デートの後

 卒業式の日。水族館でデートをした後、近くの居酒屋で食事をすることに。いつの間にか予約をしてくれていたらしく、個室に通された。その後はどうするのだろうか。今日はそのまま解散になるのだろうか。聞きたいが、なかなか聞けずにそわそわしていると、彼女の方から聞いてくれた。


「この後どうする? 今日は家まで送って行っても良い?」


「……その」


「ん?」


「……先輩はそのまま、帰るんですか?」


 問い返すと彼女は悪戯っぽく笑って「帰ってほしくない?」と質問で返す。答えられずに俯くと、彼女は私の隣に移動した。そして膝の上に置いた手に手を重ね、耳元で誘うように囁く。「私は帰りたくないなぁ」と。恐る恐る彼女の方を見る。目が合うと彼女はニコッと笑った。


「……と、泊まって、いきます、か?」


「ふふ。うん。君が良いなら」


「わ、私は別に、か、構わない……です……」


「ん。じゃあ、お会計しよっか」


 割り勘で食事代を支払い、歩いて私が住むマンションに向かう。繋いだ手が熱い。心臓がうるさくて、周りの雑音が聞こえない。だけど、彼女の声だけはスッと耳に入ってくる。

入ってくるけど、会話の内容は頭に入らない。

 マンションのエントランスの自動ドアのロックを解除し、エレベーターで五階に上がって部屋の鍵を開ける。


「ど、どうぞ」


「お邪魔します」


 先輩に続いて部屋の中に入り、鍵をかける。


「お、お風呂、沸かしてきますね。そっちがリビングです。適当にくつろいでいてください」


「はーい」


 彼女はいつも通りだ。私はこんなにもガチガチに緊張しているというのに。やはり、経験の差なのだろうか。妄想を掻き消して、お風呂の栓を閉めてリビングに行くと、ソファに座っていた先輩がおいでと手招きする。なんだかまるで私が彼女の家に泊まりにきたみたいだ。ここは私の家なのだけどと苦笑しながらため息を吐くと同時に、いつも通りの彼女に安心して少しだけ緊張が和らいだ気がした。


「……失礼します」


「失礼しますって」


 彼女の隣に座ると、彼女は私の肩に腕を回して私の頭を自分の方に引き寄せた。そのままぽんぽんと撫でる。手慣れているなぁともやもやするが、そのもやもやは、頭を撫でられているうちにどこかに飛んでいく。自分の方から頭を彼女の肩に寄せる。すると、頭を撫でていた手は、そのまま自然と髪を伝って耳へ。くすぐるようになぞられて、思わず飛び跳ねる。彼女の方を見ると彼女は「ごめん。くすぐったかった?」と悪戯っぽく笑った。そして「嫌だった?」と続ける。嫌ではないと私が首を横に振って答えると、徐に手が頬に添えられる。何かを訴えるような視線と合わせないように目を逸らすと、彼女の親指が唇を撫でた。柔らかさを確かめるように軽く押されて、思わず目をぎゅっと閉じる。


「……ねぇ、ちゅーして良い?」


 目を開けて、視線を彼女に戻す。「良い?」と、彼女はもう一度真面目な顔で静かに問う。再び視線を逸らして恐る恐る頷くと、彼女の顔がずいっと近づいた。思わず身を引きそうになるが素早く引き戻され、流れるように唇を奪われた。一瞬のことでなにが起きたのか理解ができずに固まってしまう。


「……あー……した後に聞くのもなんだけど、もしかしてキスも初めてだったりする?」


 そう聞かれてようやく、今私は彼女にキスをされたのだと気づいた。一瞬で、唇の感触もよく分からなかった。


「……葉月ちゃん? おーい」


「あ、い、い、いえ、あの、は、初めて……ではない……ですけど、その、先輩としたのは……初めて……です……」


 そりゃそうだ。何を言っているんだ私は。明らかに混乱している私に彼女は「私も君とするのは初めてだよ」とおかしそうに腹を抱えて笑った。


「い、いじらないでください……」


「はは。どんだけ緊張してんだよ」


「だ、だって……」


「ふふ。可愛い。ここおいで」


 そう言って彼女はとんとんと自分の膝を叩いた。そのまま横歩きで彼女の膝の上に移動すると腰に腕を回された。身を硬くしていると、彼女は私の髪を端に寄せて、首の後ろに触れた。柔らかく、温かい感触に震えていると「ちゅーしたいからこっち向いて」と耳元で囁かれる。高鳴る鼓動を抑えながら彼女の方を向き直す。顔が近い。恥ずかしくて顔を逸らすが、戻されてしまう。


