第29話:そういうところが好き

 釣り体験が終わり、テントを立てて、少し休憩して夕食、風呂の前に班ごとに分かれてナイトハイク。という名の肝試し。先に出発した班の悲鳴が響き渡る。「俺こういうの駄目なんだよなぁ」「俺も」と剣道部コンビ。仁山くんは「情けないなぁ」と言いつつも、声が震えている。


「成ちゃんは平気そうだな」


「ホラー映画好きだし……あ、あと、夜のお散歩は……よくしてたから……むしろ、静かで落ち着く……」


「散歩って一人でか? 危なくない?」


「お、お父さんと、あと、プーちゃんと一緒に……」


「プーちゃん?」


「か、飼ってる、犬……」


「へぇ。犬飼ってるんだ。良いなぁ」


「うん……しゃ、写真……あ、後で……見る?」


「見たい!」


「ふふ……じゃあ、後で。と、ところで、明菜ちゃんは、こ、怖く……ないの?」


「私はこういうの平気。幽霊だって、悪い霊ばかりじゃないだろうし。悪い霊がいたら多分、私の守護霊様が追い払ってくれるよ」


「霊自体は信じてるんだ……」


「うん。信じてるよ」


 信じているというよりは、信じたいの方が正しいかもしれない。亡くなった両親は、今も側で見守ってくれているのだと。これは言うと空気が重くなるから言わないけど。


「でも和泉さんの守護霊はなんか凄そうだよな」


「はっはっは。凄く強いから安心して良いよ」


「その守護霊、そもそも居るかもわかんないでしょ……」


「それを言ったら悪い霊も居るかわかんないだろ?」


 仁山くんにそう言い返すと、彼は「あー! 居ない居ない! 霊なんて居ない!」と耳を塞いだ。「お前が一番怖がってんじゃねえか」と剣道部コンビ。男子三人がぎゃーぎゃーと騒いでいるうちに、私たちの番が来た。歩き始めるのを躊躇っていた三人だが、私が成ちゃんを連れて進み始めると慌てて後ろを隠れるようについてきた。


「ほ、星、綺麗、だね」


「都会の空は濁ってるからなぁ。名古屋なんて特に工業地帯だし」


「……二人ともよく上見る余裕あるね」


「あ、木に生首引っかかってる」


「えっ、あ、ほんとだ……凄い……リアル……」


「なんで二人ともそんな冷静なんだよ!?」


「いや、だって作り物だし。ロープ見えてるし。あ、降りてきた」


「「「うわあああ!?」」」


 すーっと降りてきた生首に悲鳴をあげて私の後ろに隠れる男子三人だが、成ちゃんは興味深そうに見ている。触ろうとすると「やめろぉ俺に触るなぁ」と、おどろおどろしい声が聞こえてきた。厳つい顔には少々似合わない少年のような声だ。


「駄目だってさ。進もう」


「う、うん。壊しちゃったら大変だもんね……」


 先に進もうとすると「す、少しくらいなら……触っても構わんぞぉ……」と、生首から遠慮がちに許可が出た。声の主はこの生首の製作者だったりするのだろうか。


「し、失礼します……わ、す、凄い……髪の毛本物みたい……」


 成ちゃんがそのリアルさに感動すると、生首は「褒めてもらえて嬉しいぞぉ」と喜ぶようにぴょこぴょこと上下する。落武者みたいな不気味な顔をしているのになんだか可愛く見えてきた。怖がっていた三人も恐怖がどこかにいったらしい。


「……なんか、生首が可愛く見えてきた」


「生前は陽気な武士だったんだろうなぁ……」


「いや、死に際までこのテンションだったらサイコパスだろ」


 などと言いながら、落武者生首に別れを告げて先へ進む。生首は「気をつけて進めよぉー」と、無い手の代わりに頭を振りながら見送ってくれた。


「……最後までいいやつだったな」


「脅かさなきゃいけないの忘れてるだろあれ」


「天然なんだろうな……誰か知らんけど」


 その後、びびり散らかす男子達を慰めながらなんとかゴールへ。仕掛けをじっくり見て回っていたせいか、後に出発したはずの班が先にゴールしていた。私達が最後らしい。この間は風呂の時間まで自由時間だ。


「葉月ちゃぁん! 怖かったよぉ!」


「嘘おっしゃい。あなた、楽しんでたでしょう」


「楽しかった。もう一周してきていい?」


「わ、わたしも……もう一周したい……」


「駄目です。もう充分見たでしょう」


「「えー……」」


「なんで年長者が一番はしゃいでるんですか……全く……。みんな待ってたんですよ」


「遅いから心配しちゃった? 寂しい想いさせてごめんね」


「……さりげなく髪を触るのやめてください。セクハラですよ」


「先生も私の頭撫でて良いよ」


「撫でません」


「遠慮すんなって」


「遠慮じゃないです」


「じゃあハグする?」


「何がじゃあなんですか。しませんよ」


 と、先生に絡んでいるうちに自由時間が過ぎた。野外学習センターに移動し、男女に分かれて風呂へ。私は個室の風呂を借りた。野外学習の前に男女問わず個室で入りたい人は各学級の先生に申し出るようにと学年主任が言ってくれた。しかし、女子はセクシャリティ云々の前に生理だからという言い訳も出来るのだけど、男子にはそれがない。何故大浴場に入りたくないのかと邪推する生徒も出てくるだろう。隠している人は結局言いづらいのではないだろうか。

 しかし、せっかくの野外学習だというのにみんなと一緒に風呂に入れないのは寂しい。いや、別に入ることを禁止されているわけではないけども。

 風呂を上がり、部屋を出る。外には先生が居た。


「なに? 出待ち?」


「違います。ちゃんとシャワー止めました?」


「止めました。ドライヤーのコンセントも抜きました。部屋の電気も消しました」


「よろしい」


 二人で大浴場の近くの椅子に座り、みんなの帰りを待つ。


「……長瀬さん、ほんと変わりましたね」


「だいぶ明るくなったよね」


「……ありがとうございます。あの子を元気づけてくれて」


 と言う割にはなんだか複雑そうな顔をする先生。妬いてるのかと揶揄うと、否定も肯定もしなかった。


「……教師としては、長瀬さんの成長は喜ばしいことだと思っています」


……ねぇ?」


「……そこには触れないでください」


「はーい。聞き逃しまーす」


「う、嬉しそうな顔しないでください……」


「すみません。私のせいで心がぐちゃぐちゃになってる先生が可愛くて」


「悪趣味です……ほんと最低です……」


「でも好きでしょ?」


「……ぐぅ……」


「リアルにぐうの音しか出なくなってる人初めて見た」


「うぐぐぐ……」


「……好きだよ。葉月ちゃん」


「だから! それ禁止! 誰かに聞かれたらどうするんですか!」


「私は困らない」


「私が困るんです!」


「どうせ先生達も生徒達もいつ付き合うんだこいつらって思ってますよ。付き合いましょう。はい、今から私と先生は恋人に「なりませんから! 絶対に!」強情だなぁ……」


 まぁ、そういうところが好きなんだけど。そう溢すと彼女は「ほんっと悪趣味!」と吐き捨てた。その態度は明らかに教師から生徒に向けるものではないように思えたが、それは敢えて指摘しないでおいてあげた。

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