第十四話 結婚式の新たなスタイル

「ジャック様、ようこそお越し下さいました」


 その日俺はアリスと共にアルタヘーブ教会を訪れていた。毎月恒例となっている寄付のためだが、ドラゴン・スレイヤーの称号を得てからというもの、シスター二人が俺を様付けで呼ぶようになってしまったのである。


 もっとも間もなく九歳になるメルルだけは相変わらずだった。ただ最近はほんの少しではあるが出るところが出てきているので、そろそろスキンシップも控えなければならないだろう。


「ジャックぅ、抱っこぉ!」

「はいはい」


 ま、それも追々だ。


「こ、こらメルル! ジャック様とお呼びしなさいとあれほど……」

「シスター・エリアーヌさん、構いませんて。逆に俺に様なんて付けないで下さいよ」


「いけません。ジャック様は王国にただ一人のドラゴン・スレイヤー様で、アレオン領の領主様なんですから」

「シスター・エリアーヌの言われた通りです。だいたい私たちのような者が軽々しく口を利いては……」


「シスター・セシルさん、そんな悲しいこと言わないで下さい。主神である女神ジーリックの許では皆等しく神の子なのではありませんか?」

「そ、それはそうですけど……」


「どうか畏まらずに、以前のようにお付き合い下さいね」


「そこまで仰るならそうさせて頂きます。それよりジャック様……ジャックさんにお礼を申し上げます」

「お礼? 寄付のことなら気にしないでいいですよ」


 実はアルベール陛下から領地を賜ったことにより、俺の収入はユゴニオの給金など比べ物にならないほど莫大な額に跳ね上がっていた。それを機に俺の毎月の寄付金も金貨一枚分、アリスと同じ十万カンブルに増やしたのである。


 お礼とはそのことかと思ったのだが、どうやら違ったようだ。ここから大人の話ということで、メルルには子供部屋に戻ってもらった。


「実はドラゴン・スレイヤーのジャックさんが毎月欠かさず当教会に寄付されているとのことで、平民の方はもちろん貴族様まで寄付して下さるようになったんです」


「あはは、でしたらお礼は俺ではなく寄付してくれる人に言って下さい」

「それはもちろんなんですけど、正教本部にもそのお話が伝わりまして、お陰で司祭様に来て頂けることが決まったんです」


「本当ですか? おめでとうございます。ようやくこの教会でも祭儀を執り行えるようになるんですね」

「そればかりではありません。ユーラリオ司教猊下がここを拠点になさるとお決めになられたのです!」


「シスター・エリアーヌ、俺はあまりよく知らないんですけど、それって凄いことなんですか?」

「凄いなんてものではありません!」


 司教のユーラリオさんがアルタヘーブ教会を拠点にするということで、現在の古めかしい建物の横に新たに教会が新築されるそうだ。周囲の土地も正教がすでに手に入れたらしい。


「新しい教会が完成してからですからまだ先の話になりますが、立派な聖堂も建てると正教本部から通達がありました」

「そ、そうですか。よかったですね」


「ジャックさんとアリスさんの結婚式はぜひ当教会で挙げて下さい!」

「アルベール陛下にお願いしておきますね」


「アルベール陛下……? はっ! そうでした。ドラゴン・スレイヤーの結婚式ともなれば、お城がメインになりますよね」


「大丈夫でしょう。式と披露宴を分ければいいんですから」

「「「式と披露宴を分ける?」」」


 これには二人のシスターばかりか、アリスまで頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。この世界にはそういう習慣はないのかも知れない。確かに日本でも式と披露宴は別に行うとはいえ、結婚式場の中で移動するのが一般的だった。


 しかしそれなら新たなスタイルを築いてもいいと思う。教会で式を挙げてからパレードで民衆にお披露目し、お城で披露宴を執り行う。


 かなりヘビーな一日になりそうだが、アリスの一生に一度の晴れ舞台だ。それこそ王国民全員に祝ってもらうくらいの勢いがあってもいいじゃないか。という話をしたところ――


「ジャック、貴方はどこまで私に惚れさせるのよ!」


「素敵! 私にベールガールやらせて下さい!」

「セシル、あれは子供の役割よ」


 ベールガール(男の子はベールボーイ)とは、花嫁の入場の際に長いベールを踏んでしまわないように裾を持つ子供のことである。この世界でも上級以上の貴族や大商会の結婚式では、そのようなスタイルが用いられるのだ。


「いいではありませんか、シスター・エリアーヌ。そしてアリスさんが投げたブーケは私がキャッチ!」


「ブーケトスでしたっけ? シスター・セシルにはどなたか思い人がいるんですか?」

「は、はえ? あ、あの、その……」


「最近セシルはミケロさんといい仲のようですよ」

「「えっ!?」」


「なっ! シスター・エリアーヌ? どうしてご存じなんですか!?」


 これには俺もアリスも驚かされた。ミケロ先輩、うまいことやってたんだ。


 初めてシスター・セシルさんと会ってから約三年半、現在二十歳の彼女は肩までの黒い髪と、長い睫毛の下の大きくて青い瞳が童顔に収まっていて、あの頃と変わらず儚げで可愛らしい。


 その彼女を射止めるなんて大金星じゃないですか。まあ先輩もそこそこイケメンだし、決して悪い人ではないと思うから幸せになってほしい。


 ユゴニオを辞めてからまだ先輩には会っていないけど、そのうちこの教会で再会することもあるだろう。間もなく夕方に差しかかろうという頃、俺とアリスは邸への帰路に就いた。

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