第八話 大浴場がいいのか

「リリアン、彼がジャック・アレオン君だ。何度か会っているが覚えているかな? アリス・ラバール嬢は言わずもがなだが」


「はい、お父様。ですがジャック殿はベルナール伯爵家の方だったと記憶しておりますが、アレオンという家の養子になられましたの? 聞いたことのない家ですけど」

「色々とワケありでな」


「お久しぶりです、リリアン王女殿下。アレオン家は貴族家ではありませんので、ご存じないのも当然かと」

「まあ、そうですの?」


「はい。ですから身分は平民です」

「まあ」


「お久しぶり、リリアン」

「え? ああ、お久しぶりですね、アリス」


 俺の境遇に興味を持って何か聞きたそうにしていたリリアン殿下を、アリスがうまく遮ってくれた。別に隠すつもりはないが、こんなところで立ち話をしていると出発が遅れるばかりである。


 話なら道中いくらでも機会があるだろうから、その時にすればいい。ちなみに殿下はアリスと同じ十九歳で、同い年ということもあり幼少期にはよく一緒に遊んでいたとのことだった。お陰で立場上なかなか会えなくなった今も、互いを呼び捨てにする仲らしい。


 俺の方は父上に連れられて王城を訪れた際に何度か顔を合わせた程度だった。だから彼女が俺のことをベルナール家の子息ということまで覚えていたのには、正直驚かされたよ。


 ちなみにこのお姫様、すでに他国に嫁いだ二人の姉と違ってかなりの箱入りなのだそうだ。その分好奇心が旺盛で、疑問に思ったことはすぐにでも確かめずにはいられない性分とのこと。アリスからの前情報である。


 容姿はこれぞまさしくお姫様という雰囲気である。ウェーブのかかった肩の下辺りまでのブロンドヘアと卵形の輪郭、サファイア色の美しく大きな瞳が愛らしい。身長はアリスより少し高いくらいだが、四肢は細く指がしなやかで長い。胸は控えめとだけ言っておこう。


 そこに陛下の側近のノイマンさんがやってきた。


「陛下、全ての準備が整いました」

「うむ。では我々も馬車に乗るとしようか」


「お父様、私、アリスたちと同じ馬車に乗りたいのですけど」

「うん?」


「なりません姫様。陛下の馬車にお乗り下さい」


 ノイマンさんの言うことはもっともである。何故なら俺たちが乗る馬車と王族の馬車では、広さや豪華さも然ることながら強度が段違いなのだ。


 それに殿下がこちらに乗ると、侍女さん二人もついてくることになる。それで窮屈になるようなことはないが、さすがに俺が息苦しい。もちろんそんなことは言えないから、ここはノイマンさんにがんばってほしいところだ。


 そうそう、旅への同行の報酬として王都の土地を要求した件は、条件に合うところを提供してもらえることになった。ただし場所はいくつかの候補から検討中とのことだ。


「あらノイマン、どうしてですの?」

「王族方の馬車は特別製となっております。安全のためにもそちらにお乗り下さい」


「嫌よ。それでは何かあった時にアリスが危ないじゃない。私が乗る馬車の護衛兵を増やせば済むことだわ」

「ですが姫様……」


「お父様からも仰って下さい」

「いや、お前がいなくなるとがノイマンと二人だけになってしまうではないか」


「それは気の毒に思いますけど」

「姫様ぁ、あんまりですよぉ」


 殿下は意外と辛辣だな。まあ、それだけノイマンさんと親しいということなのだろう。


 で、結局どうなったかというと、世の父親の多くがそうであるように陛下も娘には敵わなかった。つまりは俺とアリスの馬車に殿下と侍女さん二人が乗り込むことになったのである。


 護衛兵の数も、当初の四人に加えて二十騎の騎兵が増えていた。仰々しいったらありゃしない。まあ、馬の足音が近くで聞こえる他は、キャビンの中にいるから気にするほどのことでもないけど。


 ちなみに一行が王都の城壁から出るまでは、多くの民衆が声援を送ったり手を振ったりしていた。彼らはこの行列の目的が、リリアン殿下とバルナリア帝国の第一皇子とのお見合いであることを知っているからだ。


 そして王都を出て六時間ほど進んだところで、最初の野営地に到着した。辺りはまだ陽の光が残っているが、夕方なので薄暗くなってきている。


 兵士たちは手分けしてテントを張り始め、使用人たちは夕食の準備に取りかかっていた。ところで野営地の片隅にある石碑のようなあれはなんだろう。


 そんな疑問も陛下に急かされて、家召喚サモンハウスのイメージを固めているうちに忘れてしまった。


「陛下のお部屋は先日と同じ最上階で、リリアン殿下のお部屋の隣に侍女さん二人のお部屋二つと。俺とアリスは同室でいいから全部で五部屋か」

「この前と同じでいいんじゃない?」


も問題ないぞ」

「えっと、何の話?」


 陛下は娘を驚かせたくて、家召喚のことは彼女には内緒にしていたそうだ。だから殿下も侍女さんたちもこれから起こることを知らない。


 兵士と使用人の皆さんにはノイマンさんから伝えられていたが、それでもきっと驚くに違いないだろう。


「それじゃ出しますか。サモンハウス!」


「おお!」

「キャッ!」

「「ふえ?」」


 そして今回も認証登録を済ませ、アリスを含めた五人を中に案内する。なお、アリスに関しては都度登録をしなくても済むように、無期限利用者として登録しておいた。


 初見で驚かれるのももう慣れてしまったので、軽く流してからまず皆さんに入浴を勧める。ただし俺も一緒に行くと陛下と入ることになるので、一人で室内の露天風呂を利用することにした。


 それにしても各部屋に風呂があるのに、皆大浴場が好きだよな。

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