「だからー。こっち向いてってば」


「う、うぅ……」


「したくない?」


「し、したくない、わけじゃ、な——」


 言い切る前に唇を塞がれる。すぐに離れたかと思えば、なにをされたのか理解が追いつく前に「可愛い」と甘く囁いてもう一度。ちゅっ、ちゅと啄むように二回、三回、四回。繰り返すうちに、だんだんと一回が長くなっていく。行き場を無くして宙を彷徨っていた手は彼女の手が保護して首の後ろへと導いてくれた。


「せ、せん……ぱ……い……」


「ん。なに? どうした?」


「な、何回、する……んですか……」


「んー。私が満足するまで。もうちょっとだけ付き合って」


 そう笑ってまた、彼女は唇を重ねる。頭を撫でていた手が耳へと移動する。くすぐったくて身体が跳ねる。だけど、嫌ではない。気持ちよくて声が漏れる。彼女はそのまま私の耳を愛撫しながら何度もキスを繰り返す。だんだんと思考が溶かされて、何も考えられなくなっていく。キスってこんなに気持ちいいものだっけ。キスだけでこんなに気持ちいいなら、それ以上のことをしたらどうなってしまうのだろう。触れたい。触れてほしい。


「せんぱい……」


「ん。なぁに。葉月ちゃん」


 私を呼ぶ声から、視線から、触れ方から愛情が伝わる。好きだよと、言葉にしなくても聞こえてくる。勘違いじゃないと信じたくて「好きです」と言葉にして伝える。「私もだよ。愛してる」と微笑んで答えてまたキスをする。もっと、もっと深くまでほしくて、唇を開いて、恐る恐る舌を伸ばす。応えるように彼女の舌が絡む。


「んっ……」


 柔らかくて、熱い。重なる唇の隙間から熱い吐息が漏れる。身体が震える。気持ちいい。ずっとこうしていたい。息継ぎのために離れてしまう唇を求めて、彼女の頭を引き寄せてこちらから唇を重ねる。彼女は一瞬驚くように跳ねたが、君から求めてくれて嬉しいよと、頭や耳を撫でる手が甘く囁く。頭以外も撫でてほしい。触ってほしい。触りたい。彼女の身体に触れようと、無意識に手を伸ばす。その手は彼女の手に絡め取られて止められてしまい「こーら」と優しく叱られて正気に戻る。


「ご……ごめんなさい……私……」


「嫌なわけじゃないよ。けど、それ以上はお風呂はいってから。ね? 止まんなくなってお風呂どころじゃなくなっちゃうから」


 子供に言い聞かせるように言われて、まだお風呂に入っていなかったことを思い出す。そんなこと、すっかり忘れて夢中になっていた。対して、彼女は余裕そうだ。経験の差を感じてもやもやするが、そのもやもやは彼女に抱き寄せられて頭を撫でられているうちに溶けていく。うっとりとしていると、お風呂が沸きましたと人工的な音声が聞こえてきた。


「お風呂沸いたね。一緒に入ろっか」


 彼女に頭を撫でられながらそう囁かれて、言葉の意味をよく理解しないまま「はい」と返事をしてしまった。


「って……えっ? 一緒に? えっ、あの、ちょっと待って……」


「あはっ。待たなーい。はいって言ったもんねー。ほら、いくよ」


 彼女は戸惑う私の手を引いて歩き出す。嫌だと強く拒否することも出来ずにそのまま脱衣所に連れて行かれた。というか、拒絶するほど嫌なわけでもなかった。恥ずかしいけれど、嫌なわけではなかった。けれどやはり恥ずかしくて服を脱ぐことを躊躇う私とは裏腹に、彼女は何の躊躇いもなく服を脱ぎ捨てる。そして、まだ服を着たまま動けなくなっている私の方を振り返って「入らんの?」と首を傾げた。答えられず固まってしまっている私に彼女はそのまま近づき「脱がしてあげようか?」と悪戯っぽく笑いながら服に手をかける。顔を逸らして、彼女を押し返す。


