第十六話 成功を祈る
「あの、よろしいですか?」
俺はアルベール陛下とリリアン殿下の会話に割って入ることにした。アリスが不安そうな瞳を向けてかていたが、お陰で彼女からも殿下の申し出に従いたくないという意思が伝わってきたよ。
最悪彼女が望むなら、側仕えになるのを受け入れようと思っていたが杞憂だったようだ。
「お城の料理人になられるような方は、それなりに料理の腕に長けているんですよね?」
「うん? まあそうだな。料理長のパスカルはその道三十年以上のベテランだし、ここ十年は王国の料理人コンテストでずっと優勝を続けている」
「厨房の方たちも選りすぐりですわよ」
「ならよかった。その人たちなら、食べれば原材料から製法まで分かるのではありませんか?」
「つまりどういうことですの?」
「遠征から戻ったら試食して頂きましょうと申し上げております。報酬はそれなりに頂きますが」
「おお! その手があったか!」
「もちろん、秘密は厳守として下さい」
金額は聞かないのね。店に行ったら値段も確かめずにここからここまで、なんて買い方をするんだろうな。王族は店には行かないかも知れないけど。
ところがこのやり取りで、お姫様が勝ち誇ったように胸を張って言った。
「でしたら二人が私に仕えても問題ありませんわね」
王城で同じものが食べられるようになれば、陛下の"わがまま"は満たされると考えたのだろう。甘い、甘いですよリリアン殿下。
「いえ、帝国の料理人にも試食して頂きましょう」
「え?」
「殿下にはご無礼を申し上げますが、私もアリスもランガルド王国を離れるつもりはございません」
「何不自由ない暮らしを約束致しますわよ。もちろん二人きりで過ごせる時間も十分に与えて差し上げます」
「そういうことではないのですよ、殿下。陛下からお聞きになっていらっしゃるとは存じますが、私たちにはユゴニオでの仕事があります」
「ええ、ラバール卿のお店でしたわね。ご安心なさい。給金でしたら今の十倍差し上げますわ」
「リリアン、私たちはお金が欲しいわけではないの」
「まあ欲しくないわけではありませんが、それよりも大切な諸々があそこに、そしてこの国にあるのです」
「ジャック・アレオン君、そこまで我が国を……」
陛下、泣かないで下さいよ。
「アリスも同じですの?」
「うん。ごめんなさい、リリアン」
「仕方ありませんわね。親友を悲しませてまで命令するわけには参りませんもの」
「もっとも殿下はまずリヒテムス皇帝陛下やトリスタン皇子殿下に色々と約束を取り付けて頂く必要がございますが」
「それなら心配ありませんわ」
「「え?」」
「断られたり無体なことを申されたりしたら、私が嫁がなければいいだけの話ですから」
トリスタン殿下とリリアン殿下は政略結婚のはずだから、そんなことが許されるわけがない。しかしあろうことか陛下までも深く頷いている。
「そうだな。もしリヒテムス皇帝陛下がジャック・アレオン君たちを帰さないというなら、婚姻自体を白紙に戻そうではないか」
「は、はい?」
「むろん二人は絶対に帰国させるし、それが元で戦をするというなら受けて立つぞ」
「私もお父様に賛成ですわ」
おいおい、とんでもなく物騒な話になってるぞ。両国の料理人に試食してもらって製法を確立してもらえば万事丸く収まると思っていたのに、まさかこんなことになるとは想像もしていなかったよ。
「あの、私たちが帝国に行くのは殿下が嫁がれた後ですよね?」
「何を言っておられますの? 今回のお見合いで済ませるに決まっているではありませんか」
「「えっ!?」」
「だって私はもう、ジャック殿のお料理しか食べられないカラダになってしまいましたもの。嫁いでから交渉して、それからジャック殿の来訪を待ってなんて考えられませんわ」
「あの……」
「そうです、お父様!」
「うん?」
「いっそお見合いも取り止めましょう。私、ジャック殿に嫁ぎますわ」
「何だと!?」
「はい!?」
「リリアン、それはだめ!」
「あらアリス、私は何もジャック殿を独り占めしようなんて思ってませんわよ。貴女と二人で嫁げばよろしいではありませんか」
ランガルド王国は一夫多妻制が認められているが、俺は日本人だった頃の記憶があるから馴染めないんだよね。さらに僧侶だったこともあり、転生者として普通にハーレムを望むほど道徳心がないわけでもない。
まあ、こちらに来てから過ごした、前世の記憶を取り戻すまでの十八年間でかなり薄れてはいるけど。
それに出自はどうあれ今の俺の身分は平民だ。三番目の姫とは言え、一国の王女が降嫁していい相手ではない。
ところが陛下の様子がおかしい。待て、待って下さい。きっとその先は口に出してはいけないことのような気がするんですけど。
「なるほど、その手があったか!」
言っちゃったよ。
「本当はジャック・アレオン君をリリアンの婿養子にするのが最善ではあるが、王位継承権の問題があるからな。リリアンが降嫁するしかなかろう」
「お父様の仰る通りですわね。それに継承権争いに巻き込まれて万一にもジャック殿が殺されてしまったら元も子もありませんもの」
王位継承権なんていりません。全身全霊をもって拒否させて頂きます。
見るとアリスが俺の袖を掴んで、半分涙目になりながら必死に首を左右に振っている。安心してアリス、俺も同じ気持ちだから。もうこうなったら皇子と殿下の成婚を願うしかないだろう。本当に、心から。
「僭越ながら申し上げます」
「うん? 何かな、ジャック・アレオン君」
「陛下の王国が帝国に戦力で劣るとは思いませんが、一方的に婚約を破棄し悪感情を誘って戦になれば、被害を被るのは王国民ではないでしょうか」
「確かにその通りだな」
「それに対外的に理由のない婚約破棄は諸外国からの信用失墜にも繋がりかねません」
「それはそうですわね」
「私は約束さえ守って頂ければいくらでも協力を惜しみません。ですので殿下」
「何でしょう?」
「全力で説得をお願いします!」
とりあえずこれで最悪の事態は避けられるかな。避けられるといいなあ。
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