第25話:頑張ろうね
それから数週間後。野外学習当日。
「それじゃ、明後日帰ってくるからよろしくな。連絡出来る時間も限られてるから、なんかあったら叔母さん頼ってくれ。叔母さんには私から言ってあるから」
「心配性だなぁ……俺らはもうガキじゃねえんだぞ?」
「分かってるよ。それでも心配なんだよ」
「お姉ちゃん……早く帰ってきてね」
「気をつけてね」
遠くへ行ってしまうかのような反応をする双子だが、今から行くのは隣の県である。バスで一時間ほどで行ける距離だ。さほど遠くはないし、一泊二日だから明日帰ってくる。とはいえ、寂しい気持ちは分かる。
「家を出る前に一人ずつハグしてやろう! 年長者から順番に来な!」
「いや、俺は遠慮しとく」
「俺も要らん。早よ行け」
と、冷めた反応をする弟達とは裏腹に、双子は同時に飛び込んでくる。
「うわっ。こら、一人ずつって言ったろ」
「一人ずつしてたら時間無くなっちゃうじゃん」
「お姉ちゃん大好き」
「私も大好き」
「ふふ。知ってる。千明と秀明も、昔はこれくらい素直だったんだけどなぁ」
「うるせぇババア早よ行け」
「遅刻するよ」
「はいはい。じゃあな、明音、明鈴。ちゃんとお兄ちゃん達の言うこと聞くんだよ」
「「はーい」」
弟達と別れて家を出る。自転車を学校に置いておくわけにはいかないため、今日は電車登校。翡翠ちゃん達と駅で合流して学校へ。いつもより早い集合だからか、まだみんな眠たそうだ。珍しく森中先生もあくびをしている。可愛い。
バスに荷物を預けて、点呼を終えてバスに乗り込む。
「葉月ちゃん眠そうだねぇ。昨日の夜ワクワクして眠れなかった?」
「森中先生です。あなたじゃないんですから。ちゃんと寝ましたよ」
「私もいつも通り寝たよ。いつも以上に早く起きちゃったけど」
「良いですか和泉さん、勝手な行動は謹んでくださいよ」
「大丈夫ですよ。みんなが寝てる間にテント抜け出してどっか行ったりとかしないですから」
「……本当でしょうね」
「疑うなら一緒に寝ます?」
「寝ません。先生は先生達用のテントがありますので」
「お互いにトイレに行くふりして密会しちゃいます?」
「しません。大人しく寝ててください」
「えー。寂しい。先生達ってことは他の先生も居るんだ?」
「個人で用意できるほど場所もテントも無いですから」
「浮気しちゃ嫌ですよ?」
「するわけないでしょう」
「葉月ちゃん私のことずっと好きだったもんね」
「森中先生です」
「好きだったことは否定しないんだ?」
「はぁ……もう、少しで良いから寝かせてください……」
「子守唄歌ってあげようか」
「要りません。話しかけないでもらえればそれで結構ですから」
「はーい。わかりました。着くまでそっとしておきます」
大人しく話しかけるのをやめる。隣の長瀬さんはずっと俯いている。
「緊張してる?」
「……えっ! あ、う、うん」
話しかけてくるとは思ってなかったのか、少し間を空けて私の方を見る長瀬さん。一瞬だけ目が合ったが、すぐにその視線は床に向けられる。
「長瀬さん、人と会話するの苦手?」
問うと彼女はこくこくと頷いた。じゃあ話しかけない方が良いかと問うと、それには悩んでいるようだ。黙って返事を待つ。しばらくして彼女はぽつりぽつりと言葉をこぼし始めた。
「は、話かけてくれるのは、嬉しい。けど……気を使わせて申し訳なくなる……」
「なるほどね。私は別に気を使ってはいないよ。ただ、君のことが知りたいだけ」
「な、なんで……?」
警戒するような視線を私に向ける長瀬さん。言葉選びを間違えたかもしれない。
「いや、口説いてるわけじゃないよ。私は葉月ちゃん一筋だから。それ以前に未成年をそういう目で見れないし」
「……」
「ん?」
「……あ、あの、わ、わたし……その……えっと……い、和泉さんに、ずっと、言いたいことが……」
ちょいちょいと手招きされる。耳を寄せると、彼女は声を潜めて言った。
「じ、実はわたし、和泉さんと一緒で……遅れて入学してて……に、二年、遅れ、だから、ほ、本当は、十八、なの」
「あ、そうなの? この学校意外と多いなそういう人」
まぁ、私からすれば十八はまだ未成年だが。
「えっ。い、和泉さん以外にも居るの?」
