第五話 初出勤
遠足の日に雨は降らず、
ちなみにロジェ君はあの日から早速ランニングを始めたそうだ。だから腕立て伏せや腹筋などで色々な筋肉を鍛えるようにとアドバイスしておいた。もちろん無茶をしないようにとも。
そしてその翌日の夕方、俺はユゴニオの面接結果を聞くためにフリーギルド・ビークを訪れていた。
「コリンヌさん、面接の結果は届いてますか?」
「ジャックさん、おめでとうございます。採用とのことでしたよ。明日にでもお店に行って下さい」
「ありがとうございます。アスランも今夜までか」
「え? アスランにお泊まりだったんですか?」
「はい。コリンヌさんオススメの通り食事も美味しかったですよ」
「それはよかったです! 知ってたら私も夕食ご一緒したかったなあ」
「でしたら今夜はどうですか?」
「今日から三日間は書類整理で残業が確定してるんですよ」
「それは残念」
彼女の様子から見るに、決して社交辞令で言ったわけではなさそうだった。ただしお目当ては宿泊者と同席すれば食事が一割引きになる特典だったようだ。彼女からすれば俺は子供みたいなものだから、恋愛対象と見てもらえないのは致し方ないだろう。
その翌日、俺は開店前のユゴニオに向かった。するとすぐに店長のロベールさんが見つけて声をかけてくる。よく考えたら今日の今日で宿舎に入れるかは分からなかったため、一応アスランはまだチェックアウトしていない。
「やあ、ジャック君、来たね」
「お世話になります」
「うん。じゃ、事務所で待ってて。すぐ行くから」
「はい」
ロベールさんは開店準備を他の従業員たちに指示してくるそうだ。俺の方は面接の時に案内された事務所に向かう。途中で何人かの従業員とすれ違ったが、男女とも私服にエプロン姿だった。
事務所に入ると掃除中の、いかにも仕事が出来る風の眼鏡をかけた女性が俺に気づいた。彼女は掃除の手を止めると一瞬何かを考えたような素振りを見せてから、すぐに思い出したように笑顔を作る。
三十代半ば辺りだろうか。ほっそりとした体型に膝下丈のタイトスカート、事務服がよく似合っている。
「ジャック・アレオンさんですか?」
「あ、はい」
「初めまして、私は事務全般を任されているオドレ・ジュオーと申します」
「初めまして」
「ロベール店長とはもう会われました?」
「はい、先ほど。開店準備の指示を出してからこちらに来られるそうです」
「そうですか。では座ってお待ち下さい。お茶をご用意しますね」
「ありがとうございます」
席に座って出されたお茶を啜っていると、数分で店長がやってきた。
「やあ、待たせてしまってすまない」
「いえ、大丈夫です」
「オドレさんとはもう?」
「先ほど」
「そうか。オドレさん、書類を出してくれる?」
「はい、どうぞ」
彼女はすでにまとめてあった三枚の書類をテーブルに並べる。ユゴニオの従業員規約への同意書、宿舎の使用願いと雇用契約書だ。
「従業員規約と宿舎の利用規定は読んでもらったかな?」
「はい」
「問題なければ同意書と宿舎の使用願い、それと雇用契約書にサインしてくれ。質問があったら聞くよ」
「宿舎にはすぐに入れるとお聞きしましたが」
「うん、サインしてくれたら今日からでも入れるよ」
「そうですか。一応今夜まで宿を取ってますので、明日から利用させて頂きます」
「分かった。荷物の整理とかもあるだろうから仕事は来週の月曜日、三日後から始めようか」
「整理するほどの荷物はありませんから、すぐにでも働けますが」
そう言ったが週末は忙しいので、新人教育に充てる時間が取れないらしい。それに何も分からない新人がいきなり週末の現場に出ても、かえって足手まといになるだけとのことだった。
ところが、それを聞いたオドレさんが眼鏡をかけ直す仕草をしてから話に割り込んでくる。
「ジャック・アレオンさんは読み書き計算が出来るとのことですから、それでしたら事務仕事を手伝って頂くというのはいかがでしょう?」
「ああ、なるほど。なら今日と明日はそうしてもらおうか。ジャック君はいいかい?」
「はい。問題ありません」
「オドレさん、ジャック君の計算の早さに驚かされると思うよ」
「そうなんですか? 頼もしいですね!」
「ああ、それとねジャック君」
「はい?」
「明日の閉店後に君の紹介を兼ねた歓迎会をするから、夕食は摂らずに待っていてくれ」
「ありがとうございます。楽しみです」
その後、オドレさんに手解きしてもらいながら彼女の仕事を手伝った。計算が必要な書類などの確認では特に驚かれ、店員ではなく事務員をやらないかとまで言われたほどだ。
ただ俺はどちらかというと体を動かす方が向いているのではないかと思っている。そう伝えると、それなら決済や給金計算など書類仕事が立て込んだ時に手伝ってほしい、その分は給金に上乗せするとも言われたので断り切れなかった。
要するに残業手当みたいなものだろうけど、増えた分はアルタヘーブ教会に寄付するのもいいだろう。俺は敬虔なジーリック正教信者ではなかったが、あそこのシスターや子供たちが喜んでくれるなら関係ない。
それから二日間の仕事を終え、閉店した店内で俺の歓迎会が開かれるのだった。
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