第五話 さあ、食え!

「何かな、ジャック・アレオン君」


 陛下に待てと言うなど、よほどの理由がない限り俺の身分では即不敬罪に問われても文句は言えない。しかしこれはどうしても必要なことだった。


「申し訳ありません。あのままですと陛下のお部屋がございませんので、改めて家を召喚し直させて頂きたく存じます」

「召喚し直すとな?」


「はい。一度あれを送還して、陛下のお部屋を備えた建物を召喚させて頂きます」

「なんと! そのようなことが出来るのか!?」


「はい。私の考えと致しましては、あれの上に階を増やし、それを丸々陛下のお部屋としてお使い頂ければと」


「うむ。そうなると一泊金貨五十枚では足らぬな。倍の百枚でよいか?」

「陛下のお心のままに」


 そして送還、召喚の光景を見た両親とリオネル閣下以外の、兵士たちを含む一同が息を呑んだのは言うまでもないだろう。


 これまでの一階がリビングダイニングと広めの風呂場、二階に寝室四室の4LDKに加え、三階に国王陛下専用室を備えた5LDKの家が姿を現した。いや、まあ実際はスッと消えてパッと現れただけで、何かの確定演出みたいなものがあったわけではない。


 すぐに玄関横の手のひらサイズの四角い出っ張り、登録パネルに触れて各人に登録してもらい、扉を開けて中へと案内する。後ろで不安げに見守っているノイマンさんが気の毒だったが、宿泊代の支払いを拒んだ以上は仕方がないだろう。


 いつの間にか一人一泊金貨五十枚というのが相場になってしまったようだが、これは断じて俺のせいではない。


 元々はその十分の一の金貨五枚、五十万カンブルでも高いと思っていたのだ。しかし両親とリオネル閣下が勝手に決めた額なのだから、値下げする必要はないと思う。ありがたく頂戴し、いずれ王都に買うつもりの土地代に使わせてもらおうではないか。


「な、何だこれは!?」


 陛下の第一声は父上と全く同じだった。


 ただここで俺は酔って風呂に入れなくなるなどという昨夜の轍を踏まないように、陛下にはまず風呂に入って頂くことにした。その案内を父上とリオネル閣下に任せ、母上も風呂に行ってもらって俺はアリスと共に夕食の準備に取りかかる。


 今夜は陛下もいらっしゃることだし、料理でも度肝を抜いて差し上げたい気分だ。さて、何にしよう。


「枝豆とから揚げじゃないの?」


「ああ、それもいいんだけど、同じ物ばかりだと飽きるでしょ?」

「あれは多分飽きないと思う!」


 ふんす! とガッツポーズのアリスが可愛い。


 どうせならこっちの手間があまりかからず、且つ大量消費に耐えられて野菜もたくさん摂れるメニューはないかと考えてみる。


「お好み焼きにしよう!」

「お好み焼き?」


「アリス、冷蔵庫からキャベツ、このくらいの丸っこい薄緑の野菜出して」

「これ?」


「そう。それをこのまな板に乗せてこんな感じで細かく切って……」


 お手本で俺がまな板の上で包丁を走らせる。大きめのボウルにあけて、追加であと二つほどキャベツのみじん切りをアリスに任せた。


 豚バラ肉はパックから出して適当な大きさに手で千切る。お好み焼き粉を水に溶いて卵やら何やらの具材を放り込めばいいだろう。


 これだけ何でもかんでも揃っていると逆に呆れてしまいそうになる。しかも女神様から聞いたところによると、食材は賞味期限がくる前に自動的に入れ替わるというから驚きしかない。


 ホットプレートは二人で一台かな。六人だから三台用意すればいい。ひとまず陛下たちが風呂に行ってる間に、俺とアリスの分を焼いてみることにした。


「こうやって油ひきで油を広げたらまずお肉を何枚か敷いてね」

「うん」


「その上にボウルからキャベツとお好み焼き粉と卵を混ぜたのをこのくらい被せるんだ」

「けっこう適当? たくさん被せちゃだめなの?」


「あまり大きくするとひっくり返す時に失敗するからさ。それに焼いては食べ、焼いては食べを繰り返した方が焦げなくて済むし」

「なるほど、そうなんだ」


「あとはお好みでそこの揚げ玉を入れたりね」

「ふーん、なんか美味しそう」


 頃合いを見て一枚ひっくり返したら、二枚目は自分でやりたいと言うので彼女に任せてみる。うん、失敗したね。まあ、最初はそんなモンだよ。


「うー、なんか悔しい」

「あはは、崩れた方は俺がもらうね。そろそろかな。もう一度ひっくり返して……よっと! あとは少し上から押さえて……」


 平べったく伸ばして、マヨネーズとソースを塗っていく。ソースが垂れると一気に食欲をそそる香りが部屋に広がった。


「やだ! 何これ! がまん出来ない!」


「そこのカツオ節とか青のりは好きにかけて。好みもあるからあんまりかけ過ぎないで、とりあえず一口で食べられる分だけかけてみるといいよ」

「もういいの?」


「うん。その小さいヘラでこんな感じに切りながら食べるんだ。熱いから火傷に気をつけてね」


「は、はふっ! はふっ! んー! 美味しい!」

「うん。まあまあかな」


 具材がキャベツと豚肉と卵だけのシンプルなお好み焼きだ。それでもそこそこ美味いから不思議である。シーフードミックスを使う手もあるが、まずは基本で楽しんでもらおう。


「なんだ、この腹が空く匂いは!?」

「むむ!? それは何だ!?」


 陛下と父上が風呂から戻ってきた。後ろにはリオネル閣下もいるから、三人仲良く出てきたというところだ。ちなみに皆浴衣姿である。母上はもう少しかかりそうかな。


「陛下、お湯はいかがでしたか?」


「うむ。大変に満足した。ぼでぃーそーぷとしゃんぷーとやらには驚かされたぞ」

「ジャック、それよりお前たちが食べているそれは何だ?」


「お好み焼きと言います。作り方を教えますので、自分で焼いて食べて下さい。あ、ビールも出しますね」

「自分で焼く?」


「自分で焼いて、焼きたてをアツアツで食べるのがお好み焼きの正しい作法なんです」


 こう言えば焼きを任されることもないだろう。もちろんお好み焼きの食べ方に正しいも間違いもない。


 そうして大きなボウル三つにたっぷりお好み焼きのタネと、豚バラ肉を用意してからアリスに教えたのと同様の手順を踏む。一番ノリノリなのが国王陛下だったのが笑えたよ。


 しかしさすがは一国の国王、一度でひっくり返しを成功させていた。父上とリオネル閣下はまあ、あれだ。二人の名誉のために結果は伏せておこう。


「美味い! 美味いぞ! これは美味い!」


 陛下が熱さに目を白黒させながらも、初めて口にしたお好み焼きを絶賛してくれた。普段は毒見の後とかで温かい物すら食べられないだろうから、それだけでも美味しく感じるのかも知れない。


 その後は途中から母上も加わって、リビングは大盛り上がりとなっていた。

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