第九話 金貨、ゲットだぜ!
リリアン殿下の侍女はファニーさんとマノンさんの二人。双方とも殿下の一つ年下の十八歳で、双子の姉妹なのだそうだ。
姉のファニーさんはダークブラウン、妹のマノンさんはライトブラウンの髪で、眉毛もそれぞれ同じ色だが他に見分ける術がないと言えるほどにそっくりだった。まあ髪の色が違うのだから、そうそう間違えることもないだろう。
髪型は二人お揃いで肩の下までのストレート。丸い輪郭と大きくアメジストのような紫色の瞳が実年齢よりも若く感じさせる。身長はマノンさんの方がわずかに高いようだが、並んでもらわなければ差には気づけないだろう。
黒の膝丈のメイド服を着ていて、キャビンの座席に座った時は白いストッキングの膝が顔を出していた。
そんな二人に食事の用意を手伝ってもらう。もちろんアリスもいるが、出来れば俺はこの長旅の間にいくつかの料理を仕込んで楽をしたいと考えていた。
そのために今回召喚した家のキッチンは少し広めにしておいたのだ。ちょっとした料理屋の厨房くらいの規模である。
「ジャック、それで今夜の献立は?」
「カレーを作ります」
「かれー?」
「「……?」」
「最初はちょっと色に驚くかも知れないね。でも日本人でカレーが嫌いな人はあまりいないと言われているほどの国民食なんだよ」
「そうなんだ」
「本格的なのは
「「「るー?」」」
「カレーの素だね」
ルーはリンゴとハチミツがとろり溶けてるやつだ。市販のカレールーの中では甘い部類だが、辛いのが平気かどうか分からないので、一応甘口と中辛、それから二つを混ぜたものを作ることにした。
一箱で十二皿分作れるから、一人十皿食べると仮定すると俺を除く五人で五十皿。足りなくならないようにするのとキリのいいところ、加えて二日目のカレーに屈服してもらうために、一つの味につき三箱開ければいいだろう。
これで百八皿分。ちょっと多いか?
ファニーさんとマノンさんはアリスと一緒に肉や野菜を切ってもらう。牛肉でもいいが、あえてここは豚肉にしてみた。タマネギはあめ色になるまで炒めるので極力薄く、他の野菜は一口サイズを基準にわざとバラバラにと指示を出す。
その間に俺は大きな容量五リットルの寸胴鍋を三つ並べて油を引き、まずはタマネギを炒め、あめ色になったら肉を足して焼く。肉に火が軽く通ったら野菜を放り込んで適当なところで水を入れて煮込むという流れだ。
併せてビールのつまみに枝豆も茹でておく。
しかし若いとはいえさすがは王女殿下の侍女さんたちだと思った。包丁の使い方もすぐに慣れて、何年も料理をしているような手際で食材を捌いていく。アリスも負けじとがんばっているが、早さでいうと倍くらいの差をつけられていた。
リリアン殿下は興味津々でその様子を眺めていたが、刃物を扱っていて危険なので離れてもらう。夕食まではまだ二時間くらいあるし、それならということで護衛を従えて外の人たちを労ってくるそうだ。
その辺りはさすが、上に立つ人物だよね。
「煮だったらアクや浮いた油をオタマですくって捨てて下さい」
「アクとはなんですか?」
「この細かい泡みたいなのです」
「これを捨てることに何の意味があるんですか?」
「簡単に言うとアクは美味しくない成分なので、丁寧に取り除けば取り除くほど料理が美味しくなります」
「「そうなんですか!?」」
二人はこれまでも料理をしたことがあったが、アクは出てても捨てたりすることはなかったそうだ。そもそもそれをアクと呼ぶことさえ知らなかったらしい。
「大発見かも知れないわよ、マノン」
「ファニー姉さん、帰ったら色々試してみましょう」
「そうね、そうしましょう」
「あとは一時間ほど煮込みますので、適当にかき混ぜて下さい。一時間経ったらこのルーを放り込んで、焦げつかないようにまたかき混ぜて頂きます」
「何だか色が……」
「出来上がったカレーもこんな色ですが、食べたらきっと病みつきになりますよ」
「でもこれって……」
「アリス、そこから先は口に出してはいけない言葉だ。日本ではそれで毎年何人もの人が処刑されてるから」
もちろんデタラメである。
炊飯器は米一升、十合炊きのものを三台用意した。腹八分目を勧めはしたものの、あの食欲をそそる匂いには絶対に抗えないと思ったからだ。計算通りなら一度の炊飯で足りるか足らないかギリギリのところである。
もっとも足らなければ改めて炊けばいいし、残れば二日目のカレーという必殺兵器に使うだけである。
二日目のカレーが美味いのは、肉や野菜から溶け出すうま味成分が増えるからだ。だからカレーは余ることを見越して多めに作った。余るよな。
そうしていよいよカレールー投入の時がきた。適量は鍋に蓋をしない状態で二箱半。しかし大量に作るわけだからひとまず鍋一つにつき三箱を投入する。薄ければルーを足せばいいし、濃ければ薄めればいい。
ルーが溶けると、とたんにあの空腹感を増長させる匂いが部屋中に広がっていった。これに釣られて陛下が部屋から出てリビングに降りてきたほどである。
「何という……ジャック・アレオン君。
「陛下、もうすぐですのでお待ち下さい。アリス、陛下とビールでも飲んでたら?」
「いいの?」
「枝豆も出来てるでしょ?」
「うん! ばっちり!」
「ははは、あんまり食べ過ぎないようにね」
「わかったぁ! 陛下、ビールと枝豆です」
「おお! ビールか! 飲もう飲もう!」
「何ですのこれ、何の匂い?」
リリアン殿下が戻ってくると、カレーの匂いにキッチンへ寄ってきた。だが、その匂いの元を目にした瞬間に顔をしかめてしまう。
「ま、まさかそれって……!?」
「あ、リリアン! それ以上言ってはダメ! ジャックの元いた世界では言ったら死罪なんだって」
「し、死罪!?」
「そう。だから私たちはジャックを信じるしかないの」
「おいおい、酷い言われようだな。それでは殿下、もし殿下がこれをお食べになられておかわりされたら、一皿につき金貨一枚頂けますか?」
「面白いですわね。ですがきっと一口頂いたら……あまり気は進みませんが……」
言ってろ言ってろ。
「どれ、そんなに見た目が悪いのか……ジャック・アレオン君、こう言ってはなんだがそれは本当に人の食べ物なのかね?」
「陛下も、一皿おかわりにつき金貨一枚、挑戦なさいますか?」
「はっはっはっ! はらはちぶんめだ。ビールも枝豆もあるしな、余の分は半皿でも構わんぞ」
「では陛下は半皿ごとに金貨一枚ですから、一皿なら金貨二枚ですね」
ニヤリと笑う陛下に、俺は心の中でほくそ笑むのだった。
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