第26話:あるんだ……
目的地に着くまでの間、長瀬さんは過去のことを話してくれた。不登校になったのはいじめが原因であることと、だけどいじめと言っても無視されたり陰口を言われたりと大したものではなかったと。学校に通えなくなるくらいだから大したことないなんてことはないと思うが、そこは敢えてスルーして彼女の話を聞くことを優先した。後ろで聞いていた翡翠ちゃんが口を出そうとしたが、さんごちゃんが止めてくれた。彼女も私と同じ判断をしたのだろう。
彼女が話し終えると、後ろから顔を出した翡翠ちゃんが言った。「あたし達も明菜ちゃんも味方だからね」と。
「う、うん。ありがとう。えっと……河野さん、海原さん」
「翡翠で良いよ」
「私も、さんごでいいよ」
「翡翠……ちゃん、さんごちゃん……」
「長瀬さんの下の名前ってなに?」
「なるじゃなかったか?」
「あ、う、うん……成功の成で
「明菜ちゃん、なんで知ってんの?」
「なんでって、入学初日にみんな自己紹介したじゃん」
「したけど、下の名前まで全員覚えてんの?」
「逆に覚えないの?」
「いやぁ……四十人もいたらちょっと厳しいわ。苗字で精一杯」
「わたしも……人の名前覚えるの苦手……」
「まぁ、一年も一緒に居れば自然と覚えるよ。ああそう、私のことも明菜で良いから」
「う、うん。明菜ちゃん」
「あと、先生のこと葉月ちゃんって呼んで良「森中先生です」
言い切る前にいつものツッコミが飛んできた。その反応速度に思わず笑ってしまう。
「先生のこと葉月ちゃんって呼んで良いのは私だけだから。って言おうとしたんですけど」
「……あのですね。私達は恋人じゃないんですから……」
「えっ、そんな……私とは遊びだったのね!?」
「ひ、人聞きの悪いこと言わないでください! もー!」
バスが止まる。どうやら目的地に着いたようだ。先生の指示で後ろの席の生徒から順番に降りていく。
「はい、和泉さんも降りて」
「私は最後に先生と一緒に降ります」
「いいから早く降りなさい」
「はーい……」
着いたところで、まずはお世話になる野外学習センターへ挨拶。それから荷物を置いて、班に分かれて飯盒炊飯。薪割りや火起こしまで自分達でやるらしい。薪割り担当は佐々木くんが名乗り出てくれたため、残りの四人で野菜と肉の下拵えをすることに。
「俺、ピーラー苦手なんだよな……肉切っていい?」
「わ、わたし、皮剥き、します」
「じゃあ僕は野菜切るから、和泉さん米やって。僕やると流しちゃいそうで怖い」
「ん。分かった。家事歴二十年のベテランに任せなさい」
「五歳から家事やってんの?」
「うん。物心ついた時からやってるよ」
と、話している間に野菜の皮剥きが終わったようだ。成ちゃんが仁山くんに声をかけようとしているが声が小さくて聞こえないのか気づいていない。
「あ、あの、に、仁山、くん」
「ん? えっ。あ、終わった? 早っ」
「お、お願い、します」
「……意外と量あるな」
「頑張れ少年」
「が、がんばれ」
ぎこちない手つきで食材を切る二人を応援していると、薪を抱えた佐々木くんが戻ってきた。
「火、もう起こしちゃっていい?」
「待って。まだ野菜切ってる」
「肉も切ってる」
「いつまでやってんだよお前ら」
「うるさいなぁ。慣れてないんだよ」
「あ、あの、ど、どっちか、代わろう、か?」
「良いよ。手汚れたら面倒だろ」
「僕ももう終わるから大丈夫」
「武蔵、良いよ火つけて。つけてる間に終わる」
「火がつくのが先か、二人が食材を切り終わるのが先か」
と言いながら火を起こし始める佐々木くんだが、なかなか火がつかない。最初に終わったのは宮本くん、次いで仁山くん。
「はい、俺らの勝ちー。早よつけろよオラッ」
「嘘だろ!? こんなつかないことあ——ついた! しゃっ! 俺の仕事終わり!」
「お疲れさん。あと炒めて煮込むだけだな」
「あ、あの、わたし、やっても、良い?」
「じゃあ成ちゃんに任せるよ」
ここから先は特に分担することはないため、飯盒を火にかけて、水を汲んで置いて近くに座って見守る。
「長瀬さんなんか、急に喋るようになったな」
「な。入学して以来今日が一番喋ってる」
視線を感じて落ち着かないのか、鍋をかき混ぜながらチラチラと私たちの方を見る成ちゃん。三人の意識を彼女から逸らすために話題を変える。
「三人とも、兄妹はいるの?」
佐々木くんは男三人兄弟の真ん中、宮本くんは長男で弟が一人、仁山くんは姉と妹が一人ずつ。ちなみに成ちゃんは一人っ子らしい。
