第14話:曖昧でも良い

 入学して三週間が経った。もうすぐ初の大型連休だ。そう。ゴールデンウィークというやつだ。


「社会人ってゴールデンウィークあるの?」


「私のところはあったけど、中途で入ってきたおにいさんはゴールデンウィークがあることに感動してたな」


「明菜ちゃんの会社ってホワイトだったんだ」


「私はそこしか勤めてないから分からんが……他からきた人から聞く限りは多分そうなんだろうなぁ」


「社会人は課題とかないよね?」


「無いよ」


「だよねぇ」


 ゴールデンウィークは前半3日、間に平日を挟んで後半4日。社会人はこの間の三日を有給にして連休を繋げるということもできるのだけれど、学生に有給などない。有給が無い代わりに、各教科ごとに課題がある。文句を言う生徒達。

 ちなみにゴールデンウィークが明けたら一週間くらいでテスト週間に入る。テスト週間にはテスト明けに提出する課題が出される。多すぎるとそれに対しても文句を言う生徒達。確かに、ゆとり世代だった私からするとかなり多く感じるが、それよりこの課題に文句が飛び交うクラスの光景に懐かしさを覚えて感動している。


「明菜ちゃんさぁ、ゴールデンウィーク何すんの? 暇な日あったら一緒に課題やらん?」


「休みの日に一緒に課題……学生っぽいな! やる!」


「お、おう……ほんとテンション高いな……」


「友達と一緒にわからんわからん言いながら課題に取り組めるのは今だけだぞ。社会人には宿題とかないからな。で、いつやる? 私はいつでもいいぞ。あ、でも後半になると課題終わってるかもしれんから出来れば前半が良い」


「明菜ちゃんって、夏休みの宿題とかも早めに終わらせちゃう人?」


「うん。ぱぱっと終わらせて遊び尽くす派」


「あたしは逆だなぁ……」


「ひーちゃん、いつもギリギリになって焦ってるもんね」


 苦笑いしながらため息を吐くさんごちゃん。彼女は私と同じく先に終わらせる派だそう。分かる。さっさと終わらせるさんごちゃんもギリギリになって焦る翡翠ちゃんも解釈一致だ。

 ちなみに我が家は意外にも前者が多い。秀明や双子はともかく、千明もああ見えて意外と真面目なのである。同じ中学の後輩だった二人曰く、そういうギャップがモテる所以ゆえんなのだとか。なるほど。


「明菜ちゃんって妹も居るんだっけ」


「うん。君たちより一つ下の妹がいるよ」


「うちらは同じ中学だったけど、妹ちゃん達とは関わりなかったからあんまり知らない」


「でも有名ではあったよね。双子で可愛い女の子が居るって」


「私の妹だからな。可愛いに決まっておろう」


「歳下かぁ……せめて二つは上であってほしかったな」と残念そうに呟く天翔くん。


「どちらにせよ貴様に妹はやらんぞ」


「天翔は歳上の女性にしか興味ないから大丈夫だと思う」


 苦笑いしながらそう言ったのは私の後ろの席の宇崎くん。彼は天翔くんと同じ中学らしい。名前も見た目も雰囲気も可愛い彼は歳上のお姉様方からちやほやされていて、よく天翔くんに羨ましがられている。本人は困っているようだが。


「歳上といえば、二年生にも一人成人女性が居るって聞いたけど」


「あぁ、あずき先輩のことかな」


「海原さん、知り合い?」


「うん。お菓子研究部の部長さん」


「どんな人?」


 ぐいぐい食いついてくる天翔くんに引きながら、さんごちゃんはこう答えた。


「えっと……明菜ちゃんに似てる……かな」


「え。似てるかなぁ」


「テンション高いところとか、喋り方とか似てると思う」


「明菜ちゃんが二人とか、菓子研カオスすぎるでしょ」と苦笑いする翡翠ちゃん。そこから菓子研の話で盛り上がっていると「和泉さん」と一人の男子が声をかけてきた。和田くんだ。珍しい。彼はいつも一人で、私達の会話に入ってくることはなかった。天翔くんはよく彼に話しかけているが、その会話はほとんど一方的に見える。


「おー。和田くん。どうした? 私に何か用?」


「……あー……昼……いや、放課後、時間ある?」


「うん?」


「ちょっと、話がある。出来れば、二人きりで」


「えっ。お前、まさか明菜ちゃんのこと……」


「違う。……相談に乗ってほしいんだよ」


「相談? なに? 恋愛相談?」


「恋愛相談というか……まぁ……」


「ええー! 相手は!? 誰!? 男!? 女!?」


「い、いや、違う。恋愛相談は恋愛相談なんだけど! その……恋愛って……何か、よく分からなくて。友達の好きと、何が違うんだろうって。……和泉さん、俺たちより恋愛経験豊富でしょ。相談に乗ってよ」


