天翔と愛
女顔で低身長、そして
そんな俺には姉が居て、姉の友達からは可愛がられていた。俺は正直姉の友人が苦手だった。膝に乗せたがったり、抱っこしたがったり、猫か何かのような扱いをする。嫌だと拒否しても照れ屋だと笑われ本気で嫌がっていることが伝わらないし、友人に話せば自慢だと思われる。姉だけは俺の想いを受け止めて友人達に言い聞かせてくれて、今はベタベタされることはなくなったが、友人達からは勿体無いと言われた。
そもそも俺は、女性からちやほやされたいという友人達の気持ちがわからなかった。幼い頃に家族で温泉旅行に行った時、女湯に連れて行かれたことが嫌だった。その日、父は仕事で居なかった。当時の俺は五歳くらいだっただろうか。もうすぐ小学生だった。子供扱いされることが嫌で駄々を捏ねたということにされているが、裸の女性しかいないところに入るのが恥ずかしかった。良い思い出のように語る友人達が信じられなかった。何故そんなに女性の裸に興味があるのか、理解出来なかった。男子と話すより女子と話す方が楽しかった。けれど高学年になるにつれて、そのことを揶揄われるようになったり、仲のいい女子から告白されるようになった。付き合うということがよく分からずに受け入れて、付き合ってるのに他の女の子と遊ばないでよと怒られたりして、結局よく分からないまま別れた。中学生になっても、恋がどういうものなのか理解出来ないでいた。
初めて恋を知ったのは中学二年の頃。天翔と初めて同じクラスになった年だ。彼のことは正直、最初は苦手だった。絶対に分かり合えないと思った。
好きになったきっかけは些細なことだった。ある日、ショッピングモールで女の子に話しかけている彼を見つけた。しゃがんで目線を合わせて「どうした? 一人? お母さんかお父さんは?」と優しく問いかける姿に思わずきゅんとした。
彼はその後女の子を迷子センターに連れて行く途中で、母親と思われる女性から誘拐と勘違いされて「娘をどうするつもりですか」と怒られていたが、誤解されたことを怒ることはなく女の子が親の元に帰れたことに安心していた。意外と優しい人なのだと、その時初めて知った。何も知らずに嫌悪感を抱いていたことが少し申し訳なくなった。
「あれ。宇崎くんだ。もしかして今の見てた?」
「う、うん。……意外と優しいところあんだね」
「意外とって。俺、昔迷子になったことがあってさぁ。その時助けてくれたお姉さんが居て」
聞いてもないのに彼は語る。そのお姉さんが自分の初恋なのだと。そして流れで、俺の初恋について聞いてきた。馬鹿にされるだろうなと思いつつも「分からない。そもそも女性は苦手」と正直に答える。すると彼は「そうなんだ」とあっさりしていた。
「……笑わないの?」
「え? なんで? そういう人もいるでしょ。てか、恋愛って男女間だけのものじゃないし。異性だけに絞ってるから分からないのかもよ」
「男女間だけのものじゃない……」
言われてみれば確かにそうだが、自分がそうだという発想はなかったし、ましてや彼の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。彼はLGBTなんて気持ち悪いという側の人間だと、勝手に思っていたから。
彼のこの一言がきっかけで俺は、自分の恋愛対象が異性ではない可能性を考え始めた。そしていつしか、彼に対する感情が恋であることに気づいた。だけど告白は出来なかった。出来ないまま一年が経って、高校生になった。二十五歳の女性と同じクラスになった。天翔はきっと彼女のことを好きになるだろうなと思っていたら案の定、すぐ惚れた。年齢聞いた瞬間に食いついた。歳上なら誰でも良いのかよと呆れたが、彼女と接するうちに彼が惚れるのも分かるなんて思うようになってきた。
野外学習が終わったある日のこと、天翔から話があるから一緒に帰らないかと誘われた。
「話って?」
歩きながら彼に問うと、彼は足を止める。そして俺の方を向き直して言った。「愛、俺に何か言いたいことない?」と。
「言いたいこと?」
「話したくないなら無理にとは言わないけど、出来るなら話してほしい。俺は愛のこと友達だと思ってるから」
そして最後にこう締め括った。「愛は俺のこと、嫌いかもしれんけど」と。そう言う割には穏やかな笑顔だった。
「……最初は嫌いだった。嫌いというか、合わないだろうなって思ってた。けど……迷子に優しく声かけてるの見て、意外と優しい人なんだって、思った。……それがきっかけなんだと思う」
「きっかけ?」
「……うん。俺、天翔が好き。恋愛的な意味で」
もう気づいているなら良いかと、勇気を出して打ち明ける。彼は何も答えない。恐る恐る顔を見ると、きょとんとしていた。
「えっ。何その顔」
「えっ、いや、好き? え? 俺? 俺が好きって言った?」
「は? え? 気づいてたんじゃなかったの?」
「いや、男が好きってことはなんとなく気づいてたけど……相手は玄さんだと思ってたから……俺……俺かぁ……マジかぁ……えぇ……? 俺ぇ?」
かなり困惑した様子だった。そこに嫌悪は無さそうに見えるが、申し訳なくなる。
「……ごめん」
「いやいや。謝んなよ。別にキモいとか思わないから。ただびっくりしてるだけで。いやでも、嫌いから始まる恋ってあるよね。分かる」
「勝手に分かるなよ」
「ごめん。……えっと、俺は愛のこと好きだよ。ああえっと、友達的な意味な。だから……恋愛感情に応えることは無理だけど、これからも友達で居たい。……駄目?」
俺は彼が好きだ。恋愛的な意味で。女子にセクハラする最低なやつだけど、なんだかんだで笑って許される人柄の良さがある。そういうところが好きだ。好きだった。恋人になりたかった。そんな想いを打ち明けたら、もう友達のままでいられないと思った。だけど彼は友達のままで居たいと言ってくれた。涙をこぼす俺を抱きしめてはくれなかったけれど、ハンカチはくれた。
「それ、俺のお気に入りのやつ。洗って返してね」
「……うん。明日学校で返す」
「うん。……にしても愛が俺のこと好きだったとは。どこが好きなの? やっぱ顔?」
「……いや、顔は別に」
「えっ! こんなイケメンなのに!?」
「そういうところウザくて嫌い」
「はぁ!? なに!? じゃあどこが好きなんだよ!?」
「……調子乗るから言わない」
「んだよそれぇ……」
そんなやりとりをして、どちらからともなく笑い合う。その日俺は初めて失恋をした。だけどきっと、この先の人生においてこれ以上の穏やかな失恋は無いと思う。
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