第十五話 王族のわがまま
予定より二日遅れで一行が立ち寄ったのは、イブールという宿場町だった。宿場町とはいっても王都モードビークから馬車で三日、およそ六十キロの距離にあるので二百人全員が泊まれるような宿はない。
ただしここを訪れたのは泊まるためではなく、食糧などの物資を補給するためだ。目的の野営地はさらに一時間ほど進んだところにある。
補給には二時間はかかるとのことで、待っている者たちはその間に昼食を摂ることになっていた。町の入り口の外に次々と天幕が張られ、使用人たちが手際よく支度を進めていく。
町からもパンや果物、肉を焼いたものを売りにきていた。彼らにとって王家の一行は、またとない臨時収入をもたらす金のなる木なのだそうだ。
もっともさすがにアルベール陛下やリリアン殿下の近くに寄ってくる者はいない。騎士さんたちががっちりガードしているのだから当然と言えば当然である。
ところで足止めを食った二日間は陛下たちの昼食も用意したが、本来は契約外だった。何故なら野営地であれば
陛下や俺たちの昼食はそれぞれの馬車に運ばれてくる。しかし初日はまだよかったが、ここで用意されるのは保存食を調理したものだ。我が家の食事に慣れてしまった舌には、贅沢はいけないと思いつつも
野営地で見たが、残念ながらあまり美味しそうではなかったのだ。
「というわけで陛下、私とアリスは失礼致します」
「待ちたまえ、ジャック・アレオン君」
「はい?」
馬車から降りて食事が運ばれてくるのを待っていた陛下と殿下、侍女さんたちに声をかけると呼び止められた。
「何故君たちは食事を断ったのかね?」
バレてたか。
「と、特に理由は……ねえ、アリス」
「え? ええ、ないわね」
「アリス、怪しいですわ。もしや二人だけで美味しいものを食べようなんて思っていませんわよね?」
「ま、まさか……ねえ、ジャック?」
「そ、そうですよ、殿下。だいたい町の人たちもいるのに家を召喚出来るわけないじゃないですか」
「ふむ。では二人はどこに行こうとしているのだ?」
「あー、もう、分かりましたよ! あそこの物陰までついてきて下さい」
仕方ないか。俺はアリスと陛下たち四人を伴って、天幕から死角になる木の陰に向かった。そして――
「サモンハウス!」
呼び出したのは少し大きめのテントに見える家だ。もちろんただのテントではない。中に入れば昨夜までの家と同じリビングダイニングがそのまま再現されている。
例のごとく認証パネルに触れてもらってから中に入った彼らは、嬉しさむき出しで満面の笑みを浮かべていた。
直後に陛下のご命令で、ファニーさんが食事の用意を断るためにいったん出ていく。
「陛下、お分かりだとは存じますが」
「別料金なのだろう? 構わんよ。いくらだ? 一人金貨十枚で足りるか?」
「いえ、そんなには……一人金貨一枚でお願いします」
「それで、何を食わせてくれるのだ?」
「昼食ですから一品ですよ。まあ、サラダくらいは付けますけど」
戻ってきたファニーさんと、マノンさんに声をかけて二人に手伝ってもらうことにした。本当はアリスとイチャイチャクッキングするつもりだったのに。
で、何を作るかというとミートソースパスタだ。ソースはレトルトを使うから手間いらず。麺を茹でてかけるだけ。これからとんでもない量を作らなければならないのに手間暇なんてかけてられるかっての。粉チーズはお好みでどうぞ。
手順を侍女さん二人に教えたら、後は食器を用意すればいい。ベーコンやピーマン、タマネギなどと一緒に下味を付けて炒めた方がより美味しくなるけど、知らない方が幸せということもあるのだ。そっちはアリスと二人だけの時のためにとっておこう。
簡単手抜きパスタだったが、結果は思った通り大好評だった。陛下は粉チーズにもはまったようだ。王女殿下とアリスがキャッキャ言いながらおかわりを重ねている。うん、楽しそうで何より。
もう好きなだけ食べてくれ。そう言えばパスタって腹持ちもいいはずなんだけど、この人たちの満腹中枢ってどうなってるんだろうね。
「ぱすたと言ったか。これはまた不思議な食べ物なのだな」
「みーとそーす? が美味しくて止まりませんわ」
「この麺というのは小麦から出来ているそうだな」
「はい。先日の焼きそばの麺も同じですよ」
「なんと!?」
「もちろん作り方は違うと思いますが、私は詳しく知りません」
小麦粉と水を混ぜてこねくり回してから叩きつけて伸ばすということくらいは分かるが、他に必要な材料なり細かなやり方なりは知らなかったのである。
それにしても、遠征なのにただの一回の食事すらがまん出来ないとなると先が思いやられるな。もしかしてこの先ずっと陛下の料理番をさせられる可能性も捨てきれないのではないだろうか。
やっぱりテントを見せたのは失敗だったかも知れない。このサイズなら王城の中でも呼び出せてしまうからである。命じられる前に何か手を考えなくては。
太ると言って脅す作戦もあまり功を奏しているとは思えない。リリアン殿下には言ってないが、陛下もアリスもあの時に絶望していただけで、全く気にしている様子が窺えないからだ。
と、そこで殿下が何かを思いついたように俺に目を向けた。
「ジャック・アレオン殿」
「はい、何でしょう、リリアン殿下」
「貴方、アリスと婚約なさっているのですわよね」
「仰せの通りにございます」
「そう。でしたら二人とも、私に仕えなさい」
「はい?」
「リリアン?」
「り、リリアン、何を申すのか!?」
「だってお父様、こんな美味しいものを食べてしまったら、もうこれまでのお食事では満足出来ませんもの。それにトリスタン殿下の許に嫁いでしまったら、簡単にはこちらに来られないでしょう?」
「だからと言ってだな」
「アリスと会えなくなるのも寂しいですし、でしたらジャック・アレオン殿とアリスを側仕えにすればいいと思いましたの。二人共召し抱えてしまえば婚約者同士が離ればなれにならずとも済みますし。ね、いい案だと思いませんか?」
「な、ならんぞ、リリアン。それではこの父がジャック・アレオン君の料理を食べられなくなってしまうではないか」
「あらお父様、娘の幸せとご自分のわがままのどちらが大切ですの?」
「そ、それは……」
殿下のそれもわがままでしかありませんから。しかしまさか殿下からお誘いを受けるとは思ってもみなかった。アリスは困惑しているみたいだし、俺も王族に仕えて縛られる生活は避けたい。
ここは本気で何とかしなくてはならないようだ。だが、意外にもあっさりと俺は解決策を思いついたのだった。
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