第十八話 浴衣美女たちと卓球

「今夜は私とナタリーを含む、女たちだけでもここに泊めてやれないだろうか。男共は旅に慣れているが彼女らは今回が初めてなんだ」

「なるほど。女性は全部で五人でしたっけ」


「もちろん秘密は守らせるし、五人一室で構わん。どうやら着替えを雨に濡らしてしまったようで気の毒でな。室内に干させてもらえれば幾分でも乾くだろうしな」


「ああ、部屋はお任せ下さい。着替えの汚れも玄関を通れば消えますから」

「そうなのか!? よく分からんがそれは願ったり叶ったりだ。それより構わんのか?」


「ええ。提示した代金を頂けるのですからお断りする理由はありません」


 四十一枚の金貨の内訳は女性四人分の四十枚と、会頭とナタリーさん分の一枚ということだ。


「ただ人数が増えるので調理を手伝って頂けると助かります」

「それは女たちにやらせよう」


「ありがとうございます。あと一度外に出て頂く必要がありますが、今より大きめの家を呼び出しますので一人一室でも大丈夫です」

「何だって!? これより大きな家だと!?」


「お風呂も男女に分けましょう」

「い、一体いくら払えば……?」


「あ、いえ、今回頂いた金貨で十分です。ただし繰り返しになって申し分ありませんが」

「秘密の厳守だな。心得ておる」


 今回の護衛任務で支払われる報酬は傭兵一人につき往復で十万カンブル、金貨一枚相当だった。ただし盗賊や魔獣、猛獣に遭遇した場合には、危険度に応じた手当てが上乗せされることになっている。


「ところでこうなると今回の遠征では儲けがなくなるばかりか大赤字ではありませんか?」

「はっはっはっ! ジャック君は積み荷が何だか知っていたかな?」


「護衛対象ですから一応。日持ちする食料と衣類、武具と骨董品などでしたか」


「加えてオークションに出すわけでもないドラゴンの鱗十枚の購入。それがなくても君たちを雇って儲けが出ると思うかね?」

「言われてみれば確かに……」


「この旅は私の道楽のようなものなんだ。自分で言うのもおこがましいが、バルバストル商会は王都一。その会頭がこんなちっぽけな商隊を率いているのはおかしいだろう?」

「道楽、でしたか」


「君は私の道楽に付き合わされたようなものだ。実はあわよくばドラゴンとは言わないまでもそれなりの魔獣、あるいは大盗賊団などに出くわして君の活躍をこの目で見たい、などと思ったものでね」


「よして下さい。誰もそんなのに遭いたいなんて思いませんよ」

「わっはっはっ! まあ冗談だと思ってくれ。それよりも面白い体験が出来たしな! わっはっはっ!」


 絶対本気だっただろう。魔獣や猛獣ならまだしも大盗賊団なんてとんでもない。討伐は何とでもなるが、元日本人の俺はたとえ相手が極悪人でも人を殺すのには抵抗があるんだよ。


 今回だって盗賊に遭遇したら他の傭兵たちに任せるつもりでいたし。いや、もちろん援護はするよ。


 しかし俺を含めて傭兵は十三人。その人数で数十人や百人を超える盗賊を相手にすれば、全員を生け捕りにするなんて絶対に不可能だ。それにこちらが無傷でいようと思えば、風狼ふうろう剣のカマイタチで薙ぎ払うしかない。


 盗賊は何人殺そうと罪に問われることはないが、嫌なものは嫌。人殺しになんてなりたくないんだ。


 話を戻すが女性使用人を受け入れるのは決まったので、早速会頭はナタリーさんに他の女性使用人を連れてくるように命じた。出来るだけ早めに土砂降りから避難させたかったのだろう。


 もちろんアリスも同意してくれたから、その間に客室を四つ増やした7LDKの家を召喚した。床面積が広がったお陰でリビングダイニングと風呂が広くなり、俺とアリスが使う部屋には室内露天風呂も設置した。


 まあ、この雨だから露天にする意味はあまりなさそうなんだけどね。そうしてやってきた使用人女性たちだったが、可哀相なほど泥だらけだった。


 土砂降りの雨の中で色々やってたわけだから仕方ないんだけど、全身はずぶ濡れで旅慣れていないのは一目瞭然だった。会頭も言葉を失っている。


「あー、ジャック君、さすがにこれは無理だよねえ」

「家を汚すからですか?」


 俺たちのやり取りに、ナタリーさんから昨夜のことを聞いて浮かれていた四人はとたんに項垂れてしまった。


 風呂に入って寝心地のいいベッドで寝られる。昨夜の大雨の中をテントで過ごして散々な目に遭ったであろう彼女たちにしてみれば、天国と地獄の差があると言っても過言ではないはずだ。


 それなのに上げてから落とした会頭や俺は、鬼畜同然に見えたに違いない。いやいや待て待て、俺は悪くないだろ。それに、だ。


「大丈夫ですよ。皆さんも、そんなにがっかりしないで下さい」


 俺の言葉で恐る恐る顔を上げる四人の女性使用人。よし、彼女たちの英雄に俺はなる!



◆◇◆◇



 はい、なれましたよ英雄に。


 リシャール会頭はイマイチ意味が分かっていなかったようだが、家に入るだけで自動浄化オートクリーンシステムにより全ての汚れが取り払われるのだ。


 また、洗濯物を干せるようにとの理由で玄関を含む部分に大きめの軒を設けた。雨が降っているとは言っても結界内に雨水が侵入してくることはないのだ。しかし俺はこの軒を別の用途に使うことを考えていた。


 なお、雨に濡れてしまったという着替えも家の中に持ち込むだけで汚れはきれいに落ちるので、後は乾かせばいいだけとなる。しかしせっかくだから洗濯機で洗剤や柔軟剤を使っていい香りをつければ、さらに喜ばれることだろう。


 女の子に笑顔を向けてもらえるのは素直に嬉しい。もちろん俺にはアリスがいるからそれ以上は期待していない。


 ちなみに今回の建物には雨で憂鬱になった気分を晴らしてもらおうと、レクリエーションルームを設置した。ここには卓球台を置き、風呂上がりに皆に楽しんでもらおうと思ってる。


 本当の、真の、心の底からの目的はアリスとの浴衣卓球であることは言うまでもないだろう。使用人さんたちの乱れ浴衣姿も確かに眼福ではあるだろうが、俺にとっては所詮その程度でしかない。


 ところが実際に卓球をやってみて分かったのだが、めちゃくちゃ楽しかった。気がついたらアリスを含めた女性陣の浴衣の乱れなどどうでもよくて、ポロリしそうになったり裾が乱れて太股が見えたりしたら、逆に教えてハプニングを未然に防いだほどだ。


 その度に聞こえたリシャール会頭の舌打ちには気づかなかったことにした。


 むろんこの後の夕食、皆で焼きながら食べるお好み焼きと焼きそばも大好評だった。

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