第十八話 バルナリア帝国

 総勢約二百人の遠征隊は国境を越えてバルナリア帝国領に入った。そこからしばらく進んでベルトラン伯爵領のサン・ノランという街に着くと、予想通り民衆から熱烈な出迎えを受けた。当然この地の領主グレゴワール・ベルトラン伯爵が先頭でひざまずいている。


 しかし驚くのはそこからだった。なんとその横に皇帝リヒテムス・ゴフィア・バルナリア陛下と、帝国第一皇子トリスタン・テレジア・バルナリア殿下、つまりリリアン殿下の婚約者が立っていたのである。


 アルベール陛下とリリアン殿下が馬車から降りたので、俺とアリスも二人の後ろに従って跪いた。


「まさかリヒテムス陛下自らお出迎え下さるとは」


 ベルトラン伯爵からの挨拶を受けてから、アルベール陛下は嬉しそうに皇帝陛下と握手を交わす。


「なに、アルベール殿は盟友と思っておる。その盟友が遠路はるばる我が国を訪れてくれたのだ。出迎えないなどあり得ないだろう」

「到着が遅れましたこと、お詫び致します。リリアン・スルメア・ランガルドと申します」


「おお、其方がランガルドの姫君か。よくぞ参られた。先触れから遅れは天候によるものと聞いておる。其方に逢うのを心待ちにしておった息子への天の戒めだろうて。気にする必要はない」

「ち、父上!」


「もったいなきお言葉、感謝の極みに存じますわ」


 トリスタン殿下の顔が真っ赤になっている。リリアン殿下、可愛いもんね。帝国の第一皇子といえども照れてしまうのは頷けるよ。次期皇帝となる身なら少し頼りないが、それもこれから変わっていけば問題ないだろう。


「あ、改めましてリリアン姫、僕が帝国第一皇子トリスタン・テレジア・バルナリアです」

「初めまして、トリスタン殿下。思った通りの素敵なお声とお姿ですわ」


「リリアン姫は聞いていたよりずっと美しい」

「まあ、ありがとう存じます」


 彼女が言ったのはお世辞でもなんでもなく、皇子殿下は実際かなりのイケメンだ。身長も俺より高く、胸板が厚くて強そうなイメージである。


 その親である皇帝陛下も高身長で、黒髪に白髪など一本も見当たらない。年齢は五十歳だと聞いていたが、それよりもずっと若々しく見えた。


「アルベール殿、後ろの二人を紹介してくれるかな? ずっと跪いたままで気の毒だ」

「そうでした。リヒテムス陛下がお許しになられた。二人とも立ってご挨拶しなさい」


「お初にお目にかかります。ジャック・アレオンと申します。リヒテムス・ゴフィア・バルナリア皇帝陛下のご尊顔を拝する栄に浴しましたこと、恐悦至極に存じます」

「ラバール伯爵家の長女、アリス・ラバールと申します。リヒテムス・ゴフィア・バルナリア皇帝陛下にお会い出来ましたこと、生涯の誉れにございます」


「二人はアルベール殿の侍従かな?」

「リヒテムス陛下、その辺りは後ほど」

「込み入った事情があるのか。承知した」


「そちらのアリス嬢も美しい」


 おい皇子、アリスのどこを見て言ってやがる。彼女は俺のだ。ジロジロ見るな。イケメン取り消し。たった今からお前はただのスケベ皇子だ。


 もちろん口に出して言えることは一言もない。ところがそれを見ていたリリアン殿下がチクリと皇子を牽制した。


「あらトリスタン殿下、婚約者の目の前で親友に色目を使われるなんて、ずい分と甲斐性がおありのようですわね」

「そ、そんなことはありませんよ、リリアン姫。誤解です」


「ならよろしいのですけど。申し上げておきますが、アリスはそこのジャック殿と婚約しております。無体はなされませんように」

「無体なんて……も、もちろんしません!」


 あーこれ、結婚したら尻に敷かれるパターンだな。ちなみにこの一件で、俺のリリアン姫に対する好感度が爆上がりしたのは言うまでもないだろう。


 その後、俺たちは今夜泊めてもらうことになっていたベルトラン伯爵邸に案内された。翌日からは四日かけて帝都アラビスブルグにある帝城ゴフィアに向かい、あちらで二日間過ごして再びこの街に戻ってくるという日程だ。


 なお帝城に同行する護衛の騎士さんを除く兵士さんや使用人たちは、サン・ノランの宿で俺たちが戻るまで分散して待機。お小遣い五万カンブル付きでおよそ十日間の自由行動が許されていた。


 どちらがいいかと問われれば自由行動の方がいいに決まっているが、俺にはリリアン姫のために帝城の料理人に料理を試食してもらうというミッションが課せられている。


 そんなわけで道中の護衛は主に帝国の騎士さんたちが担ってくれるのだ。そりゃあね、いくら友好国とはいえ他国の騎士や兵士をゾロゾロ連れて歩くわけにもいかないでしょうよ。


 余談だがアルベール陛下たちが乗ってきた馬車よりも、皇帝陛下の馬車の方が一回り大きい。ベルトラン伯爵邸に向かう道中はそちらにアルベール陛下が移り、代わりにトリスタン殿下がリリアン殿下と同乗していた。


 他にファニーさんとマノンさんもいたから間違いなどは起こらないだろう。いや、二人は婚約しているのだから間違いとは言い切れないかも知れないが、とにかく二人きりではなかったということだ。


 領主のベルトラン伯爵閣下の馬車がその中では一番見劣りしていた。それなりに豪華だよ。だけど俺とアリスは別として、このメンツが相手なら仕方ないことだと思う。


 その夜、領主邸には多くの帝国貴族が招かれ、絢爛豪華な歓待の宴が催されたのだった。

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