第32話:私の推測通りなら

 野外学習が終わり、通常授業に戻った。相変わらず彼女は冷たい。夢の中の私には好きとか言うくせに。

 彼女と私の関係には相変わらず進展は無いが、野外学習で同じ班になったことがきっかけで恋や友情が芽生えたり、恋人同士になったりと、なにかしら関係性が変化したクラスメイトは多い。宇崎くんは自分がゲイであることをクラスの男子に打ち明けたらしい。天翔くんに対する想いはまだ伝えていないようだが、和田くんと翡翠ちゃん達だけには話したとのこと。私の知らない間に前進している。

 そして、大きく変わったのが成ちゃん。いつも独りでお弁当を食べていた彼女の元に、他クラスから一人の女の子がやってくるようになった。彼女の名前は小柴こしば日花にちか。七組の生徒で、野外学習のナイトハイクであの生首を揺らしていたのが彼女だ。小柄で人懐っこい、子犬みたいな子だ。とてもあの恐ろしい生首を作った子とは思えない。成ちゃんとよっぽど気が合ったのか、その日以降昼休み以外の休み時間もちょこちょこ成ちゃんの元に遊びに来るようになった。

 成ちゃんのことで変わったことといえばもう一つ。クラスメイト達の彼女を見る目だ。今まではなんか暗くてとっつきにくいという感じで見られていたが、野外学習以降は彼女に話しかけるクラスメイトが増えた。


「友達出来て良かったじゃん」


「う、うん。明菜ちゃんのおかげ……」


「違うよ。成ちゃんが頑張ったからだよ」


「そう、かな……」


「そうだよ」


 なんて話をしながら次の授業のために理科室へ向かっていると、正面からあずき先輩と心愛先輩が歩いてくるのが見えた。あずき先輩が私を見つけて駆け寄り、心愛先輩は少しむっとしながらそのあとを追ってきた。


「おかえり明菜ちゃん」


「ただいまでーす」


「今から体育?」


「そうなんですよ。筋肉痛なのにいきなり体育です」


「……筋肉痛とか言う割には元気そうですね」


 そう言って心愛先輩は私の隣にいる成ちゃんに目を向けた。成ちゃんは怯えるように私の後ろに隠れる。


「ああ、ごめん。この人達は私の部活の先輩だよ。部長のあずき先輩と、副部長の心愛先輩。あずき先輩は私達と同じく、遅れて入学してるんだ」


「こう見えて二十一だぞ」


「わたしより歳上……!?」


「そういう君はいくつなんだ?」


「あ、え、えっと、ふ、普通に入学してたら、高校三年生……です……あ、な、長瀬、成って、言います……」


「私は甘池あずき。こっちは柊木心愛ちゃん。心愛ちゃんは年齢的には君より一個下になるわけだが、一応先輩だからな」


「は、はい。先輩」


「……別に、そう畏まらなくて良いですよ。それより……」


 心愛先輩の視線が私に向けられる。葉月ちゃんが私に向けるような冷めた視線だ。


「……明菜さんって、ほんっと女たらしですよね」


「そんなことないですよ。一途ですよ。私は」


「……嫌われないと良いですね。本命の人に」


 そう嫌味っぽく言うと、彼女はあずき先輩を連れて去っていく。やりとりを見ていた成ちゃんが心配そうに私を見る。


「大丈夫だよ。心愛先輩は私に嫌がらせしたりしてくるような人じゃないから。今みたいに嫌味は言ってくるけど」


「……明菜ちゃん、すごいね」


「ん? なにが?」


「わ、わたしだったら……なんで嫌われてるのかなって……悪いことしちゃったかなって……い、色々考えて……不安になっちゃう……」


「そうだねぇ……考えない方が良いって言っても難しいだろうけど、嫌いという感情に理由なんてない時もあるからね。生理的に無理ってやつ?」


 まぁ、心愛先輩の私に対する敵意はおそらく明確な理由があるのだろうけど。その理由が私の想像通りの理由であれば完全に誤解なのだが、その誤解はわざわざこちらから解きに行かなくともいずれ自然に解けるだろう。むしろ、あえて解かないままの方が良い気がする。

 ——と、そう思っていた矢先、昼休みになると心愛先輩が私の元にやってきた。


「……明菜さんに話があります」


「なんですか?」


「……放課後、時間取れますか」


「大丈夫ですけど」


「では、校門前で待ってますから」


 それだけ伝えると彼女は去っていく。ただ事ではない空気に教室がざわつく。そんな中「成ちゃん、大丈夫?」と日花ちゃんの声が聞こえた。どうやら成ちゃんの様子がおかしいようだ。机に突っ伏して身を守るように丸くなっている。彼女はいじめで不登校になっていたと聞いている。もしや、険悪な空気に触れてトラウマが蘇ってしまったのだろうか。


「成ちゃん、大丈夫か?」


 近づいて声をかけると彼女は恐る恐る顔を上げつて私を見る。怯えるような瞳に私を写し、そして次に日花ちゃんを写した。日花ちゃんがそっと成ちゃんの手を握り「大丈夫? 保健室行く?」と問う。その問いには首を横に振った。


「だ、大丈夫……ちょっと……嫌なこと思い出しただけだから……」


 成ちゃんがそう、大丈夫と自分に言い聞かせるように繰り返すと、日花ちゃんは彼女の頭を抱き寄せた。そしてぽんぽんとぎこちない手付きで頭を撫でる。


「にち……かちゃん……」


「……嫌?」


「……ううん。安心する。ありがとう」


「……うん。過去に何があったかは知らんけどさ、あたしは味方だから。だから大丈夫だよ」


「……うん。ありがとう」


「おう。ところで、明菜ちゃんは先輩となんかあったの?」


 成ちゃんの頭を撫でながら日花ちゃんは問う。


「いや、一方的に嫌われてるだけ。嫌われてるというか……敵視されてるのかな。多分。でも私は彼女のこと嫌いじゃないよ。私以外にはあんな冷たくないし、根は優しい人なんだよ」


「冷たくされる理由に心あたりは?」


「無くはない。けど、想像通りの理由なら、ちゃんと話し合えば大丈夫だよ。誤解だし」


「誤解?」


「んー……あくまでも推測だし、正しかったとしても先輩にとってはあまり勝手にバラされたくないことだろうから言えない。まぁとにかく大丈夫だから。怖がらせちゃってごめんな。成ちゃん」


「だ、大丈夫……に、日花ちゃんのおかげで、だいぶ……落ち着いた……」


「そうか。あたしの頭ぽんぽんが効いたか」


「うん……効いた……凄く……」


「そうかそうか。もっとぽんぽんしてやろう」


「も、もう充分だよぉ……」


 なんてやりとりをして笑い合う二人。なんだか、蚊帳の外だ。しかし、彼女に気を許せる友人が出来たのは良かった。これなら、彼女が私一人に依存してしまう心配もないだろう。

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