「じ、自分で、脱ぎ、ます、から……あ、あの、先、先に……どうぞ……」


「シャンプーとか借りて良い?」


「す、好きに使ってください」


「ん。ありがと。じゃあ先に入るね」


 彼女が入っていくのを見届けてから、服を脱いで洗濯機に入れる。床に視線を向けると、散らばっている彼女の服や下着が視界に入る。思わず二度見してしまい、そのまま視線を動かせなくなる。


「葉月ちゃーん。いつまでそこに居るのー」


 風呂の中から聞こえてきた声でハッとし、慌てて自分の下着を洗濯機に投げ込んだ。そして身体を隠しながら風呂の扉を開ける。鏡越しに、頭を洗い流していた彼女と目が合う。


「なに。私の脱ぎ捨てた服でなんかしてた? やだーもー葉月ちゃんのえっち」


「な、なにもしてません!」


「えー。じゃあなにしてたのよ。私もう洗い終わっちゃったよ」


 そう言うと彼女は椅子を空けて、湯船に浸かる。先輩が空けてくれた椅子に座って、シャワーで頭を濡らして頭を洗う。チラッと彼女の方を見ると、目が合ってしまった。思わず視線を胸に向けてしまい、慌てて目を逸らす。


「あ、あんまり見ないでください……恥ずかしいです……」


「ははは。分かった分かった。先出るよ。ドライヤー借りて良い?」


「好きに使ってください」


「うん。ありがとう。じゃあ、また後で」


 そう言って彼女は風呂から出ていく。ドライヤーの音を聞きながら、そういえばパジャマはどうするのだろうと疑問が湧き上がる。風呂の扉越しに問うと、ドライヤーの音に紛れて「持ってきてるよ」と返事がきた。最初から泊まる気で来ていたようだ。

 身体の泡を洗い流して、湯船に浸かる。さっきまで彼女が浸かっていたと思うと、なんだか変な気分になる。

 しばらくして、ドライヤーの音が止まり、足音が遠ざかっていく。パジャマを取りに行ったのだろうか。この隙にさっさと着替えてしまおうと思い湯船から上がり風呂場のドアを開けると、ちょうど脱衣所のドアを開けた彼女と目が合った。思わず風呂場に引っ込んでドアを閉める。


「な、なんで戻ってくるんですか!!」


「いや……髪乾かしてあげようと思って……」


「自分でやるので終わったなら出ていってください」


「えー……」


「……はぁ。分かりましたよ。着替え終わるまでこっち見ないでもらえますか」


「ん。後ろ向いておくわ」


 恐る恐る風呂のドアを開けると、彼女は素直に洗面所の前の椅子に座って後ろを向いていた。髪と身体を拭く。パジャマは彼女の正面に置いてある。取ってもらうように頼むと、振り向かないまま渡してくれた。


「あれ。ちょっと待って。パンツは? まさかノーパン?」


「ちゃ、ちゃんと履いてます!」


「えっ。パジャマしかなかったけど」


「パジャマの間に挟んでたので」


「ああ、なるほど。隠さなくて良いのに」


「……こっち向かないでくださいね」


「分かった分かった。見ない見ない」


 彼女が振り向かないか見張りながら、下着を履いて、パジャマを着る。その間彼女はちゃんと向こうを向いていた。振り返ることはなかった。


「着た?」


「……はい。……椅子、空けてください」


「はーい。じゃあここおいで」


 彼女が空けてくれた椅子に座る。先輩は「かゆいところございませんかー」なんてふざけながら、私の髪を揺らしながらドライヤーの風を当てる。いつもこうやって妹達の髪も乾かしているのだろうか。鏡越しに見える彼女の表情はいつも通りだ。私はこんなにもガチガチに緊張しているというのに。ずるい。


