第42話:信頼の証と葛藤

「……葉月ちゃん、もしかして寝ようとしてる? 困るよ? 私、君の家知らないから送っていけないよ?」


 だんだんと口数が少なくなり始めた彼女の肩を叩く。すると彼女は「かぎはカバンのなかにあります」と、今にも寝そうな声で答える。


「いや、鍵の問題じゃなくて。家の場所知らないんだってば」


「じゃあ、せんぱいのおうちにおとまりします……」


「……それは、持ち帰って良いってこと?」


 答えを待つ。すると、返事は寝息で返ってきた。落ちた。完全に落ちた。私にもたれかかったまま。助けを求めようと吉喜の方を見るが、彼もルーカスにもたれかかってうとうとしている。突くと、ハッとして私を見る。そして私の肩にもたれかかって離れない彼女を見て、もう一度私に目をやる。


「寝た。完全に寝た」


「マジかよ。え? 家知らないよね?」


「知らん。送れん。持ち帰っていいか? てか置いて帰れんから持ち帰るしかないんだけど。酷くない? 散々付き合えないとか言って酒入った瞬間これだよ? ねえ。どう思う? 私の心めちゃくちゃなんだけど。抱いて良い? 駄目? 駄目だよねぇ……はぁ」


「……大変だな。お前も」


「他人事だと思って! どうせお前らはこの後いちゃいちゃすんだろ! バカップルがよぉ! 一生そのまま幸せでいやがれ!」


「お、おう……ありがとう?」


「どういたしまして!」


 やけになってまだ半分くらい残っていたカクテルを一気に流し込んで、会計をする。一応彼女を起こそうと試みたが、起きる気配はない。


「はぁー……普通、好き好きアピールしてくる人間の横で寝るか? 無防備すぎるだろ」


「明菜のこと信用してんだろ」


「それなら嬉しいけどさぁ……他の人の前でもこんなんだったらもう飲み会禁止させるよ。危なすぎる」


 彼女はしっかりしているから、それはないと思いたいが。今度学校に行ったら彼女とよく飲みに行ってそうな先生に普段の飲み会の様子を聞いてみよう。


「タクシー呼んだよ。外出ようか」


「ん。ありがとうルーカス。葉月ちゃん、ちょっと失礼しますよっと」


 眠ってしまった葉月ちゃんを抱き上げて、海さんたちにお礼を言ってから吉喜達と一緒に店を出る。私の鞄はルーカスが代わりに持ってくれた。


「チビのくせにパワーだけはあるよなお前」


「そりゃまぁ、十年も力仕事してたからね。体力も力も自然と付きますわな」


「いや、昔から体力馬鹿だっただろ。俺、体力テストでお前に何一つ勝てたことなかったし」


「それはお前が雑魚なだけー」


「クソガキが……」


「私まだ高校生だもーん」


 と、ふざけ合っているとタクシーが店の前に泊まる。吉喜が助手席に乗り、後ろにルーカス、葉月ちゃん、私の順番で乗り込む。行き先はほぼ一緒なため、同じ場所で四人とも降りる。タクシー代は助手席に座った吉喜が奢ってくれた。お言葉に甘えて財布をしまって、眠っている彼女を抱き上げる。


「明菜、鍵どこ?」


「内側のチャックついてるポケット」


「お。あった。開けまーす」


 両手が塞がっている私の代わりにルーカスが玄関の鍵を開ける。そのまま二人とも中までついて来て、彼女をベッドに寝かせるところまで手伝ってくれた。


「じゃあな明菜。手出すなよ」


「同意取れないのに出すわけないだろアホ」


「またね。良い夢を」


「見れるかなぁこの状態で」


 とりあえず彼女をベッドに放置して、二人を玄関まで見送って鍵を閉めて部屋に戻る。彼女は私のベッドを占領して熟睡している。全く起きそうにない。私の想いを知ってるくせに、何故こうも無防備な寝顔を曝け出せるのか。私は何もしないと、信じて疑わないからだろうか。だとしたらやはり、その信頼を失うような真似は出来ない。どちらにせよ、同意が取れない状態の人を無理矢理抱くなんて最低なことは出来ないのだけど。

 押し入れから敷布団を取り出して、ベッドのすぐそばに敷いて寝転がる。彼女は仰向けのまま死んだように動かないが、寝息は聞こえてくる。寝相まできちんとしている。こっちに落ちてくる心配はなさそうだ。そのくせに私の前でこんな無防備な姿を晒すなんて。


「ねぇ葉月ちゃん、もしかして誘ってたりする?」


 彼女の眠るベッドに乗り上げ、問う。返事は無く、安らかな寝息だけが聞こえてくる。ため息を漏らさずにはいられない。おかしな気を起こしてしまう前にベッドから降り、床に敷いた布団に入って彼女に背を向けて目を閉じた。

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