第十四話 墓穴掘りやがった

 結論から言うと、ジョリオ男爵家の取り潰しはなかった。その代わりピエールは斬首され、男爵家は領地の半分を召し上げられたのである。


 王国に覚えめでたいベルナール家とラバール家に不敬を働いたとなれば、たとえ子息が犯した罪であっても厳しい処分は免れないということだ。


 これは後で知ったのだが、実はジョリオ男爵家は三百年以上に渡って領地を治めていた。そのせいでいつの間にか王家から賜った領地であることを忘れて、何かにつけ反発していたらしい。


 しかし大きなミスもなかったため、力を削ぐ理由が見つけられないでいたのだ。ところがピエールの件でようやくそれが叶い、きっかけを作ったラバール伯爵家は王家からの賞賛と莫大な額の報奨を得たというのが事の顛末だった。


「もしかしてあのピエールが採用されたのって、リオネル閣下がそれを狙ってのことだったのかな」

「父上ならやりそう。だったら報奨の半分はジャックがもらってもよさそうなものよね」


「あははは。閣下は認めないだろうさ」

「確かに。でも少しくらい分けてくれたっていいと思うわ」


「ま、時期外れなのに昇給してくれたんだからそれでいいじゃん」

「うん。それでいっか」


 アリス、君はつくづくいい女だと思うよ。俺にはもったいないくらいだ。だからといって手放すつもりはないけどね。


 ところで長い目で見れば、報奨の一部をもらうより昇給の方がよかったのかも知れない。ユゴニオを辞めない限り給金は支払われるのだから、この先何年かすれば報奨金の額を上回る可能性があるからだ。


 昇給で俺の給金は事務仕事分込みで毎月二十五万カンブル、アリスの給金は二十二万カンブルとなった。スタートから二年ちょっと、アリスは三年ちょっとだが、この額は同僚はおろか先輩たちと比べても異例の高さである。


 俺たちは今回の昇給分を使わずに貯めていくことにした。寄付金への上乗せも考えたが、現状でその必要はないと判断したのだ。


「王都に家、欲しいわよね」


 彼女のこの一言が貯金に繋がったのである。しかし実現には途方もない額の金を貯めなければならない。平民区画にある一部屋キッチン付きの家でも、店に通える範囲で探すなら軽く億を超える。若い俺たちにそんな大金を貸してくれる人もいない。


 俺の実家やアリスのラバール家の力を借りれば簡単だが、二人ともそんなことは望んでいなかった。自分たちの力で身の丈に合った、それが合言葉だ。食えないほどの困窮でもしない限り、実家には頼らないと誓ったのである。


 そうして一生懸命働いているうちにユゴニオで三年目を迎え、俺は十八歳となった。


 その日の夜、誕生日ということで連れ込み宿でアリスと熱い夜を過ごして眠っていた時、俺は突然の耐え難い頭痛と体中の痛みで目を覚ました。


 頭が粉々に砕け散るのではないかというほどの激痛で、全身の筋肉はうねるようだ。逃げ場のない苦痛に三十分ほどもがき苦しんでいただろうか。


 異変に気づいたアリスが泣き叫びながら体をさすってくれたが、俺はとうとうそのまま気を失ってしまった。


「ジャック……ジャック……」

「ジャック君、目を覚ますんだ、ジャック君!」


「ジャック! ラバール卿のご令嬢を幸せにするのではなかったのか!?」

「ジャック、起きてジャック!」


 次に目を覚ました時、俺の視界には見慣れた天井が広がっていた。


「あれ……? 俺、どうして……?」

「ジャック? ジャック! よかった、ジャック!」


 これもまた慣れた感触。優しく甘く、とろけるような柔らかさでアリスだとすぐに分かった。俺は彼女に抱きしめられていたのである。


 ふと周囲を見回すと父と母、それにリオネル閣下が俺を見下ろしていた。その周りに控えている使用人たちにも見覚えがある。


 使用人?


「あれ? ここ、ベルナール家の王都邸?」


「ジャックが急に苦しみだして、私どうしていいか分からなくて……宿の人に助けを呼んでもらって……」

「ジャック君、気分はどうかね?」


「あ、はい。もう大丈夫のようです」

「どこか痛いところはない? 頭が割れるってのたうち回ってたけど平気?」


「ああ、今は何ともないよ、アリス」

「宮廷医師殿も特に異常はないとのことだったが、無理はいかんぞ、ジャック」


「きゅ、宮廷医師!?」

「ジャック君の窮地をお伝えしたら、アルベール国王陛下がすぐに宮廷医師殿を遣わせて下さったのだよ」


「陛下が? どうして……?」

「陛下は君が寄付のことでアリスに語った話をご存じであらせられるのだ」


「俺がアリスに語った話……? ああ……って、どうして陛下がご存じなのですか!?」


「同じようなことをなされようとしていた陛下を私がお諌め申し上げたのだが、その時に君の話をしたらいたく感心なされてな」

「もう! 私は不安で不安で、もう少しで家出を許したディディエを刺すところだったのよ!」


「は、母上……?」

「メラニー、お前何ということを」


 ディディエ・フォン・ベルナール、俺の父上の名でメラニーは母上である。二人はたまたま王都邸に滞在していたそうだ。


「本当に大丈夫なのね?」

「ご心配をおかけして申し訳ありません、母上」


「今夜はここでゆっくり休むといい。ラバール卿とアリス嬢も泊まっていってくれ。ラバール卿、美味い酒があるぞ」


「我々は帰れないわけではないが、美味い酒と聞いてはお言葉に甘えるしかなかろう」

「あの、父上。俺はどのくらい眠っていたのでしょうか?」


「半日ほどだ。今朝ラバール卿の使者から知らせを受けた。今は夜の八時を回ったところだな」

「そうですか」


「後で何か消化によさそうなものを持ってこさせる。腹が減っただろう? アリス嬢もずっと飲まず食わずでお前を見ていてくれたから、しっかりと礼を言うんだぞ」

「アリス……ありがとう」


「ううん、いいの。でも本当に心配したんだから」

「うん……」


「うぉっほん!」


 わざとらしい咳払いはリオネル閣下だ。


「時にアリスとジャック君」

「「はい?」」


「二人は面白いところにいたようだね」

「「はっ……!!」」


「あ、いや、あの、それは……」

「ち、違うの父上! あそこはその……そう、見学に入っただけで……」


「二人の結婚は許したが、結婚前にそこまで許した覚えはないぞ」


「だ、だって仕方ないじゃない! 三年もお付き合いしてて何もないなんて逆に不健全だと……あっ……」

「アリス……」


 墓穴掘りやがった。まあ、それもこれも引っくるめて好きなんだから仕方ないけどな。


 しかしこのままお休みなさいをするわけにはいかない。皆にどうしても伝えなければならないことがあったからだ。俺はベッドの上で半身を起こし、真剣な表情で全員を見回した。


「皆さんにお話があります。使用人たちは下がらせて下さい」

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