第十七話 鱗の価値

「今陛下と聞こえたような気がするが、どういうことかね?」


「実は半年ほど前にこの家の存在を俺の両親とアリスの父君、ラバール伯爵閣下に明かした時に国王陛下にバレましてね」

「ジャックの実家もベルナール伯爵家なんですよ」


「なんと! アリス嬢はラバール閣下のご息女でジャック君はベルナール閣下のご子息ということか!?」


「はい。と言っても俺はベルナール家を出ておりますので。ですがこの件はここだけの話にしておいて下さいね。気を遣って頂く必要はありませんから」


「つまりアリス嬢もお忍びと考えてよいと?」

「ええ。ジャックはこの通りですし」


「言われてみればあの広大なアレオン領の領主だというのに、鼻にかける素振りもないな。それで?」

「一泊と朝夕の二食付きで一人につき金貨五十枚を頂いたんです」


 さらにワンフロアぶち抜きの広い部屋だったが、陛下からは金貨百枚を提示されたことも伝えた。


「この家は国王陛下とリリアン王女殿下もご利用なされたのか!?」

「ええ、まあ」


「そのような栄誉を黙っていなければならないとは」

「家の存在自体はすでに皆が見ておりますが、設備や食べた物などは一切を内密にお願いします」


「わ、分かった。ナタリーもよいな。絶対に他言してはならんぞ」

「はい。この命に代えましても!」


「いや、命は大事にして下さい」

「しかし一泊で金貨五十枚とは……」


 会頭が顎に手を当てて考え込む素振りを見せた。たとえ利用するのが会頭一人だけだったとしても、商隊の遠征は商売が目的である。それなのにたった一泊するだけで金貨五十枚、五百万カンブルも使ってしまっては大赤字、本末転倒と言わざるを得ない。


 しかし陛下の威厳や貴族の権威を保つ以外の目的なら、そんな高額は不要と俺は考えていた。これにはアリスも同意してくれている。まして今は領地からの収入もあるから金には全く困っていないのだ。


 ただ食事は別として、客室や設備はこの世界ではエグゼクティブやラグジュアリーを通り越してスーパースイートクラスと言える。それだけにあまり安くするわけにもいかない。


「リシャール会頭でしたら一泊二食付きで、金貨一枚で構いません。これにはナタリーさんの分も含みます」


 二人で金貨一枚なら逆に爆安と言えるだろう。こちらとしては元手がかかっていないのだから、それでもボッタクリみたいなものではあるが。


「つまり私とナタリーの二人分で、ということかね?」

「はい。ただしご同行はナタリーさんに限ります。他の使用人を同行される場合は秘密の厳守を誓って頂くのと、一泊金貨十枚を申し受けさせて頂きます」


「なるほど。ナタリーは信用頂けたと考えてよいということか」

「ええ。実際に敵? を振り切って戻ってこられましたから」


 俺の言葉にナタリーさんが頬に手を当てて恥ずかしがっている。こういう仕草が信用に繋がるんだよ。


「もし私やその者が秘密を漏らしたら?」

「その後一切、バルバストル商会からの依頼はお断りせざるを得なくなります」


「それは困るな。ドラゴン・スレイヤーからそっぽを向かれたとなれば商会の運営にも支障を来すだろう。ナタリーよ、心しておくのだぞ」

「畏まりました、会頭様」


「それとリシャール会頭」

「うん?」


「もし今回提示したこの家の利用料が他の貴族や商会などに漏れた場合、二度とその価格ではご利用頂けなくなるとお考え下さい」


「承知した。絶対に漏らさんと誓おう」

「私も誓います」


「ところでジャック君」


 会頭は一つ咳払いしてから、一層真面目な表情で俺を見た。


「何でしょう?」

「ドラゴンの鱗は持っているかね?」

「はい、ありますよ」


 会頭に嘘をついても仕方がないので、これも他言無用と念押しした上で俺は事実を答えた。


「それをいくつか売ってはもらえないだろうか」

「金額によりますが、数枚でしたらお売りしても構いません。どれくらいをご希望ですか?」


「十枚、どうかね?」

「いいでしょう。金額は?」


「その前に実物を見せてもらいたい」

「ああ、そうですよね。失礼致しました」


 俺は大きさの揃ったドラゴンの鱗十枚をイメージして、それを取り出してからテーブルの上に並べた。会頭からは何もない空間から取り出したように見えたことだろう。


 鱗は光沢のあるエメラルドグリーンで、キラキラと輝きを放っている。


「ジャック君は空間収納の魔法も使えるのか!?」

「ええ、まあ。こちらがお売り出来る十枚です」


「やはり美しいな。形も大きさも申し分ない。一枚金貨百枚でどうだ?」

「百枚ですか? 道具屋に叩き売りで金貨二十枚、オークションに出して金貨五十枚と聞いたのですが」


「それは昔の話だ。現在ドラゴンの鱗はほとんど流通していないから値が上がっているのだよ」

「そうなんですか?」


「そもそもジャック君の前にドラゴンが討伐されたことすら百年以上前のことだから、そうそう出回るものではない代物なんだ。オークションならこれ一枚に金貨二百枚、あるいは三百枚出しても手に入れようとする者がいるかも知れん」


 王国には安くしすぎたか。まあ、陛下が俺を騙したとは思えないし、済んでしまったことはどうしようもない。


「それを俺に教えてしまってよかったんですか?」

「君が売らないというなら諦めるさ。ただその場合はオークションに出品してほしい。どうしても手に入れたいからね」


「分かりました。一枚金貨百枚でお売り致します」

「いいのか!?」


「ええ。会頭はオークションに出して儲けようと思っているわけではないですよね?」

「よく分かったね」


「売らないならオークションに出品してほしいと言われれば想像はつきますよ」


 商談成立。ドラゴンの鱗十枚が金貨千枚、一億カンブルで売れた。支払いは遠征が終わって王都に帰ってからだが、この金は無駄遣いせずに取っておくことにしよう。



◆◇◆◇



 翌朝になっても雨が止む様子はなく、商隊は出発を見合わせることになった。そこで自分の馬車に戻ったリシャール会頭に再び呼び出され、こんな話を持ちかけられたのである。


「ジャック君、相談があるのだが」

「お聞きします」


「おっと、その前にまずはこれだ」

「金貨四十一枚ですか!? 今夜の分は金貨一枚と申し上げたはずですが」


「いいんだ、取っておいてくれ。それよりも相談なんだが」

「あ、はい」


 先ほどナタリーさんが外に出ていたようだが、おそらく金貨を取りに行っていたのだろう。出された金貨の枚数と会頭の相談、まあうん、大方は予想通りだった。

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