第十話 カレーの破壊力
「ではまず、味見でカレーの味を知ってるファニーさんとマノンさんからどうぞ」
リリアン殿下がビールと枝豆に周囲の目を気にすることなく夢中になっていたのを止め、メイド服姿の二人の侍女さんが各人の前にカレーライスを並べた。陛下の分はご飯もカレーも少なめにしてある。
とりあえず福神漬けやらっきょうなどの薬味は添えていない。しかし陛下も殿下もアリスまで、目の前に置かれた皿を見てしかめっ面になっている。
ちなみに一皿目は甘口と中辛のルーを合わせたものだ。これで味の好みを聞いてみればいい。
俺が教えた通りにスプーンでカレーライスを口に運んだ侍女さんたちは、目を見開いて言葉を失っていた。味見はカレールーのみだったから、ご飯との合わせは実は初めてなのである。
カレーはルーだけでも美味いが、ご飯と一緒に食べてこそ真価を発揮するのだ。もちろんナンもありだが、今回使った製品にはやはりライスが一番だろう。
「んぐっ! はふっはふっ!」
「んんんっ! はうっ!」
「ど、どうなんですの、二人とも!?」
「美味いのか? 早く申せ!」
「お、ほ、お!」
「僭越ながら姉に代わりまして。私は未だかつてこれほど美味しい料理を食べたことがございません!」
「さ、陛下も殿下もまずは一口。アリスも食べてみて」
「な、なんだこれは!? なんなんだ、これは!?」
「うそ……美味しい……な、何故ですの!?」
「やだジャック、本当にこれ美味しい!」
「ジャック・アレオン君、どうしてこれっぽっちしかよそわないのだ!? おかわりだ、おかわり!」
三人が揃って差し出した空の皿を、侍女さん二人が受け取ってカレーライスを乗せてくる。その後二人もおかわりして、俺以外の全員が三皿平らげた頃に俺はおかわりを待ってもらった。
「なんだ、どうして待たせる?」
「申し訳ありません。味が違うカレーがありまして」
「なんだと!?」
「どういうことですの!?」
「甘いのと辛いのだったわよね?」
「なに!? これよりも辛いカレーがあるのか!?」
「甘いのがありますの!?」
「では陛下は辛い方、殿下は甘い方でよろしいですか?」
「うむ」
「ええ」
アリスは同じ味でいいようだ。俺は陛下と同じ中辛にしようかな。それほど違いはないだろうけど、あの製品は俺には甘過ぎるんだよね。
そんなこんなで最終的にご飯は五升が消費され、カレーは甘口が一番多く余った。甘口と中辛を合わせたものと、中辛の減りは同じくらいだ。
「陛下は十一皿と最初の半皿、殿下は合計十皿です」
「「うっ……」」
「まさかこんなことに……」
「最初の一皿目を除いた分はおかわりですから、陛下からは金貨二十二枚、殿下からは金貨九枚を頂くことになります」
「「……」」
アリスは八皿、侍女さん姉妹は共に七皿だった。カレーライスの魔力、恐れ入ったか。てか俺も何故か五皿も食ってしまった。いつもなら一皿、おかわりしたとしても二皿で十分だったはずなのにおかしい。
それはさておき、実は彼らにはまだ余力があったようなのだ。食事中にぽろっと二日目のカレーの話をしたとたん、皆がおかわりを止めたのである。ファニーさんとマノンさんが七皿と少ないのは、おかわりを捌いていたからに過ぎない。
結果的に腹八分目になったってことだろうか。
「しかし驚いたぞ、ジャック・アレオン君」
「何がでしょう?」
「カレーだよ、カレー。まさかあんなに美味いとは。君の元の世界では国民食だったそうだが、食した今は疑いようのない事実だと納得出来る」
「お父様の仰られた通りですわ。しかもフツカメのカレーというのはあれよりも更に美味しいのでしょう?」
「ま、まあそうですね」
「私、楽しみすぎて眠れるか心配ですわ」
そう言っていたお姫様だったが、侍女さんたちによると酔いもあってぐっすり眠っていたのだとか。しかも朝は部屋の露天風呂を満喫したらしい。
朝食前のひととき、俺は気になっていたことを聞いてみることにした。
「陛下ならご存じかと思いますのでお聞きしたいのですが?」
「うん?」
「この野営地の片隅にあった石碑についてです」
「ああ、あれか。あれはだな……何というか……」
「もしかして野営地やその周囲で魔物などに襲われて亡くなった方の慰霊碑ですか?」
「ま、まあそのようなものだ」
何となく歯切れが悪かったが、短い時間ではそれ以上お聞きすることが出来なかった。
朝食は皆が楽しみにしていた二日目のカレーだ。ただしそれだけでは芸がないので、緩めに焼いたスクランブルエッグを添えてみた。あとは新鮮な野菜のサラダとコンソメスープがお供だ。
当然カレーは大好評で、甘口がほとんどだったにも関わらずきれいさっぱり食べ尽くされていた。もちろん、ご飯の上にスクランブルエッグを乗せてカレーをかけたものも絶賛されたよ。
陛下がカレーは本来スパイスから作るという話を覚えていて、お城の料理人に再現させたいから次の機会に食事だけ同席させたいと言ってきた。対価は一皿につき金貨一枚とのこと。
スパイスの種類はあまり覚えていないと伝えたら、そこは料理人の舌で分析出来るから食べられさえすれば構わないそうだ。本職の料理人ってすげえな。
ならばということで俺も条件を出した。それは異世界産のカレーを食べさせてもらうこと。出来栄えの確認と言うとすんなり了承された。
「スパイスの分量で味や辛さが変えられますから、色々と試させるとよろしいかと思います」
「あの夜のお好み焼きと焼きそばも凄かったが、カレーライスには言葉も出なかったぞ」
「お待ちになって、お父様」
「どうした、リリアン?」
「お好み焼きって何ですの?」
「ああ、それはだな」
今夜のメニューが決まった瞬間だった。
そうして俺たちはバルナリア帝国に向けての旅を再開させる。空はどんより曇っており、一行が進み始めて間もなく予想通り雨がパラついてくるのだった。
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