第十五話 失礼な傭兵たち
「アリス、遠征に行くことになった」
「えっ!? いきなり?」
「傭兵ギルド・ザウズでたまたま大きな商会の会頭さんに護衛を頼まれたんだよ」
「そうなんだ」
「アリスも行く?」
「当然じゃない。半年ぶりの旅になるのね」
「そうだねー。ただ一緒に仕事を請けた他のパーティーがいるんだけどさ」
「どうかしたの?」
「前にパーティーに勧誘されたんだけど、あんまり失礼だったからこき下ろした連中なんだよ」
「ああ、あのパーティー全員の装備をドラゴンの鱗で作るから素材出せとか言った人?」
「それは勇者ね。彼らとは別の人たち」
「勇者?」
「俺が勝手にそう呼んでるだけ」
そう言えばあの"勇者"はどうなったんだろう。興味ないけど。
「だから嫌味とか言われるかも知れないよ」
「あら、ドラゴン・スレイヤー様とその奥様に食ってかかるならいい度胸と褒めてあげようじゃない」
「ははは……」
「それじゃあジャック、こういうのはどう?」
アリスの立てた作戦に、俺は乗ることにした。
時間を少し巻き戻して、護衛を引き受けることになった経緯を話そう。
それはザウズで仕事を請けようと受付カウンターに向かった時だった。王都で最大手と言われているバルバストル商会の会頭、リシャール・バルバストルが俺に声をかけてきたのである。
聞けば王都モードビークから西におよそ百五十キロの距離にある、城郭都市ブランデンへ向かう商隊の護衛を依頼したいと言う。
「まさかドラゴン・スレイヤーのジャック・アレオン様にお会い出来るとは!」
「そんな大層な男ではありませんよ」
「ご謙遜を。如何ですか? 引き受けて頂けませんでしょうか?」
商隊の規模は大型の荷馬車が五台と、食料やテントなど旅に必要な物資を運ぶ馬車が一台。以上の六台は幌つきである。むろん会頭専用の馬車はしっかりとしたキャビンなので、これを含めた七台は雨が降っても問題はない。
他に番頭さんを始めとする手代や使用人が乗る馬車があるが、こちらは幌なしの荷馬車仕様なので、天候に関わらず野営地ではテントを張ることになる。この合わせて八台が護衛対象だ。
むろん仕事を請け負う傭兵は当然俺一人だけというわけではなく、他に四人ずつ三つのパーティーも参加することになっていた。つまり俺を含めると護衛は全員で十三人だ。
ただ、この三つのパーティーとも以前勧誘してきた失礼なヤツらで、俺が護衛に加わることを知って憎々しげな視線を向けてきていた。実はこの他にもかなりの数の勧誘を受けていたのだが、中でもコイツらは最悪の連中だったのだ。
そして迎えた出発当日。
「ドラゴン・スレイヤー様は呑気に彼女連れですか。さすがはいいご身分ですねえ」
それまで雇い主の手前あからさまな態度は控えているようだったが、アリスを見て
「長く王都を離れるから寂しいと言われてね。心配しなくても邪魔はしないから」
「アリスと申します。よろしくお願いします」
「へえ、彼女は礼儀正しいじゃないですか」
「それに可愛い」
「うふふ、ありがとうございます」
「ねえアリスさん、こっちに来て俺たちと旅を楽しまないかい?」
「でも皆さんは護衛の任務がありますでしょう?」
「大丈夫だよ。俺たち強いし」
「そうそう。ドラゴン・スレイヤー様がどれだけ強いかは知らないけど、ドラゴンを倒した時には他にも騎士や兵士が大勢いたって言うじゃないか。たまたま運良くラストアタック決めただけじゃないの?」
言ってくれるよ、全く。まあ、アイツらには分からないだろうけど、アリスの眉が怒りを抑えるためにヒクヒクしているので俺は満足だ。
「そうかも知れませんね」
「ところでドラゴン・スレイヤー様は荷物が少ないようですけど、食料は都度調達ですかぁ? 泣きつかれても我々に余裕はありませんよぉ。クックックッ」
「大丈夫。当てにしてませんので」
俺の荷物はカモフラージュのための小さなリュック一つ。アリスも同じで中には何も入っていない。いつでも送還してある家から取り出せるからだ。いわゆるアイテムボックスのように使うことが可能なのである。いざという時には驚くことだろう。
対して彼らは一様に大きめのリュックを背負っている。食料に着替え、野営道具なども入っているのだろうからかなり重そうだ。しかしさすがは商隊の護衛を担う者たちである。特に疲れた様子は感じられなかった。
俺を含めた傭兵は、交替で馬車に乗るということもなくずっと徒歩でついていく。盗賊や魔物、猛獣などに襲われた時に馬車に乗っていては対応が遅れるので当然のことだ。
アリスはあらかじめリシャール会頭に許可をもらってあるので、使用人たちと共に馬車での移動となる。会頭の馬車に誘われたが、さすがにそれは遠慮させてもらった。
なお、通常の馬車の速度は基本的に徒歩よりほんの少し速いだけで、大型の馬車はそれよりもさらに遅くなる。つまり徒歩とあまり変わらない速さだ。
だから雨が降って道が
そして"いざという時"は意外に早く訪れる。
「今夜は雨ですね、リシャール会頭」
雲行きを眺めながら番頭のマルクスさんが会頭の乗る馬車に駆け寄り、キャビンの外から声をかけた。すると小さな窓を開けて空を見上げた後、慣れた口調で会頭が指示を出す。
「野営地に着いたらすぐに雨対策を」
「かしこまりました。食事はどうなさいますか?」
「初日だから皆と共にと思っておったが、途中で降られたら目も当てられん。私はここで摂ろう」
「承知致しました。到着して準備が整いましたらお持ち致します」
次にマルクスさんは護衛の十三人全員に聞こえるように大きめの声を上げた。
「皆さん、どうやら今夜は雨になる予想です。バルバストル商会としては初日の夜は皆さんと食事を共にする予定でしたが、それは次の機会にさせて下さい」
「分かりました」
「構いません」
「我々も問題ありません」
三つのパーティーそれぞれのリーダー格の者が答えてから、俺に意地悪そうな目を向けてきた。そして番頭さんが離れたのを見計らってこんな言葉をかけてきたのである。
「ドラゴン・スレイヤー様、雨みたいですよ」
「それが何か? 俺にだって耳くらいありますから聞こえてましたよ」
「それはよかった。ところでまさか我々のどこかのテントに入れてもらおうなんて考えてるわけじゃありませんよね?」
「うちは四人でいっぱいいっぱいだから無理ですよ」
「あー、うちも申し訳ないですが余裕はありません」
「そっかー、残念だけど皆さんは自分たちで何とか出来るんですね?」
「「「もちろんっ!」」」
「心配しなくていいならよかった」
「「「はぁ?」」」
この時の彼らは知らない。いや、もちろん俺もだけど、事態は思わぬ展開を見せるのだった。
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