「はい。おしまーい」


「……ありがとうございました」


 立ち上がり、先に部屋に行こうとすると彼女に止められた。大人しく彼女がドライヤーを片付け終わるのを待つ。


「あ。ところで葉月ちゃん、爪切りある?」


「爪切りですか? 部屋にありますけど……」


「じゃあ、後で爪切らせてね」


 そう言いながらドライヤーを片付ける彼女の爪に目をやる。切る必要なんてないくらい綺麗に整えられている。


「ああ、私じゃなくて、君の爪ね。私は家でちゃんと切ってきたから大丈夫。伸びてると君の身体を傷つけちゃうからね」


「身体を……傷つける……」


 言葉の意味を理解するのに数秒かかった。これからすることを想像してしまい、熱くなる顔を隠すように俯く。ドライヤーを片付け終わった彼女がしゃがみ込み、私の顔を覗き込んで揶揄うように言う「なに想像したの? えっち」と。


「う……うー……! な、何も想像してないです!」


「えー? じゃあなんでそんな顔真っ赤なのよ」


「も、もう! もぉー!」


「ははは。ごめんごめん。揶揄いすぎたね」


 そう笑いながら、彼女は私の手に自分の手を重ねる。ねっとりとした色っぽい手つきで撫でられドキドキする私に、彼女は誘うように囁く。「部屋、行こうか。葉月ちゃん」と。心拍数がさらに上がる。恐る恐る顔を見ると、彼女はどこか妖艶な笑みを浮かべた。思わず息を呑む。


「あ、あの」


「ん? なぁに」


「その……わ、わたし、い、今から……先輩とその……え、えっち……するんですか」


 そういう雰囲気だということは分かる。なにを今更聞いているんだ。駄目だ。緊張で頭が混乱している。彼女はそんな私を見て「なにを今更」とおかしそうに腹を抱えて笑う。穴があったら入りたいと顔を隠すと、彼女はこほんと咳払いしてから、切り替えて真面目に私の質問に答えてくれた。


「君が良いなら、私はしたいよ。けどもちろん、嫌なら断って大丈夫だし、もしすることになっても途中でこれ以上はどうしても無理だって思ったり、休憩したいって思ったら遠慮なく言って。私に合わせて我慢はしないでほしい。私だけが気持ちよくなっても、君が嫌な思いしてしまっては意味ないからね。君にも幸せな時間だったって思ってほしい。痛いから早く終わってほしいなんて思わせたくない」


 その言葉で、彼女がどれほど私を大切に想ってくれているのかが伝わる。


「……まぁ、やめたいって言われたからってすぐにやめられるかどうかはちょっと、分かんないんだけど。こう見えて私、待てされてる犬の状態なんで。めちゃくちゃムラムラしてて爆発寸前なんで。けど、これだけは信じて。君が本気で嫌がることはしないから。絶対に」


「……」


「……で、どうしたい? 今日はやめとく? どうしても無理そうなら出来れば今のうちに断ってほしい」


「……いえ。その……した——くないわけじゃないです」


 流石にしたいですとは言えなかった。


「……したくないわけじゃないってのは、本当はあんまり乗り気じゃないけど先輩がしたいなら頑張りますって意味?」


「ち、違います。我慢なんて、してません」


「葉月ちゃんもしたいって思ってくれてる?」


「うぅ……そんなの……聞かなくても分かるでしょう……」


「えー。分かんない。教えてよ。ちゃんと言葉にして」


 彼女はそう笑って私を見つめる。その笑顔が悪魔のように見えた。本気で嫌がることはしないとか言ったくせに。これくらいなら許されると思っているのだろう。実際、許せないほどのことではないのだけど。