「良いなぁ。私もお兄ちゃんがほしかったなぁ」
と、言ったところで元カレ兼幼馴染の夫の顔が浮かんだ。彼は私達より二つ年上で、実の兄ではないが、兄のような存在ではあるかもしれない。ちなみに幼馴染は私のことを妹のような存在だと言うが、私は彼のことを兄のような存在だと思ったことはない。むしろ弟だ。そのことでよく言い争った。誕生日は私の方が先だとか、精神年齢は俺の方が上だとか。最終的に弟達にどんぐりの背比べだと言われるのがオチだ。
「和泉さんの兄妹は弟二人、妹二人だっけ?」
「うん。そう。あと弟みたいな幼馴染が一人」
「幼馴染は和泉さんが今高校通ってること知ってんの?」
「知ってるよ。この間入学祝いにビール一ケース送ってくれた」
「高校生の入学祝いにビールって」
「でもまぁ、成人してるしね……」
「なんか、たまに和泉さんが十歳も年上だってこと忘れるよな」
「あまりにも馴染んでるもんね。たまにジェネレーションギャップ感じるけど」
「兄弟とは結構歳離れてる?」
「そうだね。一番近い弟でも最近大学生になったばかりだよ。だから小学校も被らなかったくらい。その下の弟が君たちより一個上で、一番下の妹二人が中三」
「妹さんは双子?」
「うん。そう。一卵性のね。同じ顔してるけど性格は違うし、声とか仕草にもなんとなく違いはあるよ」
「へー」
そう話していると、今回の野外学習に同行してくれているカメラマンの男性が私たちに目をつけた。カレーをかき混ぜている成ちゃんも入れて写真を撮ってもらっていると、たまたま近くを森中先生が通りかかる。私と目が合うと、嫌な予感がすると言わんばかりにそそくさと逃げようとする。
「せーんせっ」
「撮りません」
「そう言わずに。旅の思い出に一枚だけ。ね? みんなと一緒にさ」
渋々来てくれた先生も入れてもう一枚。そしてどこからともなくやってきた天翔くん達ともパシャり。
「あ、あの、カレー、もう良いかな」
「うん。良いんじゃない? ご飯もそろそろタイマーが——鳴ったね。分けようか」
まずはご飯を五人分に分ける。仁山くんと成ちゃんは少なめで良いということで、その分を剣道をやっている二人の分に回して、全員で手を合わせていただきますと挨拶をする。みんながカレーに手をつけ始める中、成ちゃんだけは手が止まっている。
「どうした?」
「……あ、あの……ね……みんなに、聞いてほしい話があって。あ、た、食べながらで、良いんだけど……わたし……ほ、本当は、みんなより歳上なの」
彼女がそう言うと、三人の手が止まった。三人の視線は私に向けられ、そして成ちゃんの方に戻る。そのみんなの中に私も含まれていると思ったのだろうか。
「いや、私よりは下だよ」
「なんだ……びっくりした……」
「流石に二十代後半には見えないもんな」
「あ、う、うん。歳上って言っても、えっと、二つしか変わらない……から……ま、まだ一応、十代……です」
「なんで今話したの?」
仁山くんがそう言うと、成ちゃんはまた謝ってしまった。
「いや、責めてるわけじゃなくてさ。なんで急に話そうと思ったのかなって」
「あ、えっ……と……バスの中で、明菜ちゃんに話して……みんなにも……知っておいてほしくて……あ、えっ、と、と、歳上だから敬えって、意味じゃ、なくて……ただ、その……い、あ、明菜ちゃんみたいに、みんなと仲良く、なりたく、て」
「……ふぅん。僕はむしろ逆だと思ってた」
「逆?」
「人と関わりたくないのかなって」
「……人と関わるのは……正直、怖い。でも、変わらなきゃって、思ってた。でも、何も変われなくて。だけど、成長してるって、明菜ちゃん、言ってくれて。過去の自分が出来なかったことが出来るようになることが、成長なんだよって。だから……その……一歩ずつ、頑張ろうって。まずは班のみんなとお話ししようって、思って……」
「……過去の自分が出来なかったことが出来るようになることが成長……か」
かしめるように仁山くんが呟き「普通に名言じゃん」「額縁に入れて教室に飾ろうぜ」と、佐々木宮本コンビが茶化すように言う。
「やめてくれ恥ずかしいから。そもそも、その言葉は叔母の受け売りだし」
「和泉さんに羞恥心なんてものあったんだ」
と、仁山くんが揶揄うように言う。「そりゃあるだろ」と答えると成ちゃんが「あるんだ……」とぼそっと呟いた。こっちはガチのトーンだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます