葉月の家族

 私には兄と姉が一人ずつ居る。兄が五つ上で、姉が三つ上。二人とも家庭を持っている。レズビアンであることを最初に打ち明けたのは姉だった。次いで兄。両親は最後だった。姉と兄はすぐに受け入れてくれた。両親も少し時間がかかったものの、今は受け入れてくれている。とはいえ、叶うなら異性と結婚して孫の顔を見せてほしいという思いはある気がする。実際に聞いたわけではないから、勘違いかもしれないが。確かめるのが怖くて聞けない。実際に同性の恋人を紹介したら、どんな顔をするのだろう。不安を抱えながら、彼女を連れて実家に帰省することに。


「……あの、姉と兄は大丈夫だと思うのですが……両親はもしかしたら、微妙な顔をするかもしれません」


 車を運転しながら、助手席に座る彼女に不安を吐露する。すると彼女は余裕そうに笑いながら言った。「大丈夫大丈夫。納得させるから。心配ないよ」と。

 車を走らせること数十分。実家に着いた。玄関のドアを開けると、兄と姉が迎えに来てくれた。


「兄さん、姉さん、久しぶり」


「久しぶり。そちらが葉月の恋人?」


「はい。初めまして。和泉明菜です」


「葉月の姉の泉華せんかです」


「兄の涼英りょうえいです」


「これ、良かったらみなさんでどうぞ。バームクーヘンです」


「わっ! やった! 美味しいやつ!」


「そうです。美味しいやつです。喜んでいただけて良かったです。お邪魔させていただきます」


 二人に手土産を渡し、リビングへと向かう。姉がご機嫌で「はーちゃんの彼女からバームクーヘン貰ったから切り分けるねー」と声をかけるが、両親は険しい顔をして返事すらしない。

 しかし、先輩は一切動じずに笑顔で挨拶をする。


「どうぞお座りになって」


「ありがとうございます。失礼します」


 母に促されて食卓の席に着く。私もその隣に座る。並んで両親と向かい合う形になる。緊張が走る。


「和泉さん……とおっしゃいましたね」


「はい。和泉明菜です」


「葉月とは、いつ頃からお付き合いを?」


 父が彼女に問う。まるで面接だなと苦笑しながら、黙って彼女の答えを待つ。


「出会いは中学の頃ですが、付き合い始めたのはつい最近になります。実は私、最近まで彼女の生徒でして」


 彼女がそう言った瞬間、家族が一斉に彼女を見た。そして私を見る。生徒に手を出したのかお前と言わんばかりに。


「あ、あのですね。彼女は過年度生でして。中学を卒業してから十年ほど会社員として働いた後に高校に入学したんです。元々は、私の中学時代の先輩でした」


「先輩……後輩ではなく?」


「はい。先輩です。葉月ちゃんが後輩です。そこから十年の間は関わりなかったのですが、高校生になってから生徒と教師という形で再会することになりました」


「中学生の頃は仲良かったわけではなかったのですか?」


「いえ。仲良しでしたよ。でも……連絡先は交換しませんでした。当時から好きだったんですけど……怖かったんです。近づきすぎるのが。あの頃はまだ、私は自分の恋心を受け止めることが出来なかったので」


 そこまで言ってから、彼女は一呼吸置いて、私の両親を真っ直ぐに見据えて語る。


「今は違います。はっきりと言えます。私は彼女を愛していると。今日はそのことを、皆さんにご理解いただきたくて参りました」


「そ、そうですか」


「はい」


 父も母も彼女の勢いに押されたのか何も言わなくなった。彼女は更に畳み掛けるように私への愛を語る。恥ずかしくなり、思わずストップをかけてしまった。


「……こほん。む、娘への愛は充分、伝わりました」


「それは良かったです」


「……和泉さんは、つい最近まで高校生だったとお聞きしましたが」


「はい。ああでも、彼女とお付き合いを始めたのは卒業してからです。彼女が待ってほしいと言ったので」


「そうですか。……何故、中学卒業してからすぐに高校に行かなかったのですか?」


「うわっ、それ聞くの?」「父さん、そこは触れない方が良いんじゃない?」と姉と兄。しかし先輩は「構いませんよ。別にやましい事情があるわけではないですから」と笑い飛ばし、語った。


「中学卒業してすぐに働き始めたのは家族のためです」


「家族……ですか」


「はい。私には歳の離れた弟と妹が二人ずついます。父は妹達が生まれてすぐに事故で他界し、母が一人で私達五人を育ててくれましたが、金銭な余裕なんてありませんでした。ですから、私は高校への進学を一旦後回しにして、一度社会に出ました。そこから十年、家族のために働いて、今に至ります」


「……中学生でその決断力すげぇな」


「ね。うちの夫にも見習ってほしいわ」


 話を聞いていた兄と姉が呟くように言う。ずっと険しかった両親の表情も、ふっと緩む。


「……あなたになら、葉月を任せても大丈夫そうですね」


「そうですね。私もそう思います」


 両親の言葉に頷き「私もそう思います」と彼女。自分で言うのかよと私の家族全員からの視線を浴びると、彼女は私の方を見て笑いながら言った。「だって君、今、幸せだもんね?」と。


「な、なんなんですかその自信……」


「えっ……幸せじゃないの?」


 しゅんとした顔で言われて思わずたじろぐ。


「……し、幸せ……です……けど」


 圧に押されてそう答えると、彼女はパッと顔を輝かせて「私もー!」と抱きついてきた。


「ちょ! だ、抱きつかないでください! 家族の前ですよ!」


「えー。いいじゃん別に。結婚出来るようになったら結婚しようねー。お義父さんとお義母さんからも葉月ちゃんのこと任せて大丈夫って言ってもらえたし」


「う……あ、あれは結婚の許しを得たわけでは……」


「別に構わんぞ。葉月の好きにしなさい」


 そう言ったのは父だった。意外な人からの意外な言葉に思わず聞き返してしまう。


「もしかして葉月、俺達が反対すると思ってたのか?」


「……お父さんもお母さんも、同性愛に理解がなかったので。私のことを知った時も否定したじゃないですか」


「今は違「分かってます。変わろうとしてくれていること、分かってます。でも……それでもやっぱり、本当は、私に異性と結婚して子供を産んで欲しいんじゃないかと……思ってしまうんです」


「……そんなことを思っていたのか」


「……はい」


「……そうね。正直言えば、私はあなたにの人生を歩んでほしかった」


 母が言う。という言葉が心につき刺さる。姉がその言い方は良くないんじゃないかと口を挟もうとしたが、兄が止めてくれた。私も母に悪意がないことは分かっている。今は話を聞くことを優先したい。言葉を訂正してもらうのはその後で良い。先輩も同じ気持ちなのだろう。黙って聞いている。


「それはエゴかもしれないって分かっていても……不安だったの。本当に、女性同士で幸せになれるのかって。けど……明菜さん」


「はい」


「あなたなら、大丈夫だって思えた。家族のために自分の青春を犠牲に出来てしまう優しいあなたなら。ああでも……勘違いしないでね。娘の人生のために、自分の人生を犠牲にしてくれと言っているわけじゃないのよ」


「……分かってます。一つ、訂正させてください。私は家族のために人生を犠牲にしたつもりはないです。高校への進学を後回しにしたことは、私が自分で決めた道です。それを犠牲だなんて言ってほしくはないです」


「あ……ごめんなさい」


「ああ、いえ。怒っているわけではないです。ただ、誤解しないでほしいんです。私は彼女のために人生を犠牲にするつもりなんて最初からありません。私は、彼女のために生きたいとは思っていますが、彼女のために死にたいとは思っていません。私は私の人生を歩みますし、彼女にも彼女の人生を歩んでほしいと思ってます。私はただそれを側で見守りたいし、見守ってほしい。それだけです」


 彼女の真っ直ぐな言葉が響いたのか、両親は静かに頷いた。彼女は私の手を握り「言ったでしょ。大丈夫だって」と私に笑いかける。涙が溢れる。私を傷つけたことを反省して謝罪して、変わろうとしている両親の姿を見てもなお消えなかったトラウマは、先輩の愛でいとも簡単溶かされていった。

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