第27話:少しずつ前へ

 昼食の後は少し休憩して、川釣り体験。釣りは個人だが、釣れた魚は班で協力して捌いて焼くらしい。餌は虫。なのだが、どうしても無理な人用にイカの塩辛が用意されていた。私は別に平気なので虫の方を選んだ。


「葉月ちゃん大丈夫? 餌付けれる? 付けてあげようか?」


 揶揄ってやろうと思い、石の上に座って釣りの準備をしていた先生に近づく。先生は私が持っていた虫を平然と受け取り、慣れた手つきで針に刺した。それを見ていた生徒達がギョッとする。私が虫を餌に選んだ時は無反応だったくせに。


「へー。意外と虫平気なんだ」


 私がそう言うと彼女は「怖がると思いました? 残念でしたね」と勝ち誇ったような顔をして釣り糸を垂らした。思っていた反応とは違ったが、珍しい表情を見れて思わずキュンとしてしまう。


「……なんで隣座るんですか」


「前にさ、野良猫が魚居るポイント教えてくれる動画見たことがあって」


「誰が野良猫ですか」


「ごめんごめん。野良じゃなかったね。私の子猫ちゃんだったね」


「……魚が逃げるので黙ってもらえます?」


 と、話していると竿が引かれる感覚があった。早速当たりがかかったようだ。


「おー。釣れた釣れた。やっぱ釣れるんじゃんここ。教えてくれてありがとにゃー」


 釣れた魚を森中先生のバケツに入れる。彼女はため息を吐いたが、移動しようとはしない。


「……釣れたのでお返しです」


 先生が釣り上げた魚が私のバケツに入る。私が釣ったやつより一回り大きい。


「猫の恩返しだな」


「だから……誰が猫ですか。せっかくの野外学習なんですから、私ばかりに構ってないで生徒と交流を深めたらいかがですか。……長瀬さんとか。……せっかく同じ班になったんですし」


「あからさまに嫌そうな顔しながら言うなよ。可愛いなぁもう」


「嫌そうな顔なんてしてません」


「成ちゃんは良いんだよ。あの子こそ、この機会に色んな子と交流を深めるべきだからね。今のまま私だけと関わり続けたらあの子、私に依存しちゃうでしょ? だから敢えて一人になるように仕向けたの」


「……私の隣に来たのは、長瀬さんを近づかせないためですか?」


「そう。行き先が無くなった成ちゃんはまず、翡翠ちゃん達のところに行くだろうけど、翡翠ちゃん達ももしかしたら私のところに来るかもしれないからね。私以外の人と交流を深めてほしいのに私が一緒に居たら結局私ばかりと話しちゃう。それじゃああんまり意味ないだろ?」


「……なら、もう河野さん達のところに戻っても良いんじゃないですか」


「なによ。私が居たら邪魔?」


「はい。邪魔です」


「ひどい! てか、そんなに嫌なら先生が移動すればよくない?」


「……ここ、釣れるんで」


「分かる。めっちゃ釣れるよね。私も移動したくない」


 こう話しているうちにももう既に五匹以上釣っている。


「私が先生と居ることでラブラブ結界が出来て人間は近寄りがたくなるのに、魚にはそういうの分かんないんですねえ」


「なんですかラブラブ結界って。勝手に変な結界張らないでください」


「残念ながら、私を先生の側に置くことで自動で発動するんですよ」


「……はぁ。移動します」


「お供します」


「しなくて良いです」


「一人で移動して襲われたらどうするんですか!」


「襲われませんよこんな人気ひとけしかないところで」


 先生が釣った魚を持って移動を始めると、入れ代わるように翡翠ちゃん達が成ちゃんを連れてやってきた。


「ちょっと! 酷いじゃん! 成ちゃんぼっちにさせて先生といちゃいちゃして!」


 と、翡翠ちゃんはぷんぷんしているが、当の成ちゃんは私のバケツを覗いて「わっ……お魚いっぱい釣れてる……凄い……」と私に尊敬の眼差しを向ける。一人にされたことに関しては怒っていないのかと翡翠ちゃんが問うと、彼女はこくりと頷いて言った。


「あ、明菜ちゃんばかりと一緒に居たら、明菜ちゃんばかりに、頼りっぱなしに、なっちゃう……から」


「頼れば良いじゃん。友達なんだし」


「そ、そう、なんだけど……えっと……一人だけに依存しすぎちゃうのは、良くないかなって……明菜ちゃんとは班で行動、するから……今は、別の子と仲良くなる、チャンス……かなって」


「そう。だから敢えて私は成ちゃんに試練を課したのです」


「いや、絶対先生といちゃいちゃしたかっただけじゃん」


「なははー」


「なははーじゃないよ! もう!」


「で? 成ちゃんや。翡翠ちゃんとさんごちゃん以外に友達は出来そう?」


「分かんない……けど……ちょっと、前に進めた気がする」


「ちょっとどころかだいぶ進んでると思うけど」


「成ちゃんがこんなに喋ってるの初めてだもんね」


 さんごちゃんがそう言うと、翡翠ちゃんが「昔のさんごを思い出すなぁ」と語り始める。人にいちゃいちゃするなとか言いながら、二人の世界に入り始める二人。呆れていると、成ちゃんがくすくすと笑った。今朝の暗さが嘘のような笑顔だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る