「っ……わ、私は……先輩と……したいです」


「うん。なにをしたいの?」


「うぅ……なんでいちいち言わせるんですかぁ……」


「そうやって恥じらってる顔がたまんないから。興奮する」


「悪趣味です……変態です……」


「嫌いになっちゃう?」


「……ずるいです……」


「ははは。ほら、早く言いなよ。私と何をしたいの?」


「……私は明菜先輩と……その……え、えっち、したい、です。……これで、良いですか」


「……もう一回「もう! 二度は言いません! 私、先に部屋行きますからね!」あーん! 待ってよぉ葉月ちゃぁん!」


 彼女を置いて部屋に向かう。部屋に入り、ベッドが視界に入ると、途端にまた緊張してきた。後からついてきた彼女は部屋の入り口で固まってしまった私を押してベッドに座らせて、爪切りを探し始めた。


「あった。はーい、おてて借りるよー」


 爪切りとゴミ箱を持ってくると、跪いて私の手を取り、爪切りで爪を切っていく。パチン、パチンという爪を切る音が静寂の中に響く。爪を切るだけ。それだけの音が、彼女の一言のせいで性的なことと結びつけられてしまった。落ち着かない。息が苦しい。


「……あの……わざとゆっくり切ってません?」


「ふふ。焦ったい? 早く抱いてほしい?」


「……いじわるしないでください」


「私は早く抱きたい。ずっとそう思ってたよ」


「……先輩のえっち」


「ははは。ごめんごめん。もう終わるからもうちょっとだけ待ってね。頑張って待てできたらたくさんご褒美あげるからね」


「私のこと犬だと思ってます?」


「いやぁ? むしろ君は猫でしょ。ツンデレだし」


 パチン、パチン、パチン——。音が止まった。やすりで磨く音に変わる。


「はい。おしまい。片付けてくるからもうちょっとだけ待ってね」


 彼女が立ち上がり、ゴミ箱と爪切りを片付け始める。ドッドッドッドッと、重く速い心音が鳴り響く。部屋に響くのではないかと思うほど大きな音で。


「あ。葉月ちゃん、電気どうする? つけっぱでいい?」


「……消してほしいです」


「え? 明るいところで先輩の裸じっくり見たいからつけたままにしてくださいって?」


「恥ずかしいから消してください!」


「ごめんごめん。じゃあ、消します」


 電気が消えて、彼女が隣に座る。揶揄われて呆れていたのに、腰に腕を回されると、緊張が戻ってきて思わず飛び跳ねてしまう。


「緊張しすぎ。ほら、肩の力抜いて。こっち向いて」


 彼女の手が伸びてきて頭の向きを変えられる。そしてそのそのまま流れるように唇を奪われ、ゆっくりとベッドに押し倒される。二人分の重みでベッドが軋む。


「せ、先輩……」


「ん。なぁに? 怖い?」


「き、緊張は、してますけど……怖くは、ないです。大丈夫……です。つ、続けて……ください……ああ、でも、その、あの、私はど、どう、したら良いですか、あの、私、は、初めてで……こういう時、どうするのが正解か、分かんな……くて……」


「……ふふ。良いよ。大丈夫。私に全部任せて。君は私のことだけ考えていれば良いから」


 そう囁くと、彼女はもう一度唇を重ねる。そしてそのまま身体に手を滑らせる。この時間がずっと続けば良いのに。そう思うほどに幸せで甘い時間が流れる。一瞬だった。気づいたら終わっていた。


「んふふ……可愛かったよ葉月ちゃん。すげぇ可愛かった。大好きだよ。愛してる」


 そう甘い声で囁かれながら頭を撫でられているうちに、だんだんと睡魔が襲ってくる。


「……あの」


「ん?」


「……もう、おしまい、ですか?」


「え。まだしたい? 私は良いけど……君は大丈夫なの? あれだけ緊張してたし、疲れてるんじゃない?」


「……はい。でも……眠ってしまったら……夢から覚めてしまいそうで……」


「不安なの?」


「……はい」


「大丈夫だよ。これは夢じゃないから眠ってしまっても覚めないよ。安心して眠りな。あんまり無理はさせたくないから。今日だけしかできないわけじゃないし。また今度いっぱいしてあげる」


 先輩はそう優しく囁きながら、私を夢の中へ導くようにとんとんと背中を叩く。だんだんとその音が消えていき、気付けば寝息に変わっていた。その寝息に誘われるように私も夢へと落ちていった。

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