第16話:デートしてよ

 ゴールデンウィーク初日。今日は我が家に高校の同級生がやってくる。友人を家に呼ぶなんて何年ぶりだろうか。

 来るのは翡翠ちゃん、さんごちゃん、天翔くん、和田くん、宇崎くんの五人。最寄り駅まで迎えにいくと伝えたが、我が家は最寄りの駅でも歩いて二十分ほどかかる。車で迎えに行くにしても全員は乗れない。待ち合わせ時間に間に合うように早めに家を出て歩いて駅へ向かう。すると、背の高い女の子二人と和気藹々と話す小柄な男の子が居た。中学の後輩コンビと宇崎くんだ。さすが宇崎くん、女子二人と居ても自然に溶け込んでいる。そもそも今時の若い子は男女の境界線というものがあまりないのかもしれない。


「おはよう。宇崎くん以外の男子二人はまだ来てないのか」


「あ。明菜ちゃんおはよう」


「おはよう。明菜ちゃん」


「玄さんは電車乗り間違えたから遅れるって。天翔は寝坊。今起きたって」


「今起きたって。もう昼だぞ。あいつめ……」


「明菜ちゃんは朝早そうだよね」


「五時に起きてる」


「はっや! おばあちゃんじゃん! そんな時間に起きて何してんの!?」


「弁当作ってる。妹二人、弟二人、あと私の五人分」


「偉ぁ……おばあちゃんとか言ってごめん……」


「で? 和田くん達はどれくらい遅れそうなんだ? 二十分以上かかるなら一旦君たちを送ってから車で迎えに行くけど」


「二人とも三十分くらいかな」


「そうか。じゃあ置いていくか」


 二人には着いたら駅で待つように伝え、三人を連れて歩き始める。


「免許持ってるJKかっけえ」


「誕生日次第だけど、在学中でも取れるよ。うちの弟も夏休みに取ってた」


「あたし五月だからいけるやん。夏休み」


「五月ってもう来月じゃん。何日?」


「十八。ちなみにさんごは六月だよ。六月三日」


「よし。覚えておく」


「明菜ちゃんと宇崎くんは?」


「私は十月二十八日」


「俺は七月。七月二十二日」


 今聞いた三人の誕生日をスマホのカレンダーにメモする。


「ちなみにぃ……森中先生の誕生日は八月三日だって」


 翡翠ちゃんがニヤニヤしながら教えてくれたが、それはメモするまでもない。忘れたことなど一度も無かった。それを言うのは流石に少し恥ずかしくて、メモをするふりをしてスマホをしまう。


「天翔と玄さんにも聞かないとな」


「あ、天翔はもう駅着いたみたいだよ」


「思ったより早いな」


「てか、明菜ちゃんの家が思ったより遠いんですけど」


「うん。結構歩くね」


「駅から何分くらい?」


「二十分くらいだな」


「「「遠いなぁ……」」」


「喋りながら歩いてたらすぐだよ。ほら、見えてきた」


 三人を連れて家に入ると、ドタドタと足音が近づいてくる。最初に顔を出したのは双子。続いて秀明と千明も顔を出す。


「うわっ。本当に千明先輩いる……」


「あ? なんで俺のこと知ってんの」


「こっちの女子二人は同じ中学だったんだって」


「は? マジかよ……」


「嫌そうな顔するなよ。あの生意気なガキが千明、そっちのお兄さんが秀明、でそこの双子が明鈴と明音。明鈴の方が若干声が高い」


 実際に「明鈴です」「明音です」とそれぞれ手を挙げて声を発してくれたが、違いがわからんと首を傾げる三人。「大丈夫。俺もたまに分からんから」と千明。頷く秀明。分かれよとそれぞれの足を蹴る双子。千明を蹴った方が明鈴、秀明を蹴った方が明音だ。蹴る際の足の運び方に微妙な違いがあるのだが、みんなには何一つ伝わらないらしく、弟達までもが首を傾げていた。


「一日入れ替わってみたことがあったけど、お姉ちゃんだけは一瞬で気づいたよね」


「ねー。ランドセル交換して学校行こうとしたら、逆じゃないか? って」


「兄ちゃん達はぜんっぜん気付かなかったのにねー」


「結局そのまま一日いたけど、気づいたのお姉ちゃんだけだったよね」


「明菜ちゃんすげぇ」


「はっはっは。毎日見てるからな。って。話してる場合じゃなかった。私ちょっと、遅れた二人を拾いに行ってくるから。この子達を部屋に案内しておいてくれ」


「えー。明菜ちゃんの車乗りたーい」


「ええ? しょうがないなぁ……一人だけなら助手席に乗せてやろう」


「私は待ってるよ」


「俺もお迎え行きたい」


「えっ」


「じゃあ、じゃんけんしよう」


 宇崎くんと翡翠ちゃんでじゃんけん勝った宇崎くんを連れて、車の鍵を取って家を出る。


「宇崎くん、最近さんごちゃんとよく話してるよね」


「うん。だから、二人きりになったら河野さん勘違いしそうだなぁって……」


「ふぅん?」


 宇崎くんはさんごちゃんとよく話している。良い雰囲気だと噂されているが、私はさんごちゃんがレズビアンであることを知っている。彼もそれを知っているのだろう。


「……あのさ、前に恋愛相談したいって言ったよね」


「今話す? じゃあちょっとだけ遠回りしようか」


「ありがとう」


 このまま真っ直ぐ行けばもう駅に着くが、わざと回り道をして、駅に着くまでの時間を少しだけ伸ばす。


「俺多分、ゲイなんだよね。まだ海原さんにしか言えてないけど」


「そうか」


「うん。……和泉さん、ノンケを好きになったことはある?」


「あるよ。大体の人が通る道だろうな。まぁ、勝手に勘違いして実は違ったってこともあるかもしれんが。人のセクシャリティなんて、目に見えんしな」


「……俺の好きな人はどう見てもノンケだと思う」


「その人は私も知ってる人か?」


「……それ言ったらほぼ答えじゃん」


「その答えもほぼ答えだな」


「……ずるくない?」


「ははっ。すまん」


「い、いつから気づいてたの?」


「中学が一緒だったって話をしたあたりから」


「ほぼ最初からじゃん……俺、そんなにわかりやすい?」


「天翔くんは気付かんだろうな」


「……うん。でも、俺は気付かないでほしい」


「そうか。安心しろ。バラしたりはせんよ」


「そこは信じてる。……こういう時、和泉さんならどうしてた?」


「普通に告白して、普通にフラれてたよ」


「告白できるの凄いな……」


「言ったろ。セクシャリティは目に見えないって。打ち明けてみれば実は私もってこともあるし、告白することで意識し始めるなんてこともあるんだよ。君は天翔のことどう見てもノンケって言ったけど、どこでそう判断した?」


「えっ。えっと……だって、女好きだし……」


「私の経験上、やたらと異性好きアピールする人は同性愛者の可能性が高いよ」


「ええ。なんで?」


「この国で生きていれば、大半の人が異性愛が当たり前だと刷り込まれるからな。自分が同性愛者だと認められなくて必死に異性愛者のフリをしたり、同性愛者を否定したりする人は少なくない」


「そ、そうなんだ……」


「まぁでも、今の若い子はそうでもないかもしれんな。まだ言いづらい空気はあるけど、マイノリティが冷たい目を向けられる時代から、マイノリティを馬鹿にする人の方が冷たい目を向けられる時代に確実に変わりつつあるからな」


「……結局、和泉さんから見ても天翔は、普通に女好きに見えるってこと?」


「結論から言えばそうだな。けど、私は天翔くんじゃないから、彼が男も好きになるかどうかなんてわからん。本人にもわからないかもしれない。けど……彼はきっと、君の気持ちを知っても否定はしないと思うよ」


「……告白しろってこと?」


「私に言われたからする、しないじゃなくて、君自身の考えで決めな。君の人生だからね。さて、そろそろ着くけど……まだ何か言いたいことある?」


「……ううん。ありがとう、和泉さん」


「どういたしまして。そこのコンビニに停めるから、駅まで迎えに行ってやってくれ」


「うん」


 コンビニの駐車場に車を停めてしばらく待っていると、宇崎くんが二人を連れて戻ってきた。車の前で三人で何かを話し合ったあと、天翔くんが助手席のドアを開ける。


「助手席失礼しまーす」


「はーい。シートベルトちゃんとしろよ。後ろもな」


「明菜ちゃーん、俺シートベルトの締め方わかんない」


「甘えても手伝わんぞ」


「ちぇー……」


「後ろ二人は締めたか? 大丈夫?」


「うん。大丈夫」


「よし。じゃあ発進するぞ」


 後ろ二人がちゃんとシートベルトを締めていることをルームミラーで確認し、車のエンジンをかける。隣から視線を感じて運転しづらい。


「……明菜ちゃんさぁ」


「なに?」


「……今度、俺とデートしてよ」


 珍しく真面目なトーンで彼は言う。彼は多分、本気で私に恋をしている。だけど私は大人としてそれに応えることは出来ない。そもそも私は男性は恋愛対象外だから、彼が大人でどれほどの好青年であろうとも応えられないのだけど。

 彼の好意に応えるつもりはない。だけど話を聞くことくらいなら罪にはならないだろう。


「……デートは無理だが、友人として話を聞くくらいはしてやるよ」


 私がそう答えると彼は私を一瞥したあと窓の外に目をやった。そして「うん。ありがとう」と複雑そうに呟いた。


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