第十二話 バレてた!?

 俺とアリスが互いの秘密を打ち明け合ってから、さらに一年の歳月が流れた。相も変わらず二人は宿舎暮らしをしている。


 結局週一のペースで連れ込み宿を利用し、毎月のアルタヘーブ教会への寄付も欠かしていない。ミケロ先輩の指導のお陰でロジェの剣術の腕も驚くほど上達していた。


 一方でシスター・セシルとの恋に進展はないようだ。ミケロ先輩、がんばれ。


 ちなみにあの試合はまぐれだったということで、俺も先輩も折り合いをつけるしかなかった。この俺が未だに勝てた理由が分からないのだから仕方ないだろう。


 ところで厄介な新人が採用された。ジョリオ男爵家の次男で名はピエール、成人したばかりの十五歳である。


 彼の何が厄介なのかと言うと、アリスを執拗に口説くからだった。あの年頃だと三つ年上のアリスはこの上なく魅力的に映るだろうから、恋心を抱くのは百歩譲って仕方のないことだと思う。


 しかし身分を笠に着て言い寄っているのが頂けない。むろん彼女は俺という恋人がいるから気持ちには応えられないと断ったのだが、俺もアリスも自身の出自を隠しているから調子に乗り放題というわけだ。


 殴り倒してやりたいのは山々だけどな。


「おいジャック、アリスと別れろ」

「ピエール君、ジャック君は君の先輩なんだから、呼び捨てやその言葉遣いはいけないよ」


「ロベール店長、貴族の僕が平民に対して言葉遣いに気をつけなければいけない理由はなんですか?」

「先輩、というだけじゃ不満かい?」


「では年下の王子は僕に対して敬語を使わなければならないのですか?」

「それは暴論だな」


「例えばの話です。ですがロベール店長はそれと同じことを僕に言っているのですよ」

「しかしねえ……」


「確かにジャックは先輩ですから、仕事は真摯に教わるつもりです。でも今話しているのは仕事とは無縁のこと。つまり先輩後輩という立場は関係ありません」


 理屈が通っているようで通っていない。彼は仕事とプライベートは別だと言いたいのだろうが、今は仕事中で俺たちの関係は仕事を通してのものだ。決して関係ないとは言えないのである。


 それに……


「ピエール君、たとえジャックと別れたとしても、私が君とお付き合いすることはないわ」


「アリスは平民だろう。僕が父上にお願いすれば、君の意思など関係ないって分からないかなあ」

「ピエール君、その辺でやめておかないととんでもないことになるよ」


 ロベール店長はアリスがオーナーの令嬢であることを知っている。彼が言うとんでもないことというのは、アリスに下手なちょっかいを出すとリオネル伯爵閣下の不興を買う可能性が高いということだ。


 そうなればジョリオ男爵家など簡単に消し飛んでしまうだろう。ちなみにロベール店長には、俺がベルナール伯爵家の四男として生まれたこともすでに打ち明けてある。


 ところが選民意識の強い彼には店長の警告は響かなかったらしい。


「一応お店の店長ですから言いませんでしたが、同じ男爵家でもジャフル家は王国南端の小領に過ぎませんよね。対してわがジョリオ家は北部の豪族です」


「何が言いたい?」

「格が違うんですよ」


「言い過ぎだぞ、ピエール!」

「黙れジャック! 薄汚い平民の分際で貴族の僕を呼び捨てるか!?」


 そう叫んでピエールは俺に殴りかかってきた。頬に拳を叩き込まれて、口の中に血の味が広がる。


「ジャック!」

「ジャック君、大丈夫か!? ピエール君、なんてことをするんだ!?」


「うるさい! 僕を怒らせたことを後悔させてやる! ジャック、貴様は父上にお願いして無礼討ちにしてもらうから覚悟しておけ!」

「何事かね!」


 そこに突然現れたのは誰あろうこの店のオーナー、リオネル・ラバール伯爵閣下その人だった。そう言えばアリスから聞かされていたのだが、近いうちに彼女に執心のピエールを見に来るって言ってたっけ。


「ら、ラバール伯爵閣下! お初にお目にかかります! 僕はジョリオ男爵家次男のピエール・ジョリオと申します」


「そこの頬を腫らしているのはジャック・アレオン君だな」

「はっ! お久しぶりです、リオネル閣下!」


 オーナーとは何度か店を訪問された際にお会いしている。彼は俺の計算能力を高く評価して下さっていた。


「何があったのか聞かせてもらおう。ロベール君、関係者を応接室に集めるように。それとジャック君の頬を冷やせるものを」

「はっ!」


 事務所ではなく応接室を使うということは、おそらく無関係の従業員には聞かせられない、つまりピエールにとって最悪の事態もあり得るということだ。


 それから間もなく、俺とアリス、ロベール店長とピエールの四人が伯爵閣下の待つ応接室を訪れた。ソファには閣下が座り、左右と背後には護衛の私兵が立っている。むろん俺たち四人も立ったままだ。


「ロベール君、まずジャック君が頬を腫らしている理由を聞かせてくれ」

「はっ! ピエール君が彼を殴ったからです」


「ふむ。ではピエール君、ジャック君を殴った理由を聞かせてもらえるか?」


「平民のジャックが不敬にも貴族の僕を呼び捨てにしたためです」

「呼び捨て?」


「それだけではありません。王国南端の小領男爵家より北部豪族の我がジョリオ家の方が格が上だとロベール店長にご忠告申し上げたことに対し、彼は平民の分際で言い過ぎだと僕を窘めたのです」

「ふむ。それで殴ったというわけだな?」


「はい。ですがこれは明らかな不敬罪。殴っただけで済ますつもりはありません。父上に申し上げてジャックを無礼討ちにして頂きます」


「なるほど。ところでピエール君はジャック君とそこのアリス嬢が付き合っていることを知っているかな?」

「り、リオネル閣下?」


「ジャック君、私が知らないとでも思っていたのか?」


 リオネル閣下の不敵な笑みは、俺の背筋に冷たい何かを感じさせるのだった。

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