第23話:私も頑張らねば

 高校生になって初めてのテスト週間。部活無いし遊ぼうよと余裕振るクラスメイトの誘いを断り、千明に教えてもらいながら真面目に勉強に励むこと一週間。教室に入ると『やべえ俺全然勉強してない』と勉強してない自慢する声とか『昨日全然寝れなかった』と寝てない自慢する声とか『自信しかない』と謎に自信満々な声とか、さまざまな声が飛び交う。ああなんか懐かしいなと思いながら席に着き、ギリギリまで勉強ノートを見直した。

 物理や数学は多少埋まらない問題もあったが、それなりには解けたのではないだろうか。

 ちなみに、あれだけ自信満々だった天翔くんはというと、一教科終わるごとに表情が暗くなっていき、最終日には何も喋らなくなっていた。


「天翔くんや。テストも終わったことだし、遊びに「行く!」元気じゃねえかよ」


 心配して損したなと思いつつも、彼といつもの四人を連れて制服のまま出掛けることに。行き先は、以前話していたノンアルコール専門のバー。店内に入ってみると、制服を着た生徒もちらほら。女性がほとんどで、男子学生は天翔くん達くらいだ。男子三人はそわそわしているが、さんごちゃんと翡翠ちゃんはそんな三人そっちのけでメニューを見ながらはしゃいでいる。


