第十四話 部屋増える

 降り続いていた雨も昨夜遅くには止んでいた。ただあれだけの雨量だったので道が泥濘ぬかるんでおり、すぐには出発出来ないそうだ。


「早くても発てるのは昼過ぎか。安全を考えるならもう一日ここに留まった方がいいかも知れんな」


 旅への同行の報酬は王都の土地で決まっているが、延長分に関してはその限りではない。体調不良で急遽一泊することになったメアリーさんとキャシーさんに関しては請求するつもりはなかったが、元々の四人はその限りではないのである。


 一泊金貨二百五十枚、日本円に換算すると二千五百万円だ。それについて俺とアリスは昨夜のうちにどうするか話し合っておいた。


「陛下、報酬の件ですが」

「分かっておる。二日延びれば金貨五百枚、それにメアリーたちの分が二人で金貨百枚の合わせて六百枚であろう?」


「あ、いえ、あの二人については請求するつもりはございません」

「なんと! どういうことだ!?」


「はい。人命がかかっておりましたので」

「そうか。ではもう一日延長したとして、金貨五百枚だな」


「それもいりません」

「む? 代わりに何を寄越せと申すのだ?」


 そんな構えなくても……


「お話が早くて助かります。頂く土地を壁で囲って頂きたいのです」

「壁で囲う?」


「例えば私とアリスがどこかに旅行に行く際、この家を旅先で使うことになります」

「それはそうだろうな」


「ですが周囲からは家が突然消えたように見えてしまいます。さすがにマズいのではないかと」

「うむ、確かに」


「そこで家が消えても分からないほど高さのある壁で囲って頂きたいのです」

「なるほど、その費用を出せというわけか」


 壁の出入り口は表と裏の二カ所、頑丈な鉄製の扉を設置する。いずれは守衛さんを雇いたいところだが、ユゴニオで働いているだけでは給金の捻出までは難しいだろう。


「それと旅はまだ始まったばかりですから、再び足止めを食らうようなことがあるかも知れません」

「そうだな」


「その度に追加報酬のことを申し上げるのも心苦しいので、あらかじめ取り決めておくというのはいかがでしょうか」

「単純に延びた日数分を支払うのではないのか?」


「それでもよろしいのですが、一日金貨二百五十枚というのは少し気が引けるのです」

「ほう。値下げでもすると?」


「延長は一日につき四人で金貨百枚にさせて頂こうかと」

「なんと!?」


 この額もアリスと話し合って決めた。そもそも経費がゼロなのだから、一日延長するだけで金貨百枚に値下げしても一千万カンブルのぼろ儲けである。


 確かに料理をしたりと俺の労力はプライスレスではないだろうが、その辺りもリリアン姫の侍女さん二人に丸投げ出来るようになれば左うちわだ。


 実は俺の良心が痛むから延長分はタダにしようと言ったのだが、貴族には貴族のプライドというものがあり、無償は決してよいことではないとアリスが教えてくれた。


 言われてみれば覚悟を決めて家を捨てる前の十五歳までの俺は、そんなプライドの中で生きていたのだ。その頃を思い出してみれば、安易な値下げや無償化が貴族のプライドを傷つけると言われても納得出来る。


 それでも今回値下げという形を取ったのは、寛大な陛下への後ろめたさがあったからだった。


「あとですね、今後はメアリーさんのように病にかかってしまった方のために、玄関とは別の出入り口を作って救護室を設けようと思います」

「ふむ。部屋の方には入れないということだな?」


「はい。そちらの出入りでの認証は不要にします。病人に意識がない可能性もありますし、運んできた人も煩わしいでしょうから」

「そうだな」


「ただし、体力を消耗していればそこで休んでもらえますが、食事などは提供しませんので無償です」

「それはいかんぞ、ジャック・アレオン君。形はどうあれ病を治療するのと変わらんのだから、対価は要求するべきだろう」


「この旅では陛下か王国がお支払い頂けるのですか?」

「うむ」


「では金貨一枚でいかがでしょう?」

「完治するのだからそれでも安価が過ぎるが、まあよかろう」


 昨夜は発症しなかったが、メアリーさんから風邪をもらった人もいるかも知れない。そう考えた俺はいったん送還するために皆に外に出てもらい、改めて六床約十五坪ほどの救護室を備えた家を召喚した。


 玄関を入ると四メートルほどの廊下があり、奥の扉はリビングへ。専用の出入り口とは別に、廊下側からも右側の少し大きめの扉を開ければ救護室に入れる。むろんこの扉は認証を受けた者しか通れない。


 左側の扉は大浴場への通路に繋がっており、リビングからも行ける設計だ。洗濯機などもそちらにある。


 救護室を増やしたお陰で二階にも同じ広さの部屋が作れたため、そこは談話室として皆に解放することにした。


「本当にありがとうございました」

「もう大丈夫なのだな?」


「はい、陛下。ジャック様にも何とお礼を申し上げればいいか」

「気にしないで下さい」


「そんなわけには参りません。命を救って頂いたのですから」


「うーん、なら何か困ったことがあったら相談に乗ってもらうということで」

「もちろんです! その時はどうかご遠慮なく」


 メアリーさんとキャシーさんは昼食を摂ってから家を出ていった。料理と給仕を手伝ってもらったが、キッチンの設備を羨ましがってたっけ。


 結局その日は出発を見送ることになった。馬車が泥濘みにはまって身動きが取れなくなるのを防ぐためだ。


 それと俺はようやく気になっていた石碑のことを教えてもらった。あれが慰霊碑であることは間違いなかったが、魔物などに襲われて亡くなった人のためのものではなかったのである。


 なんと今回のメアリーさんのように旅の途中で病気になって置き去りにされ、亡くなった者の魂を鎮めるためのものだったのだ。道理で陛下の歯切れが悪かったわけだ。俺が元僧侶だと知っていたため、少々言いにくかったのとことだった。


 王国の権力の頂点に立つ陛下なのに、そんな気遣いをして下さったことには頭が下がる思いだったよ。


 そして翌朝、懸念していた風邪の感染者もなく、総勢二百人の一行は穏やかな陽射しの中、次の野営地に向かうのだった。

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