第10話:エルフと吸血鬼
森中先生曰く、二十五歳の私でも部活に入る権利はあるらしい。入学して一週間。私はさんごちゃんと一緒にお菓子研究部の部室を訪ねた。翡翠ちゃんは中学の頃はバレー部のエースだったらしく、そのまま高校でもバレーをやるとのかやるとのこと。ちなみに彼女の身長は175㎝。さんごちゃんはそれより少し高い180㎝なのだが、さんごちゃんはその高身長がコンプレックスのようだ。私からしたら20㎝くらいわけてほしいくらいなのだけど。むしろ身長を交換してほしい。隣の芝生は青い。
「さんごちゃん、お菓子好きなの?」
「好きだけど……作るのはちょっと苦手」
「おや? もしや、作ってあげたい人でも居るのかね?」
「べ、別に……」
「例えばー大好きな幼馴染ちゃんとか?」
「も、もう! 良いから入るよ!」
「はーい」
親睦会の時、さんごちゃんは私にそっけなかった。その時は理由は分からなかったが、翡翠ちゃんが私ばかりに構うから拗ねているのではないかと推測した。どうやら当たりのようだ。翡翠ちゃんはノンケっぽいが、さんごちゃんならいけるのではないかと思う。とはいえそれは推測というか彼女の恋が実ってほしいという願望でしかないし、性別を理由にフラれる辛さは痛いほど分かってるから軽々しく背中を押してやることは出来ないけど。
さんごちゃんが部室のドアを開けると、既に入部希望者と思われる生徒がちらほら。大半が女子かと思いきや、男子も居る。私が部室に入った瞬間、生徒達の視線が一斉に私に向けられる。「もしかしてあの人が噂の?」「噂って?」「一組に二十歳の生徒がいるって」「三十って聞いたけど」「えっ、てか、成人でも部活入っていいの?」とざわざわと聞こえてくる。誰だ三十って言ったやつ。私はまだ二十五だぞ。
「うん? なに? 何ざわついてるの?」
先輩達の陰からひょこっと小学生くらいの女の子が出てきた。どう見ても小学生だが、制服のリボンの色からして二年生のようだ。一年生達は「可愛い」「先輩?」「ロリだ」とざわついている。
「すみません先輩、多分私のせいです」
「君は?」
「一年一組の和泉明菜です。噂で聞いたことないですか? 成人が入学してきたって」
「ああ、それが君なんだね」
「はい。ちなみに二十五歳です」
「そうか。私より歳上なんだ」
どこか嬉しそうにそう言った穏やかな雰囲気の小さい先輩は
「甘池あずきって、お菓子みたいな名前ですね。可愛い」
「ふふ。菓子研の部長に相応しい名前だろう」
『あの見た目で大人ってなんか、吸血鬼みたい』と誰かが言う。それに対してあずき先輩は「別に血を啜ったりはしないから安心したまえ。トマトジュースは好きだけどな」と明るく笑い飛ばす。
「ちなみに私はエルフって言われました」
「長命種仲間だな!」
「いえーい。なかまー」
「ふふ。君、面白いな。合格。君は今日から菓子研部員だ!」
「やったー! 入りまーす!」
「うむ。ああ、ごめん。ノリで合格とか言ったけど、別に入部テストとかないからね。入りたかったら入ればいいし、やっぱり別の部活にしようかなって思ったらそうすればいい。来るもの拒まず、去るもの追わず。だ」
あずき先輩の言葉に「まぁ、できればたくさん入ってくれると嬉しいんだけどね」と苦笑いしながら付け足したのは副部長の
続いてマロンこと
最後にケーキこと、
あずき先輩以外の四人は留年も遠回りもせずに一直線に進んできた十六歳の二年生。一年生も私以外はみんなそうだ。二十歳超えの生徒が同時期に二人もいるのが奇跡みたいなものだろう。
「あっ。あずき先輩、今年で二十一歳ってことは酒飲めますよね?」
「飲めるよー。見た目これだから、人前ではちょっと飲みづらいんだけどね。行きつけのバーがあるから、そこでもよければ今度飲みに行こうか」
「わー! やったー! 約束ですよ!」
盛り上がり、流れであずき先輩と連絡先を交換する。名前があずきだからか、アイコンがお汁粉だ。その流れのまま、心愛先輩を含めた他の先輩達や入部を決めた同級生達とも連絡先を交換する。まさか年下の先輩と飲み会の約束をすることになるとは。
「人生何があるかわからんねえ」
「本当ですね。絶対歳下しか居ないだろうなーって思ってましたよ。結局あずき先輩も歳下だけど」
「二十五だっけ? 確か君の担任は森中先生だったよな。もしかすると同い年なんじゃないか?」
「いや、先生の方が一個下です。今年で二十六なんで。ちなみに森中先生、私の中学の後輩なんですよ」
「ええ! 凄い偶然!」
「ねー。凄いですよね」
「でも、元先輩が生徒はやりづらそうだねぇ」
「やりづらいでしょうねぇ」
「なんか、楽しそうだね」
「楽しいです。だって、元後輩が現担任ですよ? めちゃくちゃエロくないですか?」
「あ、それちょっと分かる」
「ですよね! 分かりますよね!」
「お二人ともー。お二人以外は未成年なのでその辺にしてくださーい」
心愛先輩に注意されてしまった。学校で成人女性と友達になれるとは思っていなかったため、嬉しさのあまりつい盛り上がりすぎてしまった。心愛先輩に指摘されて生徒達が置いてけぼりにされて困っていることにようやく気づく。
「あはは。すまないね。この学校で同年代の人と友達になれたの、初めてだからつい」
「……そう。良かったね」
むっとしながら私を見る心愛先輩。なんだか敵意を感じる気がする。「副部長は部長さんのこと大好きだから。妬いちゃってるんだよ」と大福先輩。「心愛ちゃんおいでー。ハグしてあげよう」と、あずき先輩は揶揄うように両腕を広げる。「そうやってすぐ子供扱いする」と更に不機嫌になる心愛先輩。
「私から見たら君達は子供だからな」
「むぅ……」
「ははは」
「でも二人がこの中で一番子供っぽいよね。見た目的な意味じゃなくて、テンション的な意味で」
大福先輩が呆れるように言う。
「誰よりもテンション高いもんねぇ。部長が一人増えた感じ」
と、どこか楽しそうなマロン先輩。
「元気すぎますわよ。ますます賑やかになりそうですわね。……はぁ」
ケーキ先輩にはため息をつかれてしまった。私も先輩も、訳あって高校に通えなかった。みんなが当たり前のように高校生活を送っている中、先輩は入院していて、私は仕事をしていた。環境のせいで学校に行けないなんて可哀想と、大人達や同世代の友人達から哀れみの目を向けられながら。正直、死にたいと思った日もあった。辛くなかったと言えば嘘になる。だけど誰にも弱音を吐けなかった。弟達をこれ以上可哀想な子供達にはしたくなかったし、余計な心配をかけたくなかった。もしかしたらみんな、そんな私の気持ちに気づいていたかもしれないけど。
あの頃の元気は、ほとんど空元気だった。だけど今は違う。本当に、心の底から楽しいと思える。当たり前のように同い年子達と高校に通えている彼らには一生わからないかもしれない。だけど別に分かってほしいとは思わないし、分からなくても良い。哀れみや慰めはもう、十分過ぎるほど受け取ってきたから。
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