「ねー。明菜ちゃん、あたしこのピニャコラーダ? ってやつ気になる。飲んだことある?」


「あるよ。パイナップルとココナッツミルクのやつだな」


「絶対美味いやつじゃん。あたしこれにするー」


「私もそれで」


「じゃあ私も。あとサンドウィッチみんなでわけっこしよ」


 男子達にメニューを渡す。


「うーん。じゃあ俺も明菜ちゃん達と同じやつ」


「えーっと……じゃあ梅ソーダ」


「俺はオレンジスカッシュ」


 近くを通った店員に声をかけ、飲み物とサンドウィッチを注文する。注文を終えると「ああー疲れたぁ」と翡翠ちゃんがテーブルに突っ伏す。


「テスト終わったから次は野外学習だな」


「懐かしい響きだなぁ」


「明菜ちゃん、同じ班になろー」


「私は良いけど……」


 野外学習の班は男子三人女子二人の班と、男子二人女子三人の班に分けられると聞いている。最大五人だから、この六人で同じ班になることはない。


「そこ三人で組んだら俺らと別れるじゃん」


「良いじゃん別に」


「えー。やだ。俺も明菜ちゃんと同じ班が良い」


「あんた、フラれたのにまだぐいぐい行くのか」


 呆れる翡翠ちゃん。私が彼をフった話は誰にもしていないが、彼が自分で話したのだろうか。まぁ別に私は良いけど。


「フラれたけど友達辞めたわけじゃないもん。ねー。明菜ちゃん」


「そうだね。私も君のことは今でも友人だと思ってるよ。今までと変わらない態度で接してくれる方がありがたい」


「で、野外学習の班どうする? ここ三人で固まって女子二人入れるか、一人外して五人グループになるか」


「天翔外れなよ」


「酷い! 愛酷い! 愛って名前のくせに無慈悲!」


「冗談だよ。俺は別に他の男子グループに入っても良いよ」


「……そうなると俺が天翔と二人か。そうなるなら抜けた方がマシだな。よし、俺が抜けよう」


「ねえなんで二人とも俺にそんな当たり強いの? 俺達親友だろ?」


「「違うけど」」


「えーん……」


「仲良いなぁほんとに。けどまぁ、私達いっつもこの六人で固まってるし、たまにはバラバラになるのもいいんじゃないか。色々な人と関わるのは大事だよ」


「天翔と同じ班になりたい女子は結構居そうだしね」


「モテるからね。俺」


「自分で言うなよ」


「……俺、女子苦手なんだよなぁ……出来れば慣れてる女子と一緒が良い」


 そう呟いたのは和田くん。思えば彼が私達以外の女子と話しているところを見たことがない。


「まぁ、なんとかなるっしょ。俺と愛も一緒だし」


「私も男子苦手だから和田くんの気持ちわかる……」


「明菜ちゃんは男友達多そうだよね」


「男友達というか、ゲイの友達は多いかな。ノンケ男子だと色恋沙汰で駄目になることが多くて」


「あー……明菜ちゃん、魔性の女だもんな……」


「この間も告られてたしね」


 翡翠ちゃんの言うこの間というのは先日の公開嘘告白ではない別件を指している。入学して一ヶ月弱しか経っていないというのに、最近やたらと告白される。内訳としては九割が男子で、そのうちのほとんどが悪戯。女子からの嘘告白は今のところ無い。どちらにせよ、嬉しくないモテ期だ。私は葉月ちゃん一筋だし、そうじゃないとしても相手はほとんどが未成年。大人として、その恋心に応えるわけにはいかない。成人年齢が十八歳以上に引き下げられているため、高校三年生の中にはすでに成人してる人も居るのだが、私の中では十代はまだ未成年だ。いきなり成人として扱えと言われてもなかなかに厳しい。



 そんなわけで翌週から、野外学習の班決めやバスの座席決めなど、野外学習に向けての準備が始まった。ついでにテストの返却も。理系はボロボロだったものの、赤点はなんとか回避。文系はそれなりに解けていた。英語に至っては満点だった。勉強を教えてくれた千明は結果を見て顔を顰めたものの「赤点が無いだけマシか」とため息を吐いた。意外と優しい。


「ところで、千明達はテストどうだったの?」


 千明と双子達も同時期に中間テストがあった。ということはそろそろ結果が出ているはずだ。問うと双子は気まずそうに結果を提出し、千明はドヤ顔で出してきた。


「うわっ! 学年一位! 凄いなぁ千明!」


「うわっ、ちょ、撫でんな! ガキじゃねぇんだから!」


「お姉ちゃんに撫でてもらっておきながらその態度はなくない?」


「調子乗んなよ」


 舌打ちをする双子。二人的にはあまり良くなかったようだが、それでも二人とも学年順位は一桁に近い。充分頑張っている。千明の頭を弄るのをやめて、二人の頭を撫でる。無いはずの尻尾が左右に振れるのが見えた気がした。

 ちなみに、秀明は昔から成績優秀だったが、千明の方はむしろ悪い方だった。漢字や歴史が特に苦手で、小テストでよく0点を取ってきていたほどだ。逆に、算数や理科はほとんど満点だった。私とは逆で、昔から理系には強く、文系には弱い。

 そんな彼が県内一位の学校でトップまで登り詰めるほどに勉強するようになったのは、私がちょうど今の千明の歳の頃。母が入院したことがきっかけだった。母がもうあまり長くないかもしれないと悟った千明は言った。『俺が医者になって、母さんの病気を治す。だからそれまで死ぬんじゃねえぞ』と。当時の彼はまだ小学生で、母はすでに余命半年、持っても一年くらいだろうと言われていた。だけど母はそこから二年も生きた。結局、千明が医者になるまでは待てなかったものの、千明の言葉が生きるための原動力になっていたことは間違いないだろう。


「私も頑張らないとだな」


「一年の二学期までは付き合ってやるよ。それ以降は知らん」


「充分だよ。ありがとう」


「ふん。姉がこんな成績だと恥ずかしいからな」


「そこまで恥ずかしい成績ではないと思うが……」


「偏差値五十も無い学校でこれは恥ずかしいだろ。なんだよ物理三十点って」


「ぐぬぬ……」


「お前も昔はもっと酷い点数取ってきてただろ」


 と、秀明が苦笑いすると、千明は昔の話だろと言い返す。そう。昔の話だ。今の千明は立派に頑張っている。私も彼を見習ってもう少し頑張らねば。

 

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