第六話 出逢い

「ジャック君ってもしかして貴族様?」

「ジャック君、彼女とかいるの?」

「ジャック、今度俺たちと遊びに行こうぜ!」


 歓迎会の冒頭で挨拶を終えると、とたんに俺は従業員たちに囲まれてしまった。ただしそれは平民組ばかりで、貴族組は遠巻きに見ているといった感じ。もっともそこに嫌味な雰囲気はなく、立場上一緒になって騒げないだけのようだった。


 貴族って色々と面倒くさいんだよな。


 ところで他所の国は知らないが、ランガルド王国では成人すれば飲酒も可能となる。ユゴニオは基本的に未成年は採用しないので、当然このような場では酒も振る舞われるというわけだ。


 俺は最初の乾杯で人生初の酒を飲んだのだが、体に合わなかったのか慣れていないだけだったのか、とにかく体調が悪くなってしまった。それでも主役が早々に退場するわけにはいかなかったので我慢していたのだが。


「ジャック君、顔色悪いけど大丈夫?」


 声をかけてきたのは栗色の髪を三つ編みカチューシャにした髪型で、童顔の丸い輪郭に長い睫毛、深い緑色の大きな瞳が可愛らしい女性従業員だった。


 だが何故だろう。初めて逢ったはずなのに、俺は彼女にどこか懐かしさを感じていた。


 少し腰を曲げて下から覗き込む姿が、大きめの胸を余計に際立たせている。眼福な光景だが今の俺はそれどころではない。


「すみません。ちょっと気持ち悪いです」

「もしかしてお酒?」

「だと思います」


「そっか。なら……歩ける?」

「え? はい、ゆっくりなら」

「そう、じゃあちょっとついてきて」


 彼女は持っていたグラスと俺の手からもグラスを取ってテーブルに置いた。そして軽く俺の手を握り、会場となっている店内から従業員の休憩室に連れ出したのである。


 待て待て待て、いきなりかよ。そりゃ体調がよければウエルカムだが、今はこの魅力的な少女を目の前にしてもそんな気は起きない。


 と、良からぬ妄想に浸っていると、彼女は俺を座らせて正面に立った。二つの丘が近い。


「私はアリス。去年からここで働いているの。ジャック君より一つ年上の十六歳よ」

「え? あ、はい」


「あのね、私、回復魔法が使えるから、多分ジャック君の役に立てると思う」

「そうなんですか?」


「敬語は使わなくていいわ。私たちはもう仲間なんだから。それより回復魔法を使うにはジャック君の同意が必要なの」

「あ、はい。この気持ち悪いのが治るなら同意します」


「け・い・ご!」

「ど、同意する」


「うん、よろしい。では横を向いて目を閉じて」

「こう?」

「いいわ」


 それはいきなりのことだった。アリスさんが俺の頭を抱くようにして自分の胸を押し当ててきたのである。いや、正確に言うとこれは多分谷間だ。あと柔らかくて物凄くいい匂いがする。


「そのまま私の心臓の音を聞いて、ゆっくり呼吸して……って息が荒いわね。大丈夫?」

「あ、えっと……その……」


「初めての相手にはこうしてリラックスしてもらう必要があるの。慌てないで呼吸を整えて。もしかしてキツいかしら?」


 いや、むしろもっとギュッとしてもらいたいくらいだ。そんな不謹慎なことを考えてしまったが、どうやらリラックスするのは回復魔法を使うために必要なことらしい。


 具合が悪くなかったら逆効果な気もするけど、そもそも元気なら回復魔法はいらないもんな。


 言われた通りに彼女の心音に耳を傾けると、不思議なことにだんだんと気持ちが落ち着いてきた。そして何か囁くような声が聞こえた瞬間、気分がいきなり晴れたのである。


「どう? 気持ち悪いのは治った?」

「はい……うん、治ったよ。ビックリしたけど」

「ならよかった」


 俺の頭は彼女の胸から解放されてしまった。むしろ今の方が抱きしめられていたいのに、とはさすがに言えないよな。


「アリスさん、ありがとう!」

「お礼なんていいわ。代わりに私が何か困っていたら助けてね」


「もちろん! 俺に出来ることなら助けるよ」

「じゃ、戻ろっか。主役がいつまでも不在ってわけにはいかないもの」


 女の子に先導されるのもどうかと思ったが、ここでは彼女の方が先輩なのだからギリギリセーフってところか。とは言え貴族の身分を捨てていなければ絶対に許されないことではある。


 それにしてもアリスさんの後ろ姿は、あの大きな二つの果実からは想像できないほど細く背も低い。身長は百五十センチくらいだろうか。しかし尻の形がいいので、歩く姿も洗練されていて美しい。


「アリスさんは貴族様なのか?」


 ところが彼女は俺の質問に振り向くことなく立ち止まった。


「どうしてそう思ったの?」

「いや、スタイルいいし歩き方がきれいだし、回復魔法が使えるから……」


「もしかして褒めてくれてる?」

「もしかしなくても褒めてるし感謝もしてる」


 そこで彼女がクルッと振り返り、後ろに手を組んで腰を曲げた。分かっててやってるならあざとさ大爆発である。


「そっか。でも回復魔法は貴族じゃなくても使える人はいるでしょ」

「まあ、いるだろうね」


「もし私の歩くところがきれいって思ってくれたなら、それはここで働いてる成果かな」

「成果?」


「ほら、ここって貴族様も来られるじゃない?」

「ああ、うん」


「だからね、美しく、清潔に、迅速にってテーマがあるの」

「なるほど」


「あとスタイルがいいって言ってくれたのは、さっきの口調だとイヤラシさを感じなかったからポイント高いわよ」

「そ、そう?」


「うふふ。さ、早く戻りましょ!」

「うん、そうだね」


 これが俺とアリスさんの初めての出逢いだった。

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