第六話 食べ過ぎはよくありません

 あれだけ具材を用意しておけば十分だろうと、俺とアリスは風呂に入ることにした。母上に冷蔵庫の開け方を教えてきたから、ビールの追加も問題ないはずだ。


 それ以外の庫内の物はすぐに食べられる物ばかりではないため、気になってもとりあえず手をつけないようにと言っておいた。


 三十分ほどしてアリスより先に風呂から戻ってきたのだが、驚いたことにすでにお好み焼きのボウルはほとんど空になっていたのである。俺もアリスももっと食べたかったのに。


「あれ、もうこんなになくなってしまったのですか?」

「いやあ、ジャック・アレオン君。このお好み焼きというのは実に美味いが、少し飽きてきたところだ」


 食い尽くしてから言うことかね。もちろん陛下のお言葉に対してそんなことを言えるわけがない。そしてまだ食べるつもりらしい。本当にこの世界の人たちの胃袋はどうなっているんだろう。ビールも何本空にしてるんだか。


 もうこうなったらアレしかない。


 俺は四人に少し待つように言ってから、新たにキャベツなどの野菜と豚バラ肉をほぼ一口サイズに切っていき、シーフードミックスをレンジで解凍した。


 そして取り出したのは焼きそばである。赤くて丸い顔ちゃんのマークの、ソースがついたアレだ。


 肉、キャベツ、ニンジン、ピーマン、もやし、シーフードミックスなどの具材を炒め、麺を乗せて水をかけたらしばらく蒸し焼きにする。そろそろいいかというところで麺をほぐして他の具材と絡め、ソースをかけてまた混ぜる、混ぜる。


「出来ました。カツオ節と青のりは先ほどと同様にお好みでどうぞ」

「こ、これはまた……!」


「美味い! これも自分で焼けばよいのか?」

「はい。具材も適当に使って下さい」


「ジャックちゃん、あなた天才よ!」

「ジャック君、これらを店で……」

「残念ながら、申し訳ありません」


「えっ!? なになに!? 何食べてるの!?」


 そこへアリスが戻ってきた。用意してあった猫ちゃん柄のパジャマに着替えていたがよく似合っている。


「アリス、お帰り」

「うん、ただいま。じゃなくてそれ何?」

「焼きそばっていうんだ。今作るね」


 しかしがまん出来なかった彼女は、なんと陛下の分に手を出したのである。もちろんヘラではなくフォークでだ。箸はさすがにまだ早いからね。


「こ、こら、アリス!!」

「はむ?」


「陛下、申し訳ございません!」

「よいよい。ジャック・アレオン君、まだあるのだろう?」


「は、はい、もちろんです!」

「先ほどのお好み焼きとは違って皆で突いた方が楽しそうではないか」


「さすがは陛下、焼きそばの作法とはまさしくそれございます」

「そうか! ほら、遠慮なく皆も食え」


 アリスを救うためとは言え、俺は新たに焼きそばの作法なるものをでっち上げてしまった。まあ、そんなことをしなくても陛下がお怒りになる様子はなかったが、確かに皆で食った方が美味いからな。


 そして焼きそばを焼く、焼く。具材がなくなれば追加で切る。揚げ玉を足す。そんなことを繰り返して、焼きそばの玉は数え切れないほど消費されていった。


 翌朝の朝食はプレーンオムレツとサラダ、そして新兵器は悪魔のハムチーズトーストだ。もちろん普通にバターも用意したが、ハムチーズトーストの破壊力に抗えるはずがない。


 ケチャップやピザソースがなくても、それだけで美味いのだ。


「ただ具を乗せて焼いただけのパンが何故これほど美味い!?」


「ジャック! こんな物を食べさせられたら他の物が食べられなくなるではないか!」

「けしからん! 実にけしからん!」


「ジャックちゃん、これだけでいいから毎朝食べさせてくれない? お願いよー!」


「じゃ、ジャック。私は毎朝いいわよね?」

「ずるいぞ、アリス!」


「えー、皆さん。ハムチーズトーストを大変気に入って頂けたようですが、特に母上とアリスの女性二人には悲しいお知らせがあります」

「「な、なに?」」


「そのトースト二枚で、昨夜のお好み焼き一枚分ほどのカロリーがあるんです」

「かろりー?」

「何それ?」


「この世界ではどうか分かりませんが、お好み焼き一枚で日本の女性が一日に摂るべき三分の一のカロリーを含んでます」

「「つまり……?」」


「毎日食べると太りますよ、間違いなく」


 まあ、あれだけお好み焼きと焼きそばを食べたんだから、今さら感は半端ないのだが。


「太る……」

「いやぁぁぁぁっ!!」


「母上もアリスもすでに五枚も食べましたよね。加えてオムレツも三つ」


「だ、だってパンはサクサク、オムレツはとろりで……」

「ジャックちゃん、どうして先に言ってくれなかったのぉ!」


「はっはっはっ! 女子おなごは難儀よのう」


「何を仰せです、陛下。男性陣とて笑ってはおらませんよ」

「ん?」


「陛下も父上もリオネル閣下も、お腹が出やすいお年頃ではありませんか?」


「な、何だと!?」

「そんな……」

「うぅ……言われてみれば確かに……」


「それにですね、食べ過ぎは健康にもよくありません」

「し、しかしだな……」


「まあ、出した私が言うのもアレなんですが、皆さんにはこの言葉を贈らせて頂きます。それは……」

「「「「「それは?」」」」」


「腹八分目」

「「「「「はらはちぶんめ?」」」」」


「もうちょっと食べたいな、というところで止めるのが潮時、健康にもいいということです」

「それも元僧侶としての説法かね?」


「あ、いえ、そういうわけではありませんが陛下、私のいた日本には腹八分目に医者いらず、という言葉があるんです」


 実はこれには続きがあって、腹六分目で老いを忘れる、腹四分目で神に近づくとなる。まあ、そこまでは言わなくてもいいだろう。


「健康を保つ秘訣なのだな?」

「そうですね」


「よし、城に帰ったら布令ふれを出そう」

「はい?」


「我がランガルド王国民は、はらはちぶんめを是するとな」


 王国民の皆さん、余計なこと言ってごめんなさい。

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