第七話 寄付の重み
ユゴニオで働き始めてから一カ月が過ぎようとしていた。その日は初の給金支給日で、現金手渡しのせいか何となく他の従業員たちも浮ついた感じに見える。
そして明日は休み。店は営業しているが、俺はこの休日を利用して久しぶりにアルタヘーブ教会の子供たちに会いに行くつもりだった。もちろん教会への寄付も目的の一つだ。
実は初任給十二万カンブルの他に、事務仕事の手当てとして二万カンブルが上乗せされることになったのである。給金から宿舎利用料の六万カンブルを支払ったとしても、手元に八万カンブル残るというわけだ。
昼食は三百カンブルで賄いを好きなだけ食べられるので、毎日利用しても一カ月一万カンブルもかからない。朝はパンとスープで済ませるが、これらも店で従業員価格で買えるので安く上がる。
実は夕食にも賄いがあって、昼より少し高い一食五百カンブルだがやはり食べ放題だからコスパは抜群だ。
そんなわけで特に金のかかる趣味を持たない俺の生活にはかなり余裕があった。
「あら、どこに行くの?」
身支度を整えて宿舎を出ようとしたところで、白と水色のストライプ柄の清楚なワンピースを着たアリスさんから声をかけられた。そう言えば彼女も今日は休みだと言っていたな。
休日をどう過ごすのかなんて雑談していた途中で接客しなければならなくなり、そのままになっていたんだっけ。
「ああ、アルタヘーブ教会に行くんだよ」
「ジャック君ってジーリック正教の熱心な信者だったの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどね」
「でも確かあそこって今は司祭様がいらっしゃらないから、祭儀なんかは出来ないんじゃなかった?」
「そうなんだけど、身寄りのない子供たちをシスター二人で育てててさ。ちょっとでも助けになればなんて思ってるんだよ」
「えっ!? それってもしかして寄付もするってこと?」
「うん、まあ目的はむしろそっち」
「ジャック君、貴方を尊敬するわ」
「はい?」
「ねえ、私も一緒に行っていい?」
「ん? 構わないけど」
そんなわけでアリスさんも同行することになったのだが、そこで思わぬハプニングが起こる。
「あっ! じゃっくだぁ!!」
教会に到着するや否や、メルルが俺を見つけて駆け寄ってきた。いや、正確に言うと駆け寄ろうと数歩進んだところでピタリと止まる。俺の広げた両腕はどうすりゃいいんだよ。てかメルル、顔が怒ってるみたいで怖いぞ。
「じゃっく! そのひとだれ!?」
「は? ああ、職場の先輩でアリスさんだよ」
「しょくやのせ……ってなぁに?」
「アリスさん、あの子はメルル。ここで暮らしてるんだ」
「メルルさん、私とジャック君は同じところで働いている仲間よ」
「う……」
「「う?」」
「うわきものぉ! じゃっくのうわきものぉっ! わーん!!」
「ジャック君?」
「ん?」
「まさかあんな小さな子を
「たぶ……ご、誤解だよ!」
「ふーん、じゃあ本当の目的はあちらかしら?」
「はい?」
アリスさんは騒ぎを聞いて建物から出てきたシスター・セシルに視線を送っていた。いや、それも誤解だから。
「ジャックさん、お久しぶりです。この前はありがとうございました」
「いえいえ」
「この前?」
「ああ、ユゴニオに入る前にビークの紹介で遠足の付き添い依頼を請けたんだよ」
「ビークって?」
「フリーギルドのこと」
「そう言えば聞いたことがあるわ。ふーん、そんなこともやってたんだ」
「結局
「あ、ジャックさん、遅くなりましたけど採用おめでとうございます」
「ありがとうございます、シスター・セシル」
この後メルルとアリスさんの誤解を解くのに一苦労したが、お茶を出してくれたシスター・エリアーヌはクスクスと笑っているばかりだった。当事者の一人にされたシスター・セシルは何のことかさっぱりのようだ。
それから寄付として包んだ三万カンブルと、アリスさんと二人で買い込んだ菓子をシスター・エリアーヌに渡すと深々と頭を下げられた。その様子を興味深く眺めていたアリスさんだったが、突然彼女は懐から革袋を取り出したのである。
「私も寄付させて頂きます」
「アリスさん?」
「後輩のジャック君が寄付したのに、先輩である私がしないわけにはいきませんから」
「えっと、寄付って感謝とかそういう理由でするものであって、俺がしてるから私もっていうのは……」
「あら、私も熱心ではないけどジーリック正教の信者なのよ。寄付したっておかしくないじゃない」
「それはそうかも知れないけど」
「ちょ、待って下さい! これは……!」
アリスさんと話している間に革袋の中身を確認したシスター・セシルがビックリしたように声を上げた。続いてシスター・エリアーヌも確認し、彼女は言葉を失ってしまう。
「入っているのはたったの金貨二十枚よ。驚くことないじゃない」
だが、それを聞いた俺も絶句するしかなかった。金貨一枚は十万カンブル、それが二十枚ということは二百万カンブルの大金だったからである。
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