第三話 ベッドルーム
結局家を再召喚する場所は先ほどと同じ謁見の間に決まった。集められた料理人は料理長、副料理長二人とベテラン料理人が二人の計五人。そのうちベテランの一人は『帝国の舌』という二つ名を持っているとのことだった。
謁見の間は俺たち関係者以外の立ち入りが厳禁とされ、部屋の出入り口は固く閉ざされている。なお、この試食会にはランガルド王国からやってきた俺たち六人の他、帝城の料理人五人と秘密を知る皇族三人のみが参加する。
第一皇子トリスタン殿下の他にも皇子皇女は十数名いるが、秘密の内容が内容だけに今回は呼ばなかったそうだ。
そして料理人さんたちの予定調和も無事に終わり、いつものメンバーと皇族三人にはビールと枝豆を出した。どうせ大人しく待ってられないんでしょ。
それを五人が羨ましそうに見ていたが、貴方たちの仕事はこれから出す料理の再現のために味を覚え、食材を追究することなのだ。成功しないとリリアン殿下が婚約を破棄して両国の間に亀裂が入りかねないんだから、しっかりしてくれよな。
しかしさすがはプロだ。試食が始まると皆で真剣に議論を交わすようになり、次々とメモ書きが増えていく。そしてお好み焼き、焼きそば、ミートソースパスタの三品を試食し終えたところで、ようやく皇帝陛下から枝豆の試食が許された。
聞いたところ枝豆も似た食材があるので再現可能だそうだ。彼らは早速お城の厨房に戻って、必要な食材を集めるところから始めると言って帰っていった。
「これで帝国でのジャックの仕事は終わったわね」
夕食後、俺とアリスは用意された客間で寛いでいた。簡易ではあるものの風呂もついていたので、ここが賓客用の部屋であることはすぐに分かる。本来は世話役のメイドさんが付くそうなのだが、そこまでは恐れ多いと辞退させてもらった。
本音はアリスと二人きりで過ごしたかったからだ。与えられたのは一室だったので、イチャコラしたい放題である。
「ねえジャック、貴方と付き合ってから色々あったけど、まさか国王陛下とリリアンと一緒にバルナリア帝国まで来るなんて思いもしなかったわ」
「俺もそうだよ」
「改めて、愛してるわ、ジャック」
「愛してるよ、アリス」
抱き合って長いか短いか分からない時間、俺たちは互いの唇を重ね合った。そこで盛り上がる寸前にベッドが軋む音がして、二人の動きが止まる。
「昨日までの宿のベッドに比べたらマシだとは思うんだけど……」
「そうだね。きっとこの部屋のベッドってかなりの高級品なんじゃないかな」
「でも……もう私、あのベッドじゃないと満足に眠れないの」
「分かったよアリス、ちょっと待っててね」
そう言って俺は扉の方に向かい、中が見えないように半開きにしてから外を窺う。そこには護衛の兵士さんと、呼ばれたらすぐに対応するためにブリジットという名のメイドさんが控えていた。さすがは賓客扱いだ。
「よろしいですか?」
「どうなさいました?」
「えっと、扉を施錠しても構いませんでしょうか?」
「はい。非常時には兵士殿に蹴破って頂きますので、ごゆっくりお寛ぎ下さい。中の音も聞こえませんから」
いや、それなら中から呼んだって聞こえないはずだろ。用事があった時にどうするつもりなんだよ。あえてツッコんだりはしないけど。
「分かりました。では、お休みなさい」
「はい、お休みなさい、ジャック様」
扉を閉めて鍵をかけた。これで準備万端だ。
アリスの許に戻ってベッドから離れてもらう。不思議そうな表情の彼女にニヤリと笑いかけてから、俺は五人はゆったり並んで寝られるであろう巨大なベッドを空間収納に納めた。
その空いたスペースに
「ジャック! 貴方天才よ!」
「結界は防音にするから、中でどんなに騒いでも外に漏れる心配はないからね」
「もう! 私そんなに大きな声出さないもん! ……出してる?」
「あはは。可愛い声だけだよ」
「と、とにかく中に入りましょ」
「そうしよう」
俺たちはその後、熱い一夜を過ごすのだった。
◆◇◆◇
これはジャックたちの部屋を担当したメイドと、その仲間たちの会話である。
「不思議なのよね」
「何が?」
「私、ランガルド王国から来られたお若い二人を担当させて頂いているじゃない」
「ああ、メイド長から決して粗相があってはならないって言われたお二人ね」
「うん」
「何でも婚約者同士だとか。やっぱり凄かったの?」
「それが、物音一つ聞こえなかったのよ」
「え? あのお部屋っていつ中から呼ばれてもいいように、わりと小さな音でも聞こえるはずよね?」
「そうなんだけど……」
「彼女の方が月の日だったとか?」
「そんなの分からないわよ。だけど不思議なのはベッドの方なの」
「ベッド?」
「縁に腰かけた様子はあったんだけど、まるで乱れがなかったのよ」
「床で寝たか、どちらかがベッドメイクしたとかじゃないの?」
「そうなのかなぁ。でもわざわざ床で寝るメリットなんてある? それにお客様がベッドメイクするとは思えないんだけど」
「まあ、確かに。私たちの仕事を奪うことになるから、普通は使ったら使いっぱなしにするのが暗黙のルールだものね」
「よし、決めたわ。今夜は分からないように目印を付けてみる!」
「ちょ、ちょっと、やめた方がいいんじゃない? バレたらクビどころか、物理的に首が飛ぶかも知れないわよ」
「そっか。それは嫌ね。やめておくわ」
メイドたちの興味が尽きることはなかった。
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