか、彼女は驚くように目を丸くして私を見た。
「先生は、私みたいな子供と成人の恋愛はありだと思ってるんですか?」
「いいえ。無しです。同性同士であっても、成人である以上は未成年と付き合うべきではないと思います。例えば一つ二つしか変わらない先輩後輩がお互いが未成年のうちに付き合い始めて、どちらかが先に成人したという場合は別ですが」
「じゃあなんでですか? あずきちゃんに明菜さんを取られるかもしれないって不安だからですか?」
「ち、違います。そうではないです。えっと……確かに私は、成人と未成年の恋愛に関してよく思ってないです。でも……駄目だと言われても、恋に落ちてしまうことはあります。それはもう、どうしようもないことだと思います。ですから、付き合うのは駄目だとしても、想いを伝えるくらいなら良いと思います。その純粋な想いを利用して汚そうとする大人は居ますが、甘池さんはきっと、そういう人ではないでしょうから」
「……でも……」
「一番良いのは、大人になってから告白することだとは思いますけどね。どうせあと一年ですし。でもきっとあなたは、その頃には彼女に恋人が出来てしまっているのではないかと不安なのでしょう?」
「……はい」
その気持ちはよく分かる。だから私は彼女に言ってしまった。卒業まで待ってくれと。立場が立場だから諦めてくれと言ったのは自分のくせに、結局諦められないのは自分の方だった。
「……私が大人になるまで誰とも付き合わずに待っててなんてわがまま、本人に言ってしまっても良いんでしょうか」
「私が言うのもなんですが、柊木さんは少し真面目すぎると思います。恋なんてものはわがままなものですし、そのわがままを受け入れるかどうかを決めるのは向こうです。あなたではありません。例え受け入れられなくとも、逆上して相手を傷つけるような人ではないでしょう? あなたは。きっと、甘池さんもそう信じてくれているはずですよ」
「……森中先生に真面目すぎるって言われるって、よっぽどですね」
そう言って彼女はようやく笑った。なんだか貶されたような気がするが、まぁ、とりあえず少しは元気が出たようで良かった。
「先生、私が相談したこと、誰にも言わないでくださいね」
「もちろん言いません。私、口堅いですから」
「そんな気はします。……お忙しい中お時間取ってくださり、ありがとうございました」
「いえ。生徒の相談にのるのも教員の仕事ですから」
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