第十三話 図々しい

 ドラゴン・スレイヤーには強い権力がある。国王陛下に直接意見具申したり、王国の予算編成に口を出すことも許されるのだ。


 しかし貴族ではない。そのため平民を無礼討ちすることは出来ないし、称号は一代限りで継承されることもないのである。もっともドラゴン・スレイヤーはドラゴンを倒したからこそ与えられる称号なので、継承されないのは当然と言えるだろう。


 そしてもう一つ、求められる役割があった。有害な魔物や盗賊などの討伐である。自領の領民を私兵として軍隊を組織してもいいし、傭兵ギルドに登録して仕事を請け負ってもいい。


 とにかく治安に関する荒事を引き受けるということだ。そのために認められているのが、全ての領地への無許可での出入りだった。つまり魔物や盗賊を討伐するためなら、いちいちその領地を治める領主の許可を得る必要がないというわけだ。


 一般の傭兵には認められていない権利で、特に後ろ暗いところがある貴族には、ドラゴン・スレイヤーはこの上なく厄介な存在だった。


「俺は領民を危険な目に遭わせたくないから、ギルドに登録して一人で活動するのがいいと思うんだよ」

「私はジャックが危険な目に遭うのが心配だわ」


「それはまあ、ごめん。だけどいざとなったら俺には結界もあるからさ」


「なら約束して。どんなことがあっても絶対に私の許に帰ってくるって」

「約束するよ」


「それと遠征する時は私も連れていって」

「いや、しかし……」


「家ごと行けばいいじゃない。危なそうだったらこの家を召喚してもらって、私は一歩も出ないようにするから」

「ま、まあ確かに家の中にいるのがどこよりも一番安全だけど……」


 これは誤算だった。遠征に行くような時は彼女には建設中の邸の方にいてもらおうと考えていたからだ。それに移動中は家を送還しておかなければ、必要な場所で呼び出すことが出来ない。


 加えてドラゴンのような強敵が相手となれば、彼女が足手まといになるのも必定だ。家を召喚して中に逃がすまでの間に襲われたらどうすることも出来ないからである。時間をかけて説得するしかないだろう。


 俺にとってアリスは絶対に失うことが許されない大切な人なのだから。


 それからおよそ半年後に王都邸が完成し、俺とアリスは三年半に渡って働いてきた雑貨店ユゴニオを退職した。



◆◇◆◇



「ドラゴン・スレイヤー様だ!」

「ドラゴン・スレイヤー様が傭兵ギルドに!?」


 傭兵ギルド・ザウズに登録したその日、俺は傭兵たちに遠巻きにされていた。称号授与の式典は大々的に行われたが、まさかこんなに早く身バレするとは思っていなかったのである。


 しかしさすがに不用意に声をかけてくる者はいなかった。ドラゴン・スレイヤーは広義の意味では貴族と変わらないし、広大な領地の領主でもある。俺自身に無礼討ちの権利はないが、王都の警備隊が俺への無礼を見逃すことはない。


 これまで何度か俺に軽口を叩いたり騙そうと近づいてきた者が、否応なく連行されていく場面に遭遇した経験もあった。なんだか私服で警護してくれてる人もいるみたいだし、ありがたいんだかありがたくないんだか。


 そんな中で勇者が現れた。いや、自分でいうのも変だとは思うけど、この空気で俺に声をかけてくるのは勇者としか言いようがないだろう。見ると俺より少し年上のようだから二十歳前後といったところか。


 その後ろについてきているのは女の子が二人。彼女たちも勇者と同じくらいの年齢だとは思うけど、女性の場合は見た目じゃ判断出来ないからな。


 それはいいとして、だ。


「やあ、君が噂のドラゴン・スレイヤー君で間違いないかな?」


「違いますよ」

「えっ!?」


「俺の名前はドラゴン・スレイヤーではありません」


 ファーストコンタクトでマウントを取ろうとするようなヤツにロクなのはいないからな。この対応で十分だろう。


「あ? ああ、そうか。これは失礼したね。えっとジャック・アレオン君だっけ?」

「そうですけど、何か用ですか?」


「いや、ぜひ君を僕たちのパーティーに誘いたくて声をかけされてもらったんだ」

「はあ」


「僕たちは今この傭兵ギルド・ザウズでも注目のパーティーだからね。仲間になりたいって人は多いんだよ」

「そうですか」


「君はドラゴンの鱗をたくさん持っているって聞いたんだけど本当かい?」

「いえ、王国に全て献上しましたので持ってません」


「そんな嘘は誰も信じちゃいないよ」

「はぁ……」


「どうなかな。その鱗を素材にして武器や防具を揃えようじゃないか」

「いえ、間に合ってるんで」


「そんなこと言わないでさ。僕らだけ強化してもしょうがないじゃないか」

「えっと、言われた意味が分からないんですけど」


「だからさ、パーティー全員の装備をドラゴンシリーズにしようってことだよ」

「つまり俺が持っていると誤解しているドラゴンの鱗で皆さんの装備も整えると?」


「そう言ってるつもりだけど」

「それはタダで?」


「もちろん加工にはお金が必要だよ。でもそれくらいは君の分も僕らが出させてもらうさ」

「頭大丈夫ですか?」

「うん?」


「仮に俺がドラゴンの鱗を持っていたとして、大きなものならその辺の道具屋に叩き売っても最低で一枚金貨二十枚。オークションに出せば金貨五十枚にはなるんですよ」

「そうだろうね」


「それで装備を整えるとしたら何枚も使うことになりますよね」

「なるねえ」


「どうして俺が初対面の貴方たちに、そんな高価な鱗を差し出さなきゃならないんですか?」


「だって君、パーティーメンバーには強い装備があった方がいいだろう?」

「はあ……お断りします」


「うんうん、そうだろう。じゃ早速パーティー申請をしようじゃ……今なんて言ったのかな? 僕の聞き違いだと思うけど、まさか断るなんて言ってないよね?」


「そう言いました。目障りなんでどっか行ってもらえます? ああ、俺が去ればいいのか」

「いやいや、ちょっと待ってくれよ。どうして断るんだい? 君にとっても悪い話じゃないと思うんだけど」


「今のがいい話って言うなら頭沸いてますよ。悪いことは言いません。医者に相談されることをお勧めします」

「だからちょっと待ってくれって」


「あんまりしつこいと警備隊を呼びますが……ああほら、後ろに来られてました」

「えっ!?」


「そういうわけですから、二度と声をかけないで下さいね」


 ひらひらと手を振って立ち去る俺の背後で、勇者は警備隊に取り押さえられたようだ。しきりに喚いていたが、俺は振り返らずにザウズを後にした。


 そもそも男性一人に女性二人のパーティーでは、前提から加入など出来ないのである。アリス以外の女性と彼女のいないところで行動を共にするなどあり得ないし、家召喚サモンハウスの件もあるからどのみちパーティーは組めないのだ。


 魔物や盗賊の討伐で協力し合おうと言うならまだしも、ドラゴンの鱗を使わせようとするなど図々しいにも程がある。


 俺は改めて単独での活動をすると心に決めたのだった。

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