第30話:子供と大人のいいとこ取り

 その後、風呂から上がった翡翠ちゃん達と合流してテントへ。


「はぁー疲れた……もうやだ今日悪夢見そう……さんごぉ、ひっついていいー?」


「えっ、あっ、ちょ、ちょっとひーちゃん……」


 早速いちゃいちゃしだす二人。寝てる隙にそのままおっ始めるのではないかと心配になるが、流石にそこまではしないだろう。多分。

 一応、私達がいること忘れんなよという忠告はして二人に背を向けると、成ちゃんと目が合った。スマホを両手で持って何か言いたそうにしている。


「あ、あの、明菜ちゃん、もう、寝ちゃう?」


「まだ起きてるけど……なに? 何か話したいことでもあるの?」


「プーちゃんの……写真……」


「ああ、犬? そういや見せてくれるって言ってたね」


「う、うん……」


 遠慮がちに見せてくれたスマホにはうつ伏せで眠るパグの写真が表示されていた。このパグがプーちゃんらしい。そしてそのプーちゃんの隣には全く同じポーズで眠る中年男性。


「こっちはお父さん?」


「う、うん。寝相がそっくりで……」


「同じ寝相で寝てる親子の写真はたまに見るけど、犬も似るんだなぁ。この子はなんか芸とか出来るの?」


「えっと……お手くらいは……」


 成ちゃんが画面を横にスワイプさせると、カメラの方を見てドヤ顔をしながらお手をするプーちゃんの写真が出てきた。


「あははっ! なにこの顔! 可愛い!」


 なに見てるの? と寄ってきた翡翠ちゃん達にも写真を見せる。


「わー! パグだ!」


「なにこの写真。幸せの象徴かよ」


「三人とも、犬、好き?」


「あたしは猫派だけど犬も好きー」


「私は断然犬派」


「私もどちらかといえば犬派かな。けど、動物全般好きだよ」


「わ、わたしは……犬が一番好き……」


「私の叔母さんも犬飼ってるよ」


 スマホに写真を表示させて成ちゃん達に見せる。


「シェパードだ……! カッコいい……」


「名前は?」


「リッター」


「リッター?」


「ドイツ語で騎士って意味」


「へー。おしゃれ」


 和美さんが飼っているのはジャーマンシェパード。警察犬としても有名な犬種だ。性別はオスで、名前はリッター。

 和美さんは一度結婚しているのだが、今は離婚して一人と一匹で暮らしている。私は結婚していた頃の彼女を知らないが、亡くなった母は離婚した後の方がイキイキして幸せそうに見えると言っていた。確かに私の知る叔母はいつもイキイキしている。そして自由だ。人の評価なんて気にせず自由に生きている。私はそんな彼女の生き方に憧れたし、救われている。


「と、ところで、気になってたんだけど……翡翠ちゃんとさんごちゃんって……その……つ、付き合って……る?」


「うん。付き合ってるよ。あたしが彼氏作ろっかなーって言ってたらさんごが私じゃ駄目? つって口説いてきて。落とされました」


「口説いたとか落とされたとか、なんかその言い方嫌だな……」


「あはは。成ちゃんは恋愛経験ある?」


「え、えっと……恋はまだよくわかんないけど……恋愛に対する憧れは……ちょっとある……」


「恋愛のことは明菜ちゃんに聞くと良いよ。恋愛経験豊富だから」


「言うほど経験豊富じゃないけどな。今まで付き合ったのは幼馴染の男除いたら一人だけだし」


「男? 明菜ちゃん、レズビアンなんじゃ……」


「そうだよ。けど、中学生の頃に一度だけ男子と付き合ったことがあってね。好きだから付き合ったというか、なんか周りも恋愛してるし私たちもやってみるかみたいな軽い感じで、別に友達となんら変わらなかったけどね。今でも仲良いよ」


 と、噂をすれば彼からメッセージが届く。『よう高校生。野外学習楽しんでる?』と一言。私は野外学習に来ていることは話していないが、弟達から聞いたのだろうか。成ちゃん達と一緒に写真を撮って送ってやると『そういや今そっちは夜だったか。もう寝るの?』と返ってきた。彼は今オランダに居る。日本との時差は約八時間。向こうの今はちょうど昼過ぎぐらいだ。


「ちょっと星空撮ってくるわ」


「とか言って、先生と密会する気か?」


「会いに行ったところで追い返されるから。すぐ戻るよ」


 テントを出て、夜空にカメラを向ける。何枚か撮ったところで「お手洗い以外の理由で外に出ることは禁止されていますよ」と、フレームの縁から先生がひょこっと覗き込む。そのままシャッターを切ってしまった。


