第十二話 転職

「領地を与えねばならんな」

「りょ、領地ぃ!?」


 思わず変な声を出してしまった。俺はこの遠征に同行することへの報酬として、雑貨店ユゴニオに通える土地と、往路での延長滞在の見返りにその土地を囲う壁を要求した。


 ところがドラゴンの一件で領地を賜ることになるというのだ。それも侯爵位を超える権力に相応しいように、かなり広大な土地になるらしい。


「むろん王都にも土地を与えるので、そこを王都邸とするがよかろう」


「なるほど。陛下が来訪されやすいように、ですか」

「な、何を申す。そのような私情はないぞ」


「でもそんな立場になったら、もうユゴニオでは働き辛いんじゃない?」

「だよなー。アリスはどうしたい?」


「私はジャックについていくだけよ。王都邸に滞在し続けるならユゴニオを辞める必要はないけど、領地に移住するなら遠くて通えないだろうし」


「いや、ジャック・アレオン君。君は王都邸に留まりたまえ」

「私情丸出しじゃないですか。まあ、それはこれから考えますけど、俺には領地経営なんて出来ませんよ」


「心配ない。必要な人材は手配するし、現在直轄領となっているところには代官を置いているから、その者を領主代行として雇えばよかろう」


 そんな重要なポストにある人をくれるってことか。問題はその人が納得するかどうかなんだけど、経営を丸投げ出来るなら越したことはない。


「お父様、よろしいかしら」

「何だね、リリアン?」


「トリスタン殿下との婚約を破棄してジャック殿に嫁ぎたいのですけど」

「「「はあっ!?」」」


「だってジャック殿はドラゴン・スレイヤーになるわけだし、私の嫁ぎ先として身分は申し分ないと思いますの」


「いやいやいやいや、リリアン殿下、それはさすがにマズいですって」

「そうよリリアン。それにジャックは私のよ。陛下がお許しになられても私が許さないわ」


「アリス嬢、案ずるな。も許す気はない」

「どうしてですの!?」


「「「どうしても(だ)!!」」」


 お姫様はきっと俺の家が目当てなだけだろう。万が一本気で惚れられているとしても、俺はアリス以外には興味がない。元僧侶の貞操観念を舐めないで頂きたいものだ。


 そんな話もあった中、翌日は予定通り野営地を発った。そして、その後は大きなトラブルも雨で足止めされることもなく、俺たちは王都モードビークに帰りついた。



◆◇◆◇



 遠征から帰って一カ月ほど経った頃、盛大な式典が催されて俺はドラゴン・スレイヤーの称号を賜った。それと同時に領地と王都邸のための土地も下賜され、現在は邸と土地を囲う壁の建設が急ピッチで進められている。


 実はこの王都邸、家召喚サモンハウスで呼び出した家の前に立ちはだかる形で建設されている。


 家を召喚すればいいのだから邸など不要と言えばそれまでなのだが、称号を得たことにより今後は多くの来訪者が見込まれるのだ。俺としては全員(陛下も含めて)門前払いしたいところだが、そんなわけにもいかないだろう。


 それら来訪者を召喚した家に招き入れることは出来ないので、新たに邸を建設することになったのである。ちなみに邸の裏側の窓には集光用の磨りガラスがはめられているのみで、一切の開閉は出来ない。


 割れても外が見られないように三重構造となっており、さらに内外とも頑丈な鉄格子で守られている。返って興味を引きそうだが、こればかりは致し方ないだろう。


 また、壁は俺の希望通り十分な高さがあり、表と裏の二カ所に頑丈な鉄製の扉が設置されている。当初はユゴニオの給金では雇えないと諦めていた守衛さんはもちろん、領地からの収入で使用人も雇うことになった。


「ねえ、アリス」

「なあに?」


「俺、やっぱりユゴニオ辞めようと思う」

「やりづらい?」


「それはない、と言えば嘘になるかな。リオネル閣下は相変わらずなんだけど、ロベール店長には気を遣われちゃってるね」

「父上は私がドラゴン・スレイヤーの妻になることをとても喜んでいるもの」


「俺の両親は驚くばかりだった。でも称号と領地まで賜ったことには喜んでくれていたよ。兄さんたちは羨ましがってたけど」


 二人の姉に至っては未婚の令嬢がいる家から寄せられる、俺との見合いの取り持ちを催促されていると聞かされた。


 何とか躱してくれてはいるものの、嫁ぎ先のメンツもあるのでそのうち断り切れなくなるかも知れないとぼやいていたのには、申し訳なく思わずにはいられなかったよ。


 どこから聞きつけたのか、実家のベルナール伯爵家も同様に見合いの申し込みが殺到しているとのことだったが、すでに俺が独立していることを理由に全く取り合っていないそうだ。迷惑をかけることになって心苦しい限りである。


 そしてもちろん、直接俺に見合いを申し込んでくる家もあった。当然門前払いだ。何度でも言おう。俺はアリス以外には興味がない。


 ところで見合い以外に、俺を熱心に勧誘してくる団体があった。それは――


「ユゴニオを辞めてどうするの? 領地経営に取り組むなら私も手伝うわよ」

「いや、経営はホリックさんに任せておくよ」


 ホリック・ルフエーブルさん、俺が王国から賜った領地、アレオン領の領主代行である。


「傭兵ギルドからの誘いを受けようと思うんだ」

「そうなんだ……」


 俺の考えを聞いたアリスは、複雑な表情を浮かべるのだった。

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