第七話 金貨五千枚の代わりに

「ジャック・アレオン君、この家についてだがな」


 真剣な表情のアルベール国王陛下が、朝食を終えて少ししたところで俺に話しかけてきた。


「何でしょう?」

「どこでも呼び出せるのか?」

「はい。空き地さえあれば」


「ふむ。近々は隣国、バルナリア帝国に赴かねばならん」

「はあ」


「バルナリア国境までは馬車で十日、そこから四日かけて帝都アラビスブルグにある帝城ゴフィアに向かうことになる」

「そうですか」


「その旅に同行せんか?」

「はい?」


「この家の利用者は私と三番目の娘リリアン、リリアンの侍女二名の合わせて四人だ。侍女には雑用をさせても構わん」


 バルナリア帝国の皇帝はリヒテムス・ゴフィア・バルナリア陛下。旅の目的は帝国との同盟をより強固にするため、あちらの第一皇子トリスタン・テレジア・バルナリアに第三王女リリアン殿下を嫁がせるためのお見合いとのことだった。


 その道中の野営で召喚した家を利用したいというわけだ。バルナリア帝国領に入ってからは現地の宿を使うが、俺の分も用意してくれるのだという。


 余談だが、お見合いとは言っても形だけのもので、実際にはすでに婚約が成立しているとのことだった。


「あの、私には仕事が……」

「ラバール卿、構わんな?」

「はっ! 陛下のご命令とあらば」


「陛下、私も一緒に行ってはいけませんか?」

「なっ! アリス?」

「父上は黙っていて下さい」


「ああ、そうだな。往復だけでおよそ一カ月、あちらにも二日間は滞在せねばならんから、それだけの期間二人を引き離すのも無体というもの。よいぞ」

「陛下、ありがとうございます!」


「それでな、ジャック・アレオン君。余の部屋が一泊金貨百枚、娘と侍女二人の三人で一泊金貨百五十枚、合計で一泊金貨二百五十枚となるが……」

「侍女さんにも一部屋ずつですか?」


「嫁げば娘と共に帝国に行かねばならん身だからな。少々の贅沢はさせてやろうと思う。でなければ娘も納得せんだろうし」


 きっと最後の理由が最も大きいのだろう。


「往復で二十泊とすれば金貨五千枚ですね」

「聞いていた通り、計算が早いな」

「もったいないお言葉にございます」


「うむ。この旅には護衛兵や輸送隊、使用人なども入れると総勢二百人ほどが同行する」


 国王と姫君が隣国に向かうのだから、そのくらいの規模にはなるのも頷ける。その人たち全員が泊まれるホテル規模の建物も召喚出来るけど、ここで言うのはやめておいた方がいいよな。


「つまり予算がかかる、と仰せなのですね?」

「察しがよいのは助かるが、何か金貨以外で埋め合わせは出来ぬものかと思ってな」


「陛下、よろしいですか?」

「うん? アリス嬢、何かな?」


「ジャックと相談したいのですが」

「ああ、許そう」


 俺はアリスに腕を引かれてリビングを出ると、彼女がコソコソっと耳打ちしてきたのである。


「え、マジに言うの?」

「ダメ元よ。でも陛下なら何とかなるんじゃないかと思うわ。金貨五千枚を払わなくて済むんだから」


「確かに大きいだろうけど……」

「実際にはどのくらい経費ってかかりそうなの?」


「うーん、家の中にある物は正直タダ」

「へ?」


「食材も水もお湯もね。もちろんお酒もタダ」

「うそ……」

「強いて言えば料理を作る俺の手間賃かなあ」


 電気代もガス代も対価を求められるわけではない。どういう仕様なのか分からないが、冷蔵庫の中身を取り出してもドアを閉めて開ければ復活しているのだ。それに欲しい物は思い浮かべれば補充されている。


「それってボロ儲けじゃない」

「アリスだから教えたけど、このことは絶対に秘密だからね」


「当然よ! それじゃ、断られたら国王陛下お値引きの金貨三千枚ってことでどう?」

「そうだね。それでも十分ぼったくりだけど」


 再びリビングに戻ると、陛下が困り眉で俺たちを見ていた。イケオジの困り眉って、けっこう需要がありそうだな。


「ど、どうだ? 少しは融通を効かせられそうか?」

「陛下、条件次第で金貨は頂きません」


「な、なに!? 真か!?」

「はい」


「申せ! 条件を申せ!」

「王都に土地を頂ければ」

「土地? 領地ということか?」


「いえいえ、この家が建てられて少しの庭のスペースを確保出来れば十分です。ユゴニオに通える範囲でお願いしたいです」


「むう……城の敷地内でも通えるとは思うが……」

「それはご容赦下さい」


「だろうな。そうなると内務卿に確認する必要があるか。数日待てるか?」


「もちろんです。出来るだけユゴニオに近いと助ります」

「分かった」


「陛下、よろしいですか?」

「ラバール卿、どうした?」


「ジャック君、我が王都邸の土地ではいかんか?」

「なっ!? ラバール卿、それはずるいぞ! ジャック、このままここに建てておくというのは……」


「「父上」」

「「ん?」」

「「却下です!」」


 俺もアリスも親のすぐ近くに住みたいと思うわけがない。陛下の申し出すら断ったのに、そのくらい察してほしいものだ。


「ベルナール卿もラバール卿も、それは余も許さん」

「何故です、陛下?」

「解せません」


「余が利用するたびに其方らの邸を訪れねばならんのは色々とマズいだろう?」

「うーむ、確かに」

「言われてみれば……」


「いやいや、ちょっと待って下さいよ。私の身分は平民ですし、アリスもラバール伯爵家の令嬢であることは公にしてません。その私たちが住む家に国王陛下が訪ねてくるなんておかしくないですか?」


「陛下、ご身分をお考え下さい」

「私たちは親子ですから問題ありませんな」

「ぐぬぬ……」


 その後、渋る全員を追い出してから家を送還し、俺はアリスと共に職場に向かうのだった。

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