第13話:私は大人だから
「お?」
ある日の朝。靴を履き替えようと下駄箱を開けると、手紙が入っていた。差出人は書いていない。とりあえず、クラスメイトに見つかったら騒がれそうなのでポケットにしまい、荷物を教室に置いてトイレの個室で手紙を開ける。手紙には『昼休みに中庭で待ってます』の一言のみ。これはラブレターなのだろうか。それとも、悪戯だろうか。あるいは果し状か。とりあえず手紙をしまい、教室に戻った。
昼休み。翡翠ちゃん達には用事があるから先に食べていてくれと伝え、中庭へ向かう。怪しいと感じたのか、二人は素直に待ってはくれず、こっそりと跡をつけてきた。バレバレの尾行だが、まぁ、何かあった時に目撃者が居た方が良いだろう。気付かないふりをして中庭で手紙の差出人を待つ。それにしても、こんな校舎から丸見えの位置に呼び出すなんて。ほとんど公開告白じゃないか。
「二人して何してんの?」
「天翔! しー!」
どうやら天翔くんも合流したらしい。あまりギャラリーが増えると面倒だ。早く来てくれと思いながらしばらく待っていると「和泉さん」と声をかけられた。声をかけてきたのは見知らぬ男子。ネクタイの色からしてどうやら同じ学年のようだが、何組の生徒なのかも苗字すらも分からない。にも関わらず、彼は私に愛の告白をした。一目惚れとのこと。応える前に辺りを見回す。ギャラリーは翡翠ちゃん、さんごちゃん、天翔くんの三人。他に近くで覗き見する人の気配はないが、上からは視線を感じる。気付かないふりをして、私は大人だから君の気持ちに応えることは出来ないと真面目に返すと、彼はぷっと吹き出した。「冗談に決まってんじゃん」と腹を抱えて笑う彼。上を見上げると、一年生の廊下の窓から、楽しそうに笑いながらこちらを見ている数人の生徒が見える。廊下に居る彼らもきっと、スマホを通して会話を聞いているのだろう。上から楽しそうな笑い声が聞こえてくる。やはりそういうことだろうなと呆れたが、ここでショックを受ければ彼らを喜ばせるだけだろう。
「まぁ、そう照れるなよ少年。人を好きになることは何も悪いことではないよ」
「は?」
何言ってんだとぽかんとする彼。冗談だとネタ明かししてもなお本気だと思われるなんて思っていなかっただろう。別に私も本気にしているわけではない。揶揄われたから揶揄い返してやるだけだ。
「そりゃ、私みたいな大人のお姉さんが居たら同級生に好きになっちゃうよな。分かる分かる。私も君くらいの歳の頃に十歳年上のお姉さんが同級生に居たら絶対好きになってたもん。けどなぁ、さっきも言ったけど、私は大人だからな。若い君にはまだ理解できないかもしれんが——」
と、くどくどと説教をしていると彼は舌打ちして「誰がお前みたいなババアに告るかよバーカ!」と顔を真っ赤にして去って行った。あの反応、さては本当に私に惚れてるのでは。まぁ、どちらにせよ私の答えは変わらないのだけど。
去っていく彼の後ろ姿に手を振ってやっていると、入れ替わるようにさんごちゃん達が出てきた。
「お。なんだ君たち。盗み見か?」
「……いや、絶対気づいてたよね明菜ちゃん」
「うん。気づいてたし、揶揄われるだけだろうなって思ってた」
「あ、分かってたんだ。良かった……ガチで勘違いしたままかと思ってた……」
「揶揄い返してやっただけだよ」
「てか、分かってたのに呼び出しに応じたの? 無視すればよかったのに」
「何を言う。こんな面白いイベント無視出来るわけないだろう」
「面白いって……明菜ちゃんって変だよね」
翡翠ちゃんの言葉に苦笑いしながら頷く二人。
「ははは。ありがとう」
「いや、褒めてないし」
「けど明菜ちゃん、揶揄われても堂々としててカッコよかったよ」
「それは褒めてるよな? ありがとう」
と、翡翠ちゃん達と話しながら教室に向かっていると、ふと、天翔くんが足を止めた。
「どうした?」
「……明菜ちゃんはさ、仮にあいつが本気だったら、どうしてた?」
「それならそれで真面目に対応してたよ。どちらにせよ、答えは変わらないけどね。私はレズビアンである以前に、大人だからね。未成年の恋愛感情に応えるわけにはいかない」
「……なんで、未成年と成人の恋愛は駄目なの? 俺は好き同士なら良いんじゃないかって思うんだけど」
「大人は子供を守る義務があるからな。思春期の少女少女なんてまだ憧れと恋の区別もついてない子がほとんどだ。それを恋愛感情として鵜呑みになんて出来ないよ」
「……同年代の恋愛は良いのはなんで?」
「立場が対等だから。大人と子供は対等ではない。一部の例外はあるとはいえ、知能も経験も力も大人の方が上だ。君達と私は同級生という社会的な立場では対等な関係だけど、恋愛的な立場では対等にはなれないんだよ」
「……よく分かんない」
「そうか。うーん。大人にならんと分からんかもしれんな」
「そっか、ありがとう」とお礼を言う天翔くん。納得はいってないようだが、それ以上は何も聞かなかった。
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