第十三話 バレてた

 アリスは俺と付き合っていることを、彼女の父親であるリオネル伯爵閣下には伝えていないと言っていた。それなのに閣下は知っていたのだ。


 まあ考えてみれば彼女は伯爵家の娘なのだから、動向が筒抜けだったとしても不思議はないってことか。そんなことを考えていると、何も分かっていないピエールが不思議そうな顔で閣下に答えた。


「あの、ご質問の意味が分からないのですが」

「そうか。ならば質問を変えよう。君はアリス嬢をどうしたいと考えている?」


「はい。アリスは僕の側室に迎えたいと思っております。平民の娘ですから正室には出来ませんが、それでも貴族家に嫁げるなら誇らしいことでしょう」

「そのためにはジャック君が邪魔だと?」


「い、いえ。ジャックは先ほども申し上げた通り不敬罪です」


「まだ若いから知らんのも無理はない、と言いたいところだが、かのジョリオ男爵家の子息ならそうも言ってられん。君の言った理由では彼を無礼討ちにすることは出来んよ」

「はい?」


「平民だからと言って、貴族に一言意見しただけでは無礼討ちは叶わんと言っているのだ」

「ですがジャックは平民のくせに私を呼び捨てにもしました」


「ほう。その理屈では私も君を無礼討ちにしなければならんな」

「ど、どういうことでしょう?」


「アリスは我が娘だ」

「え……は、はい?」


「君は我が娘を呼び捨てにしたばかりか、あまつさえ側室にするなどと言った。これはラバール伯爵家に対する明確な不敬罪だ」

「まさか……そんな……」


「男爵家の子息と平民の間より、君と我が娘との間の方が身分の違いに雲泥の差があることは分かるな?」

「……」


「それとな、君が何度も呼び捨てにしているジャック君だが、彼もベルナール伯爵家のご子息だぞ」

「リオネル閣下?」


「ジャック君、すまんがとうに君の出自は調べさせてもらってある。愛する娘と付き合っているのだから当然のことだろう。まさかベルナール卿のご子息だったとは恐れ入ったがな」


 それから閣下はロベール店長を睨みつけた。


「ロベール君、君も知った時点ですぐに知らせてくれなければ困るぞ。今回は君が知るより先に調べはついていたが」


「も、申し訳ありません。ですがベルナール伯爵家のご子息から口止めされてしまってはさすがに……」

「まあいい。それよりもピエール君」


「は、はい!」

「君はクビだ」

「えっ!?」


「こんな騒ぎを起こしておいて無事で済むとでも思っているのかな? その上君が殴ったのはベルナール伯爵家のご子息だぞ。ただでは済まされないと覚悟しておくがいい」


「で、ですが僕は知らなかったのですから……」

「知らなかったで王子を蹴り飛ばしたとしても許されるのか?」


 特大のブーメランが返ってきたようだ。


「今回のことは陛下に申し上げて厳しく処分して頂くことになる。我が娘とベルナール伯爵家ご子息への不敬、並びにこの店で騒動を起こした罪は決して軽くはない。最悪は男爵家取り潰しもあるかも知れん」

「取り潰し……お、お待ち下さい!」


「この者を捕らえて王城の地下牢に放り込め! ジョリオ男爵には今回の件を伝えて、至急王城に登城するよう命じろ」

「「「はっ!」」」


 三人の私兵が敬礼し、すぐさまピエールの腕を後ろ手にねじ上げた。痛さに呻き声を上げた彼に縄を打ち、二人で応接室から引きずり出していく。私兵は一人だけが残った状態だ。


「さて、ジャック君」

「はい」


「本当のところ、君は娘のことをどう思っているのかね?」

「ち、父上?」


「アリスは黙っていなさい」

「はい……」


「閣下、私はアリスを……お嬢様を愛しております。心からです」


「そうか。念のためにベルナール卿に確認させてもらったが、君は放逐されたわけではないそうだね」

「ええ。自分から家を出ました。両親には引き止められましたが」


「それも聞いた。しかしそうなると先ほども君が言ったように身分は平民だ。血筋が確かだから二人の結婚に反対するつもりはないし、いざという時はベルナール家の名を出してもらえば済むことだ。ベルナール卿からも了承は得てある」

「な、なるほど」


 いざという時、それは他家から伯爵家の令嬢が平民に嫁いだと非難されることである。


「私が心配しているのは、娘が不自由のない生活を送れるのかということだ。これでも大切に育ててきたつもりだからね」


「ご心配はごもっともです。そして今の私にはアリスに伯爵家のような暮らしはさせてあげられません」

「父上、私は贅沢は望んでおりません!」


「分かっているとも。アルタヘーブ教会のことも調べさせてもらったよ。人として大切なことを学んだようだね」


「ジャックが連れていってくれたお陰です」

「ま、まさかリオネル閣下、教会に……?」


「いや、やろうとして娘に止められた。多額の寄付では彼らは幸せになれないとね。ジャック君が娘にそう教えてくれたのだろう?」

「差し出がましいことを致しました」


「何を言う。私は目を覚まさせられたよ。そして正しい金の使い方を考える意味を見出すことが出来たのだ。君には感謝してもしきれないだろう」

「もったいないお言葉です」


「だからね、よほど困窮しない限り、私は二人を援助したりはしないつもりだ」


「ありがとうございます。身の丈にあった幸せなら、俺は必ずアリスと二人で掴み取ってみせると誓わせて頂きます」

「ジャック……」


「そういうことだからアリス、ジャック君と仲良くやりなさい。ジャック君も娘を頼んだよ」

「「はい!」」


 閣下が席を立ったので、ロベール店長も含めた三人で頭を下げた。だが、応接室から一歩出ようとしたところで彼は足を止める。


「そうそう、忘れるところだった」

「何でしょう、リオネル閣下?」


「万が一娘を泣かせたら、君の首と胴はお別れすることになるからね」

「父上!?」


「き、肝に銘じておきます」


 高笑いの声を残して、オーナー閣下は応接室を出ていくのだった。

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