「うん。菓子研の部長さんもそうだよ。まぁ、それでも私より年下なんだけど。酒が飲める歳ではあるから、君よりは歳上だな」
「そ、そう……なんだ……」
「てか、それならそうと早く言ってくれたら良かったのにー」
「でも、あの、わたしが二年遅れたのは……和泉さんみたいな立派な理由じゃないから……なんか……その……わたしも一緒だって、言い出せなくて……」
「私も別にそんな立派な理由じゃないけどね。何か夢があるわけでもないし。ただ単に高校生やりたいってだけでここ来てるからね。長瀬さんはなんで遅れて入学したの?」
その理由はなんとなく察しはつくし、もしかしたらあまり気軽に聞かない方がいい話かもしれない。だけど私はなんとなく、彼女がその理由を私に聞いて欲しがっているような気がした。その判断が正しいという自信はなかったが。
「話したくないなら話さなくて良いし、話したいなら話してほしい。どんな理由であれ、私は馬鹿にしたり嘲笑ったりしないから」
私がそう言うと彼女は少し悩んで、私の顔色を伺うように私を見て、また俯いてぽつりぽつりと語り始めた。
「……大した話じゃないの。その……ただの、不登校で……ずっと、引き篭もって……それで……気づいたら、義務教育は終わって、同級生はみんな高校生になってて……で、でも、変わり、たくて……」
「めちゃくちゃ立派じゃん」
「そ、そんなこと……ない……り、立派なら、最初から不登校になんて……」
「私はね、以前の自分が出来なかったことが出来るようになること、それが成長だと思ってる。その出来るようになったことが、周りから見たら大したことないことだったとしても、そんなことは別にどうだって良いんだよ。生まれ持った才能も育った環境も何もかも違う他人と比較したってしょうがないからね。プロ野球選手が俺にはサッカーの才能が無いって落ち込むくらい何言ってんだって話だよ」
「以前の自分が出来なかったことが出来るようになること……」
「そう。学校に通えなかった人が学校に通えるようになった。それは立派な成長だよ。それを立派じゃないなんて、ちょっと自分に厳しすぎない? だってさぁ、学校に通わずに勉強するってすげぇ大変じゃん。教科専門の先生もいないし、実習もなかなかできないし、誘惑が多いから集中しづらいし。そんな環境でずっと勉強して、今ここに来てるんでしょ? 充分頑張ってるよ。自分で自分を褒めるのが難しいなら、私が褒めてあげる。君はよく頑張った」
私がそう言うと、彼女はぽろぽろと涙をこぼし始めた。長瀬さんが泣いてることに気づいたのか、前に座っていた先生が振り返り「何したんですかあなた」と私を訝しむように見る。
「何もしてない何もしてない。別にいじめたわけじゃないから」
「何? どしたん?」
後ろや隣からもなになに? と視線が集まってくる。
「あ、え、えっと、その、わたし、悩み聞いてもらった、だけ、で……い、いじめられてたわけじゃ、なくて」
と、必死に私の弁護をしてくれる長瀬さん。その必死さが可愛いとクラスメイトにウケると、彼女は恥ずかしそうにまた俯いてしまった。少しでもみんなの視線から逃れられるように、バスが止まったタイミングを見計らって席を交換する。壁になるには私は少々小柄かもしれないが、まぁ何も無いよりはマシだろう。
「少年少女達や、長瀬さん困ってるからあんまり揶揄わないでやってくれ」
「何そのイケメンムーブ」
「明菜ちゃんそういうところあるよね」
「自分は先生のこと揶揄うくせに」
「女たらし」
と、何故か私が批判を浴びることになってしまった。先生の方に目をやると、長瀬さんにティッシュを渡していた彼女と目が合ったがすぐに逸らされた。
「……和泉さん」
「ん? なに?」
「……えっと」
「うん」
「そ、その……えっと……あ、あり、がとう……」
「うん。どういたしまして」
「あの……」
「うん」
「ふ、二日間、頑張ろう、ね」
途切れ途切れにそう言葉を発すると、彼女は両手で控えめにガッツポーズをする。その控えめなポーズや、合わない視線にはまだ少し自信の無さが表れているように見える。しかし、班決めの時よりは前向きになれたようにも見えた。
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