第18話:コミュ力おばけ

 結局、さんごちゃん達は付き合うことになったらしい。「羨ましい」と、宇崎くんと天翔くんのため息と声が重なるが、和田くんは我関せず黙々と課題を進めている。「玄さん、ほんとこういう話興味ないよね」と天翔くんが絡むと、彼は手を止めて言った。「興味ないというか、わからないんだよね。恋したことないから」と。それに対して天翔くんは「そのうち分かる日がくるよ」と励ますように言う。アロマンティックやアセクシャルの人達が言われがちな言葉だ。和田くんは「そうかもね」と肯定した後、こう続けた。「でも、大人になっても分からない人はいるみたいだよ」と。それを聞いた天翔くんは「そうなの?」と何故か私を見る。


「まぁそうだね。人は必ずしも恋をするとは限らないらしい」


「ふぅん? あー……でも俺も、歳下しかいない世界だったら恋を知らずに生きてるかもしれんし……ストライクゾーンがくっそ狭くてタイプの人間に一生出会えずに死ぬ人もいるのかもなぁ」


 納得しているように見えるが、結局それは全ての人が恋をする前提の考えだ。まぁでも、そうなるのも仕方ないのかもしれない。恋をしない証明なんて、悪魔の証明みたいなものだから。アロマンティックやアセクシャルをアイデンティティに持つ人からすれば、天翔くんの発言はもやもやするものかもしれない。しかし和田くんは「そうだね」と穏やかに頷く。絶対に恋をしないと言い切れる自信が無いと悩んでいた彼にとっては天翔くんのような考えの方が気が楽なのかもしれない。


「あんた、ガチで歳上にしか興味ないんだね」


「千明と気が合うだろうなぁ」


「もう一人の弟さんは?」


「秀明はあんまり年齢とか気にしないタイプだと思う。前付き合ってた彼女は歳下だったな」


「明菜ちゃんは?」


「私も年齢は気にしないな。お姉さんにはお姉さんの、歳下には歳下の良さがあるからな。流石に未成年は恋愛対象から外れるというか、外さざるをえないが」


「明菜ちゃん、歳上と付き合ったことあるんだ」


「初めての彼女は五つ上のお姉さんだったな」


「バーで出会った人?」


「そう。絡まれて困ってたら助けてくれた歳上のお姉さん」


「やだカッコいい」


「七股かけるクソ女だったけどな」


「「「「七股!?」」」」


「しかも問い詰めたら、あたしポリアモリストだから。とか言って開き直ったよ」


「ポリ……なに?」


「複数人と恋愛関係を築くことをポリアモリーっていって、それを実践してる人のことをポリアモリストっていうんだ。ただ、ポリアモリーは恋人全員の同意がある上での交際なんだよ。ここが浮気との違いなんだけど、それを無視して浮気の言い訳に使うクズがたまに居るんだ。元カノみたいな。まぁ、流石に七人は怒りを通り越して笑っちゃったけどな。わしゃ日替わり定食か! って」


 と、笑い話として話したが、誰一人として笑ってくれない。


「……明菜ちゃんすげえな。心広すぎだろ」


「初めての彼女がそれって……俺だったら恋愛恐怖症になってるかも……」


「私も。絶対病む……」


「メンタル強すぎる」


 と、和田くん以外の四人は同情するような顔で私を見るが、和田くんだけはそんなに辛いことなのかと不思議そうな顔をしている。しかし、その疑問を口にしたら批判を買うことは分かるのか、何も言わない。


「和田くん、大丈夫? 話についていけてる?」


「あ……えっと……うん。正直なんも分からん。けど……聞く分には別に。出来れば理解できるようになりたいし。あんまり気を使わなくて良いよ。話をこっちに振られると困るけど」


「そっか」


「むしろ、気を使われる方がめんどくさい」


「あー、それは分かる。私もビアンって言うと変に気を使われることあるからなぁ。家庭環境で気を使われることもあるし。普通に元気なのに空元気だと思われることもよくある」


「俺も正直、最初はちょっとそうなのかなって思ったけど……いやこれ素だなって思うようになってきたよ」


「マジで毎日楽しそうだもんな……明菜ちゃん……」


「父さんが死んだのも母さんが死んだのも、誰のせいでもないからな。私が十五で就職したのは一人で私たちを育ててくれている母のためで、父が生きてたらきっと、回り道せずに進学してたと思う。けどそれは結果論だ。それに、十歳歳下の同級生達と一緒に授業を受けたり課題をやったり出来るのは回り道した人間の特権だからな。楽しまなきゃ損だろ。先生も含めてクラスで一番歳上なんだよ? 十五で高校行った世界の私が聞いたらきっと羨ましがるよ。なにそれ楽しそう! って」


「……私にはちょっと分かんないなぁ。十歳も歳の離れた子達と同じクラスで馴染める自信ない」


「あたしも流石にちょっと無理だわ……」


「歳下じゃなくて歳上だったらいけるかも」


「それは君の願望だろ」


「和泉さんくらいのコミュ力無いと無理だろうな……」


「はっはっは。私には十年の社会人経験で培ったコミュ力があるからな!」


「いや、そのコミュ力は絶対元からあるやつ」


 天翔くんのツッコミにうんうんと頷く少年少女達。こう見えて幼少期は人見知りだったのだが、誰一人として信じてはくれなかった。


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