「ふむ……私で良いなら良いけど……私には男女の恋愛も、男同士の恋愛も分からんけど良いかな」


「違いなんてあるの?」


「うーん……どうだろう。性事情に関しては全然違うかもしれんが……それ以外はほとんど変わらんかもしれんな」


「せ、性事情……」


「……サラッとそういうこと言うのやっぱ大人って感じがする」


「……俺もちょっと話聞いてもらっていい?」


 そう言い出したのは宇崎くん。「あたしも」と翡翠ちゃん。それを複雑そうに見るさんごちゃん。流れで天翔くんが「俺も明菜ちゃんの性教育受けたい」とでも言うかと思いきや、何も言わない。それがセクハラだということが分かってきたのだろうか。まぁ私は別に構わないんだけど。というか、むしろ無いと調子が狂う。この考えも彼らからしたら古いのだろうか。


「一人ずつな。とりあえず今日は和田くんの話から聞こう」


 と、そんなわけで放課後。教室に和田くんと二人で残り、向かい合って座る。


「……なんか、面談みたいで落ち着かない」


「ははは。年齢的にも教師と生徒だもんな」


 席を立ち、彼の隣に移動する。彼は私を一瞥して、顔を逸らす。その状態でぽつりぽつりと語り始めた。


「俺、恋愛の話に共感できたことなくて」


「うん」


「で、調べてみたら、アロマンティックアセクシャルって言葉が出てきて」


「ああ。あるね。他者に対して恋愛感情も性的欲求も抱かない人のことだな」


「……うん。で、俺、それなのかなって」


「そうか。君がそう思うならそうなんだろうな」


「でも……確信が、持てなくて」


「確信かぁ」


「……和泉さんは、レズビアンなんだよね」


「うん」


「そう言い切れる根拠ってなに?」


「……私は一度、異性と付き合ってるんだ。それで確信した。けど……説得力を持たせるために一度恋愛を経験してみる必要なんてないと思うよ。君がそうしたいなら止めないが」


「……和泉さんは後悔してるの? 異性と付き合ったこと」


「いいや。後悔はしてない。ただ……相手次第では、後悔していただろうね。違和感を覚えつつも、それを誤魔化して異性と関係を持った人の話を、私はたくさん聞いてきた。逆に、異性愛者かもしれないと思うのは同性経験がないからかもしれないと悩んで同性と付き合った異性愛者の話は聞いたことがない。異性愛者は証明しろと言われないからね。確信なんて持てなくても良いんじゃないか? 今の君がそう思うならそれで」


「でも……後から違ったってなったら……」


「セクシャリティなんてね、変わって良いんだよ。同性愛者だと思ったけどバイだったとか、異性愛者だと思ったけど同性愛者だったとか、同性愛者だけど例外で好きになった異性がいるとか、世の中には色んな人がいる。アロマンティックだと思ってたけど人を好きになったって人は特に多いかもしれないね。でもそれは個人の話だ。それがアロマンティックの存在を否定することにはならない。まぁ『アロマンティックって言ったくせに! 裏切り者!』って言う人は少なからずいるかもしれんが……人の心は変わることもある。絶対なんてないし、変わることは罪ではないと私は思うよ」


「……じゃあ俺は、アロマンティックアセクシャルで良いの?」


「それは君が決めることだ。私は今の君がそうなら、それで良いんじゃないかって思ってる。いつか変わる日がきたとしても、それは別に責められることではないよ」


「……和泉さんの周りには、アロマンティックの人はいる?」


「そうねぇ……はっきりと言われたわけじゃないけど、恋したことないんだよねって言う大人は結構居たよ。もし今はまだそう言い切れないなって思うなら、自信持って言い切れるようになってから決めても良いんじゃないかな。別にセクシャリティって焦って決めなきゃいけないものでもないし、なんなら決めなくても良いものだからね。貴方は何者ですかと聞かれて、わかりませんと答えたってそれは別に恥ずかしいことではないと思う。自分に当てはまる言葉がそもそも存在しないって人もたくさんいるだろうし。例えばクッキーを作るとき、型を抜いて焼くと思うけど……その時に出たあまりの生地だって、焼いてしまえば同じクッキーだろう? それと同じだよ」


「……クッキー?」


 自分では上手い例えだと思ったが、彼には通じなかったようでぽかんとしてしまった。


「君のセクシャリティがなんであろうが、君は和田玄くんで、私と同じ一人の人間にすぎないってことだよ」


「……一人の人間に過ぎない……」


「うん。そう。ありきたりな結論だけどね。どう? 長々と話したが、悩みは解決しそうかね?」


「……今の俺は恋とか全然分からないけど……アロマンティックアセクシャルかどうかはまだ分からない」


「そうか」


「分からないけど……それでも良いんだって言ってもらえて、ホッとした。ありがとう。和泉さん」


 そう言って彼は笑う。憑き物が落ちたような穏やかな笑顔だった。いつも仏頂面な彼とは思えない珍しい表情だった。

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