第二話 雑貨店ユゴニオ

「ジャック・アレオン君か。アレオン家って聞いたことがないけど貴族か商家かい?」


 面接を担当してくれたのは店長のロベール・ジャフルさん。三十手前くらいの気さくな青年にみえるが、王国南方に小領を治めるジャフル男爵家の三男だそうだ。ちなみに店のオーナーはリオネル・ラバール伯爵閣下である。


 実は俺は十五歳で成人となった四日後に家を出た。


 ランガルド王国の王都モードビークの東に領地を持つ、ベルナール伯爵家の四男として俺はこの世に生を受けた。父親は子爵位も持っていたが四男では伯爵位など継げるわけがないし、子爵位を与えてもらえる望みもない。


 父ディディエが死ぬか隠居したら長兄バチストが伯爵位を継ぎ、子爵位は次男エミール(四つ上)に渡るはずだ。つまり俺には三人の兄(三男は二つ上で名はクレマン)がいるわけで、彼らの予備の役目すら残っていないに等しかった。


 他に七つ上の姉エリザベットと一つ上の姉パトリシアがいるが、二人ともすでに他家に嫁いでいる。エリザベットには三人の男の子、パトリシアにも女の子の子供がいた。


 ただし俺は無能だなどと罵られて追放されたわけではない。ベルナール伯爵家は父も母も子供たち全員を愛してくれたし、三男クレマンと長女エリザベットは妾腹だが蔑まれることもなかった。


 ベルナール伯爵領も善政が敷かれていたお陰で潤っており、王国からの評価も高い。それ故に俺を婿に迎えて伯爵家との縁を望む下級貴族も多かった。


「それが嫌で家を出るか」

「父上、育てて頂いたご恩は決して忘れません」


「この父も母もお前を愛しているが、してやれることはよい縁を見つけることくらいしかないのが心苦しい限りだ」


「分かっております。それを拒むのですから、今後ベルナール家を名乗る資格はないと心得ております」

「そこまでする必要はないのだぞ」


「いえ、父上。これは私のけじめですから」


「そうか。だがお前が我が息子であることに変わりはない。いつでも帰ってきていいからな」

「はい、ありがとうございます」


 こうして俺は自身をジャック・アレオンと改め、当座の生活費として五十万カンブルを受け取ってベルナール家を出たのである。


 余談だが父は最初に一千万カンブルを渡すと言い、母メラニーに至っては俺の腕に抱きついて離さず、それでも決意が固いと分かると一億カンブルでも足りないなどと言い出す始末。


 何とか二人を宥めて五十万カンブルだけ受け取ったというわけだ。いや、実際にはそのやり取りだけで丸三日も費やしたのだからかなり疲れたよ。家を出たのが成人した四日後だったのには、こんな経緯があったからだ。


「いえ、平民です」

「どの程度の読み書き計算が出来る?」


「一人で生きていくのに困らないくらいには」


「へえ。三十足す五十は?」

「八十です」

「百七十引く九十五は?」

「七十五です」


 この後掛け算と割り算の問題も出されたが、全て正解した。


「計算が早いな。しかも暗算とは驚いた。どこで習ったの?」

「母が昔商家に奉公しておりまして」

「なるほど、母君からか」


 もちろん嘘だ。母上、ごめん。


「それならジャック君の佇まいも納得出来るね」

「はい?」


「平民のわりには堂々としているし姿勢もいい」

「ありがとうございます」


「正式な返答はオーナーのリオネル閣下にご報告してからになるけど、僕は採用で問題ないと思う。ジャック君の方から何か聞きたいことはあるかな?」

「宿舎があると伺ったのですが」


「うん、空き部屋もあるから採用が決まったらすぐに入れるよ」

「見せて頂くことは可能ですか?」


「ああっと、ごめん。それは安全上の理由もあって正式採用になってからだね」

「そうですか」


「間取りは三畳一間に簡易キッチンとお手洗い。風呂は共同浴場があるよ」

「お風呂もあるんですか!?」


「来店客には貴族もいるから特に清潔にしていないといけないんだ」


 月六万カンブルの宿舎代もこれなら納得である。王都で同じ条件の物件を借りようと思ったら、家賃は三倍くらいを覚悟しなければならないだろう。


「そうそう、採用が決まれば支度金として十万カンブル支給されるから、必要なものがあれば揃えるといい。ただし一年以内に辞めてしまうと全額返還しなければならなくなるから、ここで働くなら辞めないようにね」

「それは凄いですね!」


「ほら、さっきも言った通り清潔にしないといけないんだけど、お金がなければそれもままならないでしょ」

「はい」


「ジャック君はその点は大丈夫みたいだけどね。他には何かあるかな?」

「いえ、大丈夫です」


「そう。ならこれは従業員規約と宿舎の利用規定だ。採用が決まったら同意書と宿舎の使用願いにサインをもらうから読んでおいてほしい」

「分かりました」


「じゃ、結果はビークの方に伝えておくね。リオネル閣下はお忙しい方だけど、三日後までには返事を届けるようにするよ」

「はい。ありがとうございます」


 俺はユゴニオを後にすると、再びフリーギルド・ビークのコリンヌさんを訪ねた。相変わらず人懐っこい笑顔で迎えてくれるのが嬉しい。


「お疲れさまです。どうでした?」

「リオネル・ラバール伯爵閣下にご報告が必要とのことでしたが、店長さんは採用で問題ないと言って下さいました」


「よかったですね! 店長さん、えっとロベールさんでしたっけ。あの方がそう仰られたのなら大丈夫だと思いますよ」


「登録初日で定職に就けそうなんてコリンヌさんのお陰です。ありがとうございます!」

「いえいえ、私は自分の仕事をしただけですから」


 それから俺はコリンヌさんオススメの食堂兼宿屋アスランに宿を取った。採用が決定したわけではなかったが、料理も美味しいと聞いたので興味があったのである。


 これで不採用なんてことになったらさすがにへこむが、とりあえずまだ金はあるし何とかなるだろう。そして翌日、俺はもう一度ビークのコリンヌさんの許を訪れるのだった。

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