「うわっ、びっくりした。先生。なんですか? 私に会いにきてくれたの?」


「違います。見回りです。なにしてるんですかあなた」


「星空の写真を撮ってました」


「……撮りたくなる気持ちはわかりますが、ルールはルールです。今すぐテントに戻りなさい」


「言われなくてもすぐ戻りますよ。真面目なんだからぁもう。大好き」


「良いから戻りなさい」


「……」


「……な、なんですか」


「月明かりに照らされる先生が綺麗だなって、見惚れてました」


「早く戻りなさい」


「もうちょっと見惚れていても「戻りなさい!」はーい」


 強引にテントに帰された。相変わらず堅物だ。しかしまぁ、写真は撮れた。せっかくだからクラスのグループにも共有してから、幼馴染に送る。


「あ、やべ」


 間違えて先生がカットインしてきた方を送ってしまった。取り消すより早く既読が付き『誰だよ』と素早いツッコミ。恐らく、向こうはちょうど昼休みなのだろう。あまり話を弾ませると収集がつかなくなりそうなので、とりあえず『担任』とだけ送っておく。『お前の好きそうなタイプだな』と返ってきた。さすが幼馴染。私の好みをよく把握してる。しかし流石に昔私が片想いしていた女の子本人だということまでは気付かないようだ。『てか、教師なら年齢的に付き合えるじゃん』と続いた。話を弾ませると収集がつかなくなると分かっていてもつい『そうなんだけど、堅物だから、あなたは私の生徒なので付き合えませんってフラれた』と返信してしまう。どうしても話したくなってしまった。


『ガチで口説いてて草』


『今度時間ある時に話聞いてよ』


『今話せば?』


『話せば長くなるからまた今度。消灯時間あるから』


『聞きてえー』


『また今度な』


『八月ごろにそっち行くからその時聞かせてよ』


『うち泊まる?』


『いや、実家泊まるから大丈夫』


『遠慮すんな。泊まって行け』


『なんだよ。泊まってほしいのかよ』


『夜通しトランプしようぜ』


『修学旅行かよ。つか、お前が野外学習行ってるってことは家はガキどもだけか?』


『そうだよ。もう子供じゃないから大丈夫だよ。秀なんて大学生だし』


『そうだった。お前の入学祝いで忘れてたわ。今度持っていく』


 と他愛もないやり取りをしていると、ふと視線を感じた。両サイドから何か言いたげにじっと見られている。


「な、なに?」


「……いや、なんか、恋人とメッセージやり取りしてるみたいな顔してるなって」


 翡翠ちゃんの言葉に頷く二人。そんな顔していただろうか。心外だ。


「元恋人ではあるけど、恋愛感情はないよ。今も昔も」


「ほんとかぁ?」


「無いって。相手男だし。私女にしか興味ないし。弟みたいなもんだよ」


「向こうは明菜ちゃんに恋愛感情あったりしない?」


「それも無いな」


 その理由は一言で済む。ちょうど良い機会なので、幼馴染に許可を得てから彼がゲイであることを話す。


「あ、そうなの」


「そんな気はした」


「そう。だからまぁ、恋人とは違うけど、パートナーではあったかな。大人になっても恋愛出来なかったら結婚しようかって話も出てたくらいだし。恋愛感情はないけど、家族愛に近い愛情はあるかもな」


「なんかそれ、エモいね」と翡翠ちゃん。

「私が恋人だったらちょっと嫉妬するかも」とさんごちゃん。


「そ、その人が女の子だったら、その人を、選んでた?」


 そう聞いてきたのは成ちゃんだ。よく聞かれるが、無いと即答できる。彼が女性で同じレズビアンだったとしても、彼は恋人にはならない。セックスは普通に出来るかもしれないが。それは口に出さないでおこう。


「家族や恋人と同じくらい大切な人な特別な友人ではあるけど、恋人にしたいと思えるほど興味があるわけでも、執着してるわけでもないからなぁ。あいつが今どこで誰となにをしているかなんていちいち気になったりしないし、自分だけを見てほしいとも思わない。だから、これは恋とは違う。愛ではあるけどね」


「恋じゃないけど……愛ではある……」


「明菜ちゃんってたまに深いこと言うよね」


「うん。人生の先輩って感じ」


「まぁ、実際君たちよりは十年も長く生きてるからね」


「十年どころかもっと大先輩って感じがする。良い意味で」


 良い意味でと言われても喜んで良いのか複雑なところだ。


「でも普段はその歳の差感じないんだよなぁ……」


「分かる」


「若々しいってこと?」


「「いや、子供っぽい」」


 幼馴染コンビの声が重なる。成ちゃんの方を見ると、彼女も控えめにうんうんと頷いた。

 地味にショックを受けていると「なんか、大人と子供のいいとこ取りしてる気がする」と翡翠ちゃんが締める。どうやら褒められていたらしい。

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