第六話 ホッケは美味いんだよ
馬車に気づいたのか、店から何となく身なりがいい偉そうに見える男性と、
俺たちはブリジットさんの後に続いて、騎士さんたちに囲まれる中で馬車から降りる。
「こ、皇族の方でしょうか?」
騎士さんの鋭い視線におどおどしながら偉い感じの男性が尋ねてきた。この人が店長さんだろうか。執事っぽい人の方は微動だにせず、眉一つ動かさない表情からは何を考えているのか全く読めない。
「いえ、ランガルド王国から来た者です」
「ランガルド王国? も、もしやトリスタン殿下とご婚約なさっておられるリリアン王女殿下の……?」
「連れです」
「あ、あの、こちらへはどのような御用向きで?」
「貴方は?」
ここでアリスにバトンタッチ。
「こ、これは失礼致しました。私はこの店のオーナーでジュール・ルホンと申します」
オーナーさんだったか。
「ではジュール殿にお聞きします。こちらは何のお店ですか?」
「はっ! 主に魚料理と酒を出しております」
「料理屋に来る用と言えば何でしょう?」
「ま、まさかお食事に?」
「ええ、そのつもりですけど」
「ニコライ、テーブルは!?」
「人数をお聞きしても?」
「こちらのお二方です」
「ブリジットさん」
ここから俺。ニコライと呼ばれたのは燕尾服を着た方の人だ。
「はい?」
「せっかくですから皆で食べましょうよ」
「え? ですが……」
「お金なら心配いりません。あ、でも持ち合わせだけじゃ足りないかも。ジュールさん」
「は、はい!」
「申し訳ないけど全員分だと手持ちが足りそうにないので、後でお城に取りにきてもらえます?」
「そんな! リリアン王女殿下のお連れ様から代金など頂けません!」
「え? タダってことですか?」
「はい。だだ……」
「だだ?」
「出来ましたらお墨付きを頂きたく存じます」
あー、なるほどね。遠くランガルド王国からやってきたリリアン姫の連れともなれば、お墨付きとしての効果は抜群だろう。
俺とアリスばかりでなく、ブリジットさんや八人の騎士さんに料理を無償提供しても、その後の利益は十分に見込めるってことだ。
「アリス、俺たちがお墨付きなんか書いて陛下たちに迷惑とかかからないかな」
「大丈夫だと思うわよ。私とジャックがサインするだけだし」
「お墨付きは了解。人数は全部で十一人です」
「ニコライ、一番奥の貴賓席を」
「本日はデンブル子爵閣下からご予約頂いておりますが?」
「構わん。閣下には私からご説明申し上げる。皇室のお客様だ。閣下も文句は言えないだろう」
「あ、俺……私たちは別に普通の空いてる席でも……」
「何を仰います。ランガルド王国からはるばるやってこられたリリアン王女殿下のお連れ様です。下級貴族の子爵閣下とは比べるべくもございません。ニコライ」
「かしこまりました。すぐに席をご用意致します」
デンブル子爵閣下、ごめんなさい。
一方ブリジットさんと騎士さんたちは何とか辞退しようとしていたけど、そこは命令という形で強権を発動して黙ってもらった。ただ護衛任務の関係上、騎士さんは四人ずつ交替で食事を摂るしかないようだ。
そして肝心の料理についてだが、今回出された魚はホッケのような味だった。さすがは貴族御用達と言いたいところだったけど、俺の感想としては脂ののりがイマイチと言うほかはない。それに付け合わせがパンというのも何か違うような気がした。
いや、ホッケには白米でしょう。ないからガマンするしかないけど。
もっとも俺以外のメンバーは普段王都にいるので、新鮮な魚の料理などこれまで食べる機会がなかったのだろう。
それに俺が脂ののったホッケの味を知っているだけで、知らなければホッケ自体は美味い魚だ。その味に似ているのだから貴族御用達の店というのも頷ける。
騎士さんの中には涙を流しながら口に運んでいる人もいた。骨には気をつけてね、アリスも。
「いかがでしたでしょう、私共の魚料理は?」
「うん、美味かったですよ」
「それはようございました」
そこでジュールさんがちょっとよさげな紙とペンを取り出した。はいはい、お墨付きね。
俺としては不本意だったが、アリスも皆も美味そうに食べていたから、まあいいだろう。次に
そのあまりの違いにきっと驚いてくれるはずだ。
『ランガルド王国リリアン第三王女殿下付添人ジャック・アレオン』
そう書いてからアリスに渡す。
『妻、アリス。魚亭ルホンのお料理に大変満足致しました』
待て。
「お二方様はご夫婦でしたか」
「いや、あの……」
「そうです。ね、ジャック」
ま、いっか。
そして俺は王国金貨を二枚出した。
「珍しくはないでしょうし出回っている金貨と変わりませんが、一応記念に置いていきますね」
「おお! お墨付きと共に家宝とさせて頂きます!」
そうして店を出たところで、大勢の人集りに囲まれた。ただし押し寄せてくるというわけではなく、少し離れて馬車を取り囲んでいるという感じだ。手ぐらい振った方がいいのかな。
そう思って手を振ると、群衆が好意的なざわつきをみせる。そこへジュールさんが出てきて、手を挙げて彼らを制した。
「皆さん、こちらはランガルド王国からお越しになられたジャック・アレオン様と奥様のアリス様です!」
「うぉーっ! ジャック様ーっ!!」
「アリス様、可愛いっ!!」
「「「「ジャック! ジャック! ジャック!」」」」
「「「「アリス! アリス! アリス!」」」」
「これは参ったね、アリス」
「でも何だか人気者になったみたいで楽しいわ」
「ブリジットさん、騎士さんたちも、こんなことになってすみません」
「どうかお気になさらずに」
「あのルホンの魚料理を食べさせて頂いたんです。何のこれしき!」
軽く一言挨拶くらいはした方がいいんだろうけど、ここは他国なのだからあまり目立つことはしない方が身のためだ。俺はアリスの手を取って馬車に乗せると、自分も早々に後に続いた。
「次はどこに行きましょう?」
「ひとまず人の少ないところへ」
「承知致しました」
ブリジットさんが御者さんに二言三言声をかけると、馬車はゆっくりと走り出すのだった。
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