第二話 国の宝

 アルベール陛下たちがビールと枝豆で盛り上がっているのを尻目に、俺とアリス、ファニーさんとマノンさんで料理の準備に取りかかる。


 献立はお好み焼きと焼きそば、それとミートソースパスタに決まった。カレーライスは後々帝国で再現する際に、日本クオリティの米の用意が難しいと考えて見送りにしたのである。リリアン殿下は最後まで渋っていたけど。


 そして皇帝陛下たち三人は俺に前世の記憶があること、女神ジーリックと会ってこの世界に送られてきたことなどを聞いてショックを受けていた。女神の使徒だなんて言われて平伏された時はかなり焦ったよ。


 使命を帯びているわけではないから使徒とは言えないと伝えてどうにか納得してもらったけど、三人の俺への態度が急変したのには申し訳なさを感じてしまった。


 さて、まずはお好み焼きだ。皇族の三人はまさか自分で焼いたりひっくり返したりするなんてことには考えも及ばなかったようだが、もの凄く楽しそうだった。


 温かいまま食べられるのも嬉しかったらしく、皇后陛下に至ってはキッチンを覗きにきたほどだ。野菜を切りたがられたが、さすがにそれは危険なので遠慮頂いた。


 そして焼きそばからパスタまで、一通り試食して頂いたところで本題に入る。


「両陛下、トリスタン殿下、お食事はご満足頂けたでしょうか?」


「満足かだと!? 大満足に決まっておろう! さすがは女神の使徒殿の料理だ!」

「ええ、ええ、本当です! 私たちは女神様のお食事を頂いたのですね!」

「僕が今まで美味いと思っていたものは何だったのだろう」


「いえ、ですから使徒では……」


 納得されてなかったようだ。


「しかし何故このような食事を?」


「実はジャック殿が召喚したこの部屋ですが、本当はもっと大きな建物ですの」

「ほう?」


「旅の間、野営地で私たちはその建物、家で寝泊まりしておりました」

「うん? 意味が分からんのだが」


「この家は召喚したり送還したり出来ますので、馬車で移動して野営地に着いたら召喚。そして翌朝は送還して再び移動開始、ということですわ」

「なるほど……」


「ですが問題がございますの」

「問題?」


「先ほどのお食事、また召し上がりたいと思われませんか?」


「むろん思う」

「そうね、出来ればまた頂きたいわね」

「僕はあのみーとそーすぱすたでしたっけ? あれにチーズをたっぷりかけて食べたい」


「そうか、分かったぞ! あれらの材料で商取り引きをしたいということだな?」

「それは素敵ね。でしたか。それも欲しいわね」

「粉チーズをぜひ!」


 当然、姫殿下が首を左右に振る。


「そう出来ればよろしかったのですが、ここにある物、食材の全てが建物の外に持ち出すことが出来ないのです」

「どういうことかね?」


「現状ジャック殿がいなければ、あの料理は食べられないということです」


「な、なんと! 使徒殿がいなければ食べられないというのか!?」

「はい」


「ジャック殿、このお城にお部屋を差し上げます。留まって下さい。ねえ、貴方?」

「そうだな。国賓として最上級の部屋を用意させようではないか。どうかな、使徒殿?」

「それは出来ません」


 そこで声を上げたのはアルベール陛下だ。


「ジャック・アレオン君は我が国の至宝。故にたとえリヒテムス陛下のご命令でも首肯は致しかねます」


 俺、国の宝になっちゃったよ。


「そうか。うむ、そうであろうな。使徒殿を貴国から奪うなど出来ようはずがないな」

「そこでご提案です」


「ん? 提案とは何かな、リリアン姫?」


「食材や調理器具、料理そのものは持ち出せませんが、味の記憶は自由に持ち出すことが出来ます」

「つまり?」


「リヒテムス陛下、お城の料理人に味を覚えて頂けば、完全には難しくても料理の再現が叶うのではないでしょうか」

「なるほど! その手があったか!」


「もちろん秘密は厳守して頂く必要がございますが、このお城の料理人であれば口にした料理の作り方は元より、使われている食材の選定も不可能ではないと思います」


 ここで使う食材はこの世界で入手した物以外は全て日本産である。しかし色や形が違っても似た食材はこちらにもあるはずだ。現に前世の記憶を取り戻す前に、俺は実家でそういったものを食べていた覚えがある。


 料理も調味料も、がんばれば再現は不可能ではないだろう。


「リリアン姫よ、早速料理人を手配しよう」


 料理人を交えての試食会はその日の夜と決まった。なお、謁見の間に家を出しっ放しにしておくわけにはいかなかったので一旦送還し、改めて召喚する場所を指定してもらうことになった。

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