第七話 迷惑な客

 あれから馬車で時間の許す限りあちこち見て回ったが、どこへ行っても皇室の紋が刻まれた馬車は目立ちまくっていた。ただ、さすがに進路妨害されるようなことはなく、民衆は遠巻きに手を振ったりするだけなので平和なものである。


「お土産どうしようか」

「ジャックは誰に買って帰るの?」


「お店の皆は当然として、アルタヘーブ教会のシスターと子供たちでしょ。実家には……うーん」

「ご実家にも買っていったらいいじゃない」


「そうだね。家を捨てたとは言っても、あの調子だと今後も絡んできそうだし」

「お店にはバルナリア帝国のお菓子でいいわよね。ブリジットさん、オススメのお店はあるかしら?」


「ここからランガルド王国まで二週間ですよね。そう致しますと日持ちがする物……焼き菓子などはいかがでしょう?」


「それなら店も教会も実家も同じ物でいいか」

「私もそうしようかしら。お店と教会は私とジャックの二人からってことにしましょう」


「そうだね、それがいい」

「でしたら焼き菓子の美味しいお店がございますので、そちらをご案内致しますね」


 ブリジットさんの案内でやってきたのはド・フランベジールという菓子の専門店だった。店に近づくにつれて甘い香りが漂ってきており、比較的大きな店構えである。


 さすがに騎士さんをゾロゾロ連れて入店するわけにはいかないし、そんなことをしたらファンシーな雰囲気を台無しにしてしまいそうだ。そんなわけで彼らには他の客の邪魔にならないように、少し離れたところで馬車と共に待機してもらうことにした。


 もっとも馬車に刻まれた紋のお陰で、お客さん以外の通行人にも遠巻きにされてしまったのは言うまでもないだろう。


「あ、あの、もしや皇族の方たち……?」

「お久しぶりです、ジェラールさん」


「お、ブリジットさんでしたか。えっとそちらの方々は……?」

「ランガルド王国から来られたお客様です。ジャック様、アリス様、こちらは店長のジェラールさんです」


「よろしく、ジェラールさん」

「初めまして、ジェラールさん」


「お二人は明日国にお帰りになられるので、今日はお土産を買い求めに来ました」

「そうしいうことでしたら歓迎致します。どうぞ、中にお入り下さい」


 店内にいた店員さんや買い物中のお客さんに、特にかしこまる必要はないと説明してもらってから俺たちは店内に足を踏み入れた。するとより一層の甘い香りに包まれる。よく見ると喫茶スペースもあるようで、何組かがケーキとお茶を楽しんでいるようだった。


 俺はあまり甘い物には興味がなかったが、アリスはそちらを羨ましそうに眺めている。やっぱり女の子はそういうのが好きなんだろうね。ただ、空いている席がないから諦める他はなさそうだ。


 しかしどこの世界にも空気を読まない横柄な貴族がいるものだと、半ば呆れてしまったよ。


 お付きの侍女さんを従えたいかにもな羽根扇子を広げた二十歳前後の女性が、入店するや否や一番見張らしのよさそうなテーブルの女性客二人の許に詰め寄った。とたんにそれまで楽しげな声が聞こえていた店内が静まり返る。


「貴女たち、その席を譲って頂けないかしら?」

「え、でもまだ私たち途中ですし……」


「あら、ワタクシがベリエ男爵家の娘と知っての反論かしら?」

「すみません。知りませんでしたが、お店の決まりで貴族様でもそのような要求は出来ないとあそこに書かれておりますが……」


「フンッ! ならこう致しましょう。貴女たちのお食事代はワタクシが支払って差し上げます。これなら文句はありませんでしょう?」


 そこへ慌てた様子で少し恰幅と身なりのいい、男性が店の奥から飛び出して俺たちの方に走ってきた。あの感じからすると店の前に皇室の紋が入った馬車が停まっているので、やんごとない人物が来店したのだと勘違いしたのだろう。


 ジェラールさんはその人をオーナーと呼んでいた。いや、こっちはいいからオーナーなら揉めてる方に行けよ。


「これはこれは、ようこそ当店へ。この店のオーナーのマーチン・フランベジールと申します。ランガルド王国からのお客様と伺いました。よろしければ奥で試食などされてはいかがでしょう? お茶もお出し致しますので」


「マーチン殿、そんなことよりあれ、どうにかしなくてよろしいんですか?」


「はい? あ、ああ、オロールお嬢様ですね。ジェラール、席を譲ってもらえるよう、あのお二人に頼んできなさい」

「かしこまりました」


「いやいや、ちょっと待って下さいよ。お店の決まりではたとえ貴族でもそのようなことは……」

「いえ、あの方は特別なんです」


「もしかして恒例行事みたいなものなんですか?」

「実は……」


 特別という言葉に腹を立てそうになったが、よくよく聞いてみるとそれは二人の女性客を守るためだと言う。


 ベリエ男爵家の令嬢、オロール・ベリエは自分の言うことを聞かない平民を容赦せず、このままでは最悪あの二人の命が危ないそうだ。


 もちろん店としても不本意な対応になるので、彼女たちから代金を受け取ることはせず、相当の手土産ももたせるとのことだった。つまりはド・フランベジールとしても困っているということである。


「ベリエ家は帝国建国時から国に仕える豪族でして、下級貴族はおろか、上級貴族の中にも頭が上がらない家があるのです」

「なるほど、それは厄介ですね」


「私共としても大変に心苦しいのですが……」

「このこと、皇帝陛下には?」


「め、滅相もございません! 一市民が皇帝陛下に直訴など……」

「だったら直訴なんかしなくても、警備隊に仲裁してもらうとか」


「それをすると私どもの店がベリエ家から報復を受けることになりますので」

「そっちにも力が及んでいるということか」


 話を聞きながら見ていると、ジェラールさんが男爵令嬢とお客さんの双方に頭を下げている。しかし二人の女性はどうしても納得出来ない様子で、なかなか席を立とうとしなかった。


 このまま放置しても寝覚めが悪くなるのは目に見えている。あの二人の今後がどうなるかは、王国に帰ってしまえば知ることはないだろうが、オーナーの話ではまず間違いなくよくないことが起こるだろうとのことだからだ。


「アリス、ブリジットさん、ちょっと行ってきます」

「奇遇ね。私も行くわ」


 俺とアリスはマーチンさんが止めるのを無視して、問題のテーブルに向かうのだった。

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