第三章 転職
第一話 宴の始まり
バルナリア帝国帝城ゴフィア謁見の間。玉座にはリヒテムス・ゴフィア・バルナリア皇帝陛下が、隣にはベロニッタ・ポーランド・バルナリア皇后陛下が柔らかな微笑みをたたえていた。トリスタン・テレジア・バルナリア皇子殿下は皇后陛下の横に直立だ。
その前にアルベール国王陛下とリリアン王女殿下が立ち、俺とアリスは二人を挟む形で
他にリリアン殿下の侍女ファニーさんとマノンさんは後方の扉の脇に控えていた。彼女たちには話が進めば色々と手伝ってもらう必要があるからだ。
「改めて、よくぞ参られた。ランガルド王国国王、アルベール・ルイーズ・カジミール・ランガルド殿。そしてリリアン・スルメア・ランガルド姫よ」
「リヒテムス皇帝陛下、ベロニッタ皇后陛下、お久しぶりにございます」
「壮健そうで何よりです。リリアン姫は私のことを覚えているかしら?」
「はい、ベロニッタ陛下。朧気ではございますが」
「まだ小さかったですもの。あの可愛らしい王国の姫がこんなに美しくなったのね。お義母様と呼ばれる日が待ち遠しいわ」
「そのことについて、両陛下、並びにトリスタン殿下にお願いしたいことがございます」
「アルベール殿が止めないということは、貴殿も存じていることなのだな?」
「仰せの通りにございます」
「うむ。ではその願いとやらを聞かせてもらおうか」
すでに皇帝陛下には挨拶を済ませてあったが、リリアン殿下は正式な場で改めて俺とアリスを紹介した。
「して、そこの二人に何かあると?」
「はい。ですがこれは我が国の最重要機密と申し上げても過言ではございません。どうかお人払いをお願い致します」
「近衛もかな?」
「はい」
「陛下、なりません!」
「黙って下がれ。ランガルド王国の最重要機密なら、たとえ近衛騎士団の団長といえども易々と聞かせるわけには参らん」
「ですが……」
「二度は言わせるでない!」
数人いた近衛騎士団の人たちは、リリアン殿下に恨めしそうな視線を送りながらすごすごと下がっていった。いや、それ普通に不敬だろ。
間もなく謁見の間には壇上の皇族三人と、俺たち四人のみとなった。
「それでは皇族の皆様方、これからご覧になること、体験されることは一切他言無用に願います」
「相分かった」
「約束しましょう」
「僕も誰にも言わないと誓うよ」
「ではジャック殿、お願いしますわ」
「承知致しました。サモンハウス!」
謁見の間は十分に広かったが、目的はまず皇帝陛下たちに料理の試食をして頂くことだ。よって召喚するのはリビングダイニングのみで事足りる。
呼び出したのは三十畳ほどの箱型の建物で、今回は認証は不要にしておいた。閉塞感を避けるために、窓はいくつもあるが出入り口は玄関の一つだけだ。
「な、なんだ!? 何が起こった!?」
「それは……何なのですか……?」
「り、リリアン姫!」
トリスタン殿下がいきなり壇上から飛び降りて剣を抜き、俺と彼女の間に割って入った。その切っ先はもちろん俺に向いている。でもまあうん、愛するリリアン姫を護ろうとしたのは分かったから少し見直したよ。少しだけね。
ただ、俺の前にアリスが飛び込んできたのには驚かされた。彼女は両手を広げて俺の盾になろうとしてくれたのだ。これ、俺の未来の奥さんだぞ。自慢していいかな。
「トリスタン殿下、問題ありませんわ。先ほども申し上げた通り、これが我が国の最重要機密ですの」
「はい?」
「剣をお引きになって。ジャック殿の首を刎ねたら国際問題になりますわよ。アリスも戻りなさい」
「皇子殿下が壇上に戻られましたらすぐに」
「アリス、俺は大丈夫だから」
「でも……」
「そんな顔でトリスタン殿下を睨んでいたら不敬になるからね。さ、戻って」
「わ、分かったわよ」
「僕も戻ろう」
「トリスタン殿下は戻らなくて構いませんわ。お願いの前に確認して頂きたいことがあの中にありますの」
場が落ち着いたところでリリアン殿下が説明を再開する。
「ですので両陛下もどうぞこちらへ」
「うむ」
「行きましょう」
そして彼女が先導する形で玄関の前に立つ。
「あら、いつもの手で触れるところがありませんわよ、ジャック殿」
「ああ、今回は認証の必要がありませんのでそのままドアを開けて中にお入り下さい」
「そうですか。リヒテムス陛下、この後あちらに控えております私の侍女二人も入室致しますが、手伝いに必要ですのでお許し下さい」
「許そう」
「では……」
皇族の三人も、初見の反応はアルベール陛下やリリアン殿下と同じだった。
「お三方はこの後何か重要な職務はございますか?」
「
「まあ貴方、昼間からお酒を頂くおつもりでしたの?」
「固いことを申すな」
「トリスタン殿下はいかがですか?」
「僕も今日と明日はリリアン姫と過ごすつもりだったので何も入れてませんよ」
「ではお酒をお出ししても問題はございませんわね」
「酒?」
「ええ。きっと驚かれますわ。ジャック殿、ビールと枝豆をお願い」
「かしこまりました、殿下」
さあ、宴の始まりだ。
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