第17話:君との思い出は私だけのもの
三人を連れて部屋に戻ると、幼馴染コンビの間に妙な空気が流れていた。
「お、お帰りー。遅かったね」
「ど、どこか寄り道でもしてたの?」
と、二人はなんでもない風を装って課題に視線を向けながら言う。私達の方はもちろん、お互いに一ミリも視線を向けない。明らかに不自然だ。さんごちゃんは翡翠ちゃんのことが好きだと言っていた。翡翠ちゃんは男性にしか興味ない感じだからさんごちゃんは諦め気味だったが、この空気から察するに告白したのだろうか。その割にはあまり重い空気ではない。そっとしておこうと思ったが、空気を読まない天翔くんが「なに君ら。いつの間付き合ってたの?」と揶揄うように言う。咎める宇崎くん。和田くんは「え、そうなの?」と頭にはてなを浮かべている。
「うう……言うタイミングミスったぁ……」
「……ほんとだよ」
「だってぇ……ひーちゃんが……告白してきた先輩と付き合うとか言うから……好きでもないけどとりあえず付き合ってみるとか言うからぁ! よく分かんないのと付き合うくらいなら私で良いじゃん! バカ! バカバカバカバカ!」
と、翡翠ちゃんをボコスカと叩いていたかと思えば、そのまま泣き出してしまうさんごちゃん。翡翠ちゃんは「ごめんって」と謝りながら、躊躇うように彼女の頭を抱いた。そして、慰めるようにぎこちなく撫でる。
「……明菜ちゃん、あたしらちょっと、散歩してくるわ」
「ん。行ってらっしゃい」
「……うん。行こ、さんご。さっきの話の続きしよ」
「……うん」
泣き噦るさんごちゃんを連れて部屋を出ていく翡翠ちゃん。部屋には再び、私達四人が残される。
「青春してるなぁ」
「してますなぁ」
「……和泉さんにもああいう初々しい時代とかあったの?」
「想像出来ないな……」
「そりゃ、初恋の時は私もあんな感じだったよ」
「初恋って、森中先生?」
「あっ! 同じ中学ってことはさ! 卒業アルバムとかに先生の若い頃の写真載ってたりする!?」
「学年違うからないでしょ」
「うん。無いよ」
「他に写真ないの?」
「私のならあるが、先生のは無いな。当時の私たちはそこまでの仲じゃなかったからな」
確かに当時の私と彼女は、休みの日に頻繁に遊びに行くような仲ではなかった。誕生日は知っているが、連絡先は知らない。聞けなかった。いいや、聞かなかった。近づきすぎて恋心がバレるのが怖かったから。だけど、近づきたかった。矛盾した感情と葛藤した結果、私は近づきすぎない選択をした。
だけど、卒業する少し前、彼女から卒業の前に思い出を作らないかと誘われた。私は彼女の誘いに乗って、二人で水族館に行った。その時の写真はデジタルカメラの中に入っている。魚の写真を撮るために持ってきたなんて彼女には言ったけど、カメラの中にある写真はほとんど彼女にピントが合っている。写真が無いと嘘をついたのは、独占欲だ。中学生の可愛い葉月ちゃんを、彼らには見せたくなかった。私の思い出の中だけに閉じ込めておきなたかった。我ながら、少々気持ち悪い発想だなと苦笑いする。
『先輩! タカアシガニですよ!』
『好きなの? カニ』
『好きです!』
『私よりも?』
『……そうですね。カニの方が好きかもしれないです。カニは意地悪しないので』
『えー。でも挟むよ』
『水槽の外から見る分には安全です』
『触りたいとは思わないの?』
『触るのは怖いです』
『あ、そう。見る専なのね』
『はい。見る専です』
『ふぅん』
あの日のことが昨日のことのように蘇る。十年も経っているとは思えないほど鮮明に。
『あ、ガチャガチャがありますよ先輩』
『お。葉月ちゃんが好きなタカアシガニあるじゃん。回す?』
『……いえ。回しても多分、出ませんから』
『えー。回してみなきゃ分かんないじゃんそんなの。……おっ。ほら、出たよ。タカアシガニ』
『えっ。嘘。一発で?』
『あげるよ』
『えっ、でも……』
『もらってよ。思い出の一品ってことで』
『……じゃあ、私も先輩に何かプレゼントしますから、それと交換しましょう』
『良いよ。何買ってくれんの?』
『先輩が選んで良いですよ。あんまり高いものは買えないですけど。千円まででお願いします』
『千円って。そのカニ、三百円だよ? 吊り合わなくない?』
『良いんです。私が回してたらきっと、千円以上かかってましたから』
『じゃあお言葉に甘えて……このクラゲのぬいぐるみ買ってもらおうかな。予算オーバーした分は自分で払うから』
『分かりました。買ってきますね』
『本当に良いの?』
『良いんです。二百円、先にもらえますか』
『……ありがとう。一生大事にする』
『一生って大袈裟な』
三百円のガチャガチャで引き当てたタカアシガニの置き物と引き換えにもらったクラゲのぬいぐるみは、あの日からずっとベッドの上に住み着いている。葉月ちゃんの元に行った三百円のタカアシガニはどうしているだろう。などと物思いにふけっていると「あーもー英語分からん!」と天翔くんが叫ぶ。「うるさいな」と呆れながらも、和田くんが彼の隣に移動して教えにいく。
「あー。ここ間違ってるな」
「分かんねえ……」
「分かんないって言うから分かんなくなるんだよ」
「そんなこと言われても分かんないもんは分かんねえよぉ……」
などとギャーギャー言い合う二人を横目に、複雑そうな宇崎くん。
「宇崎くん、ヘルプ」
「えっ、う、うん。どこ?」
「ここなんだけど……」
「ああ……え、なにこれ、どういう公式使ったの?」
「えっ。わからん。公式とかあるの?」
「……とりあえず公式を覚えるところからやろうか」
「歳取ると物覚えが悪くてのう……」
「歳のせいにしない。まだ二十代でしょ」
「はーい」
宇崎くんの気を天翔くん達から逸らすために声をかけたが、今度は天翔くんから視線を感じる。気付かないふりをして課題を進めていると、下から物音が聞こえてきた。さんごちゃん達が帰ってきたようだ。
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