第十九話 城郭外の土地

 玄関先に設けた軒の別の用途、それは雨の中テントで耐えている男性使用人たちへの配慮だった。


 雨のせいで満足に火を焚けないため、スープを温めることもままならない。故に彼らは固くなったパンを冷たいスープに浸して食べるしかないのだ。


 過酷な状況の中、せめて温かい食事だけでも提供出来ないかと考えたのである。するとタイムリーな要望がナタリーさんから上がった。


「番頭さんや他の男の人たちにも焼きそばを食べさせてあげられないでしょうか」


 リシャール会頭は彼女を窘めようとしたが、俺は手を挙げてそれを制した。


「構いませんよ。早速作りましょう」

「よいのか?」

「はい」


「金はどのくらい……?」

「会頭、もしかして焼きそばが高いと思ってます?」

「それはもちろん」


「ご心配なく。追加料金は不要です。誰か彼らを呼んで軒下に集まるように伝えてくれますか?」

「では私が行って参ります」


「クレールさんでしたね、お願いします」


 集まってきた男性陣、番頭のマルクスさんや御者さんも含めて十六人の認証を済ませる。軒下は車一台が停められる程度のスペースしかないので交代での立食形式になるが、それでも初めての味覚に大騒ぎだった。


 次々と出されるお代わり要求に女性使用人さんたちが対応してくれた。途中から作るのも彼女たちに任せたが、喜んでもらえてよかったよ。


 むろん軒下も結界の内側なので認証済みの人しか入れない。何を勘違いしたのか例の傭兵たちも寄ってきていたが、彼らは結界の外で焼きそばを食わせろと騒ぎ続けることしか出来なかった。


 ヤツらの声は当然のことながら無視だ。


 だいたい俺に対して暴言を吐いたくせに、図々しいったらありゃしない。


 そんなサプライズ焼きそば昼食会を終えてからも雨脚は強いままだった。今日中に止めばいいが道は相当泥濘んでいると思う。


 すると案の定、夕方になる頃にリーダー格の三人が神妙な表情で訪ねてきた。


「なあドラゴン・スレイヤー……ジャックさん」

「何ですか?」


「俺たちにもその、焼きそばとやらを食べさせてもらえないだろうか?」

「はい?」


「せ、先日のことは謝る! だから頼む!」

「えっと、もしかしてあれ、タダだと思ってます?」

「違うのか?」


「頭沸いてません? リシャール会頭からは宿泊代込みですが、金貨四十枚以上頂いてるんですよ」

「「「金貨四十枚以上!?」」」


「まあ、焼きそば一食だけなら全員分でも金貨一枚で十分(かなりぼったくり)ですけどね」


 金貨一枚、十万カンブルあれば、二日分や三日分の食料など余裕で買えるしお釣りがくる。それをたった一食に費やすなどバカげているとしか思えないのだが、やはり彼らの頭は沸いていたようだ。


「分かった、払おう!」

「は?」


「「「払おう!」」」

「そ、そうですか」


「だから早く!」

「「食わせてくれ!」」

「いや、ただですねぇ」


 そこで俺は申し訳なさそうな雰囲気を醸し出した。もちろん心の中ではあっかんべーだ。


「食材に余裕がないんですよ。それにテントに入れようとしてくれなかった貴方たちを、結界の中に招くつもりもありませんから」

「そ、そのことはさっき謝ったじゃないか!」


「この雨の中で一晩放置されれば命だって危ない。謝ったでは済まされないんですよ。去れ!」


 そう言って俺は静かに扉を閉めた。



◆◇◆◇



 バルバストルの商隊護衛は途中雨での足止めはあったものの、あれ以降は大きなトラブルもなく無事にその任務を終えた。


 王都に帰還後、俺はリシャール会頭から約束通りドラゴンの鱗十枚の代金として金貨千枚を受け取り、さらに十枚を試しにオークションに出してもらうことにした。手数料は売れた額の二割で、内訳は一割がオークション会場の利用料、一割が商会の仲介手数料とのこと。


 仮に全て金貨二百枚で落札されたとしても手元に千六百枚入るし、実際の落札額はもっと寝上がるだろうと言われたので多少は期待してもいいかも知れない。


 するとリシャール会頭から、ドラゴン・スレイヤーとしての俺のサインを付ければさらに値上がりは間違いないとのアドバイスを受けた。


 特に名誉を重んじる貴族なら、鱗単体よりも他人に見せびらかすことが出来る討伐者本人のサインなどは家宝にすらなるだろうとのこと。サイン一枚で値が跳ね上がるのであれば、全力でそれに乗っかるしかないよな。


「ねえジャック」

「なに、アリス?」


「お金には困ってないのよね?」

「そうだね」


「なのにどうして鱗をオークションに出すの?」


「一応価値を知りたいというのと、城郭の外に拠点を欲しいと思ってさ」

「拠点? 何のために?」


 ランガルド王国の王都モードビークは三重城郭都市だった。まず中心部に高さ十メートルを超える強固な壁が王城や後宮、王族の邸宅などを囲っている。直径およそ五百メートルの円形だ。


 その外側の直径二キロに及ぶ高さ約五メートルの壁の内側が貴族区画、外側が平民区画である。この平民区画を囲う壁は直径およそ三十キロで高さは三メートルほど。


 さらに城郭の東西南北にある王都出入り門の外側にも人の住む四つの都外区画がある。そちらは地代が城郭内と比べて格段に安く、収入の少ない何でも屋フリーランスや傭兵が住んでいた。


 ただ、当然のごとく城郭内と違って魔物に襲われる危険性は高い。特に東側に位置する第四区画は死の区画と呼ばれ、毎年少なくない数の人が魔物の襲撃で命を落としていた。


「そんなところに拠点を置くの!?」


「第四区画を護るようにね。陛下の許可はもらってあるんだ」

「……」


「東側は俺の領地に向かう側でもあるからさ。少しでも安全になればと思ったんだよ」

「でも……」


「大丈夫。王都邸と同じかそれ以上の堅牢な壁で囲むつもり。だから家を召喚するスペースも含めてそれなりの土地を手に入れる必要はあるけど」


 危険な第四区画のさらに外側となれは、土地代は信じられないほどに安く済む。一万坪を購入したとしても三百万カンブルほどだから、日本円換算で一坪百円程度ということになるわけだ。


 これは住宅地としては日本で最も安い北海道紋別郡の十分の一にも満たない額だった。


「まあ上物うわものはそれなりにするし、大工への危険手当やら彼らの護衛を雇ったりやらで、そっちの方が金がかかるかな」

「建物が完成したらそこに住むの?」


「さっきも言ったけど、基本的に魔物や盗賊の討伐依頼を請けた時の拠点にするだけだよ」

「そう。ならいいけど……」


「心配してくれてるんだよね。もっともそっちに長く留まる必要があるならこの家を召喚するから、アリスも一緒に来てくれると嬉しい」

「それはもちろんよ。約束だからね」


 間もなく俺は王都の城郭外におよそ一万坪の土地を手に入れたのだった。



――あとがき――

本作は次話で完結とさせていただきます。

次話『最終話 アリスの